千葉大会で室屋義秀選手が2年連続優勝し、注目を集めたレッドブルエアレース。その年間8戦の最終戦となるインディアナポリス大会が10月14日・15日(日本時間15日・16日未明)に開催され、室屋選手は見事優勝。そして年間ポイントでもトップになり、日本人初の年間チャンピオンに輝いた。

現地で一部始終を見聞きした筆者がその戦いの全貌をお伝えする本連載もいよいよ本戦に入る。

決戦は嵐のインディアナポリス

スピードウェイのシンボル「パナソニック・パゴダ」内に設けられた管制室では、気象条件の分析が続く。モニターカメラが雨でぬれているのが画面でわかる

前日までの好天から一転、朝から風雨に見舞われる荒天となった15日。気温も予選時には25度を超えていたのが、この日午後には15度を下回ると予報されていた。乱戦が予想される。

昨日の調子の悪さは何だったのか。室屋選手は「6気筒のうち1気筒の吸気に漏れがあり、パワーが出なかった。しかしメカニックチームが解決した」と明言した。そのうえで「自分の機体は空気抵抗が小さい。気温が下がると空気の密度が上がって自分が有利になるので、うんと下がって欲しい」と、この天候急変は自分に有利だと明るい表情で語った。優勝を掴める、という自信がみなぎる。

TBS「ニュース23」の宇内梨沙アナウンサーのインタビューを受ける室屋選手。「日本のメディアが大勢来て、日本にいるみたいですよ」と笑った

一方のソンカ選手。「飛行機の調子が悪く、理由はまだわかっていない。風がまったく変わってしまったので、昨日までとは完全に違うレースだ。日本のファンは室屋選手を応援していると思うが、エアレースに注目してもらえるのは嬉しいよ」と笑顔で語ったが、室屋選手と比べると不安を残した表情だった。これは、室屋選手が勝つのでは…ひいき目もあるが、筆者の期待は高まった。

気さくにインタビューに応じてくれたソンカ選手だったが、言葉の端々に不安がのぞく

室屋vsソンカ、頂上対決のラウンド・オブ14

直接対決の先攻は室屋選手。強風をものともせず1分4.134秒でゴールしたが、途中で機体が傾く「インコレクト・レベル」のペナルティ2秒を受けてしまった。しかし加算後の1分6.134秒でも、容易に超えられる記録ではない。続くソンカ選手の飛行は室屋選手に迫るハイペースだったが、終盤のゲート16で痛恨のパイロンヒット。3秒が加算された記録は1分7.866秒で室屋選手の勝利! 逆転チャンピオンに大手を掛けた格好となった。

ラウンド・オブ14で飛行する室屋選手。雨は上がったが雲が低く垂れこめ、エアゲートは風で大きく揺れる。正確なフライトが難しいコンディションで、ノーペナルティの1分4.134秒は神業だ

自力優勝が消滅したソンカ選手が唯一生き残る可能性は、ラウンド・オブ14の敗者中最速タイムの「ファーステスト・ルーザー」となることだけ。しかしその後のフライトも強風にコースを乱されてのペナルティが続出し、なんとソンカ選手はファーステスト・ルーザーとなり、勝負はラウンド・オブ8に持ち越されてしまったのだ。

「ソーリー、ヨシ」ラウンド・オブ8は盟友アシストならず

続くラウンド・オブ8は1組目が室屋選手とブラジョー選手。これまでブラジョー選手は早くても1分6秒台のタイムで、今回も1分7.126秒。室屋選手は1分4.557秒のペナルティなしで、余裕のファイナル進出を決めた。

きっちりと歩を進め、ファイナル4に勝ち残った室屋選手

そしてソンカ選手は4組目。今度はペナルティなしの1分4.995秒と着実な記録を出した。対戦相手はマット・ホール選手(オーストラリア)だ。

ソンカ選手(右内側)と対決するホール選手(右外側)。ホール選手が勝利すれば盟友・室屋選手への大きなアシストだったが…

ホール選手は室屋選手と同じ2009年からレッドブルエアレースに参加した同期組。インディアナポリスに到着して室屋選手と顔を合わせたとき、ホール選手は「ヨシ、俺が2位になればいいんだろう?」と冗談を飛ばしたという。そう、室屋選手が優勝してもソンカ選手は2位では、年間チャンピオンはソンカ選手になってしまうのだ。

ラウンド・オブ14で首の皮一枚繋がったソンカ選手も、ファイナル4に進出

ホール選手が勝てばソンカ選手は5位以下となり、室屋選手はチャンピオンに大きく近づく。しかしホール選手は2つのペナルティを受け、1分11.359秒で敗退してしまった。ファイナル4へ向け最後のフライト準備をする室屋選手にホール選手は「ソーリー、ヨシ」と無線を飛ばした。これを聞いた室屋選手は「いいよ、チャンピオンは自分の手で掴むから」と肩の力が抜けたそうだ。

筆者注:レッドブルエアレースでは、室屋選手はファーストネームの「ヨシ」で親しまれている。

荒れた風でパイロンヒットし、ホール選手はファイナル4を逃した

最終決戦の最終決戦、ファイナル4で奇跡の大記録

ついに舞台はファイナル4を迎えた。飛行順は室屋選手が1番、ソンカ選手が最後だ。最終戦の最後のフライトまで年間チャンピオンが決まらないという異例の事態に、会場の興奮は最高潮に達した。

実は今年、室屋選手が優勝した大会には共通点がある。サンディエゴ、千葉、ラウジッツのどの大会でも、室屋選手はファイナル4で1番に飛んでいるのだ。まず好記録を出してプレッシャーを与え、後続を振り切る必勝パターンだ。

室屋選手の最後のフライトはこの1年の集大成とも言えるものだった。攻撃的なターンにも関わらずペナルティはなく、タイムは予選やプラクティスも通じて最速の1分3.026秒。筆者は3.26秒ではないかと何度も見直したが、間違いなかった。室屋選手は「理論上あり得ないタイムで、聞いた自分が一番驚いた」と笑った。

1分3.026秒! 室屋選手の今シーズン最後のフライトは、本人も驚く大記録だった

こうなると他の選手は室屋選手を意識して失敗するより、2位を狙って確実に飛んだ方が良い。マティアス・ドルダラー選手は1分5.546秒、ファン・ベラルデ選手(スペイン)は1分5.829秒でペナルティなく飛行し、最終戦の表彰台を目指した。

文字通り「大トリ」のフライトに今シーズンのチャンピオンが懸かったソンカ選手。予選以後、1分6秒を超えたことがなかったソンカ選手がまさかの1分7秒台で、表彰台すら逃してしまった

そして今年のレッドブルエアレース最後のフライト、ソンカ選手が離陸した。当日のソンカ選手はいずれも4秒台で、2位は充分に射程内。そうなればインディアナポリス大会の優勝は室屋選手でも、年間チャンピオンはソンカ選手となる。しかし、ソンカ選手のタイムは伸びなかった。1周目は悪くなかったが徐々に遅れ、終わってみれば1分7.280秒の4位。技術、メンタル、そして運のすべてで上回った室屋選手の劇的な勝利で、エアレース最終戦は幕を下ろした。

国歌吹奏に感極まる室屋選手に温かい眼差しを向けるマティアス・ドルダラー選手(ドイツ)。彼も室屋選手と同じ「2009年組」で、昨年は年間チャンピオンだった

次回に続く