これまでは電動四輪のBaaSの現状と今後の可能性を紹介してきたが、今回は電動二輪のBaaS事業モデルについて解説する。 グローバル市場における電動二輪のBaaSの具体的事例を紹介する前に、まずは「グローバルの二輪市場の全体像」と「グローバルにおける二輪の電動化の状況」を俯瞰してみたい。
アジアは世界の二輪市場の約8割を占めると言われる。
保有台数、世帯普及率と使用頻度を見ても、東南アジア、台湾と中国は世界で最も活発な二輪市場である。主要国の二輪の保有台数をみると、インドネシアは約7,600万台、ベトナムは4,300万台、タイは2,000万台。台湾は人口2,300万に対し1,200万台を保有しており、2人に1人が二輪を保有している現状だ。
一方、自動車強国の日本の二輪市場規模は1,000万台に留まり、市場として大きくはない。
グローバルにおける二輪の電動化の状況
二輪の電動化は電動二輪産業と電池産業に大きく影響されている。
東南アジアの二輪市場は大きいが、まだ電動二輪や車載電池の地場産業は未成熟期にあり、電動化の本格始動はこれからだ。下記図のように、世界の主要な電動二輪メーカーと電池メーカーは、主に日本、中国、台湾と韓国にある。
中でも、中国と台湾における二輪市場と電動化需要は特に大きく、充電式電動二輪だけでなく、電池交換式BaaSの事業においても官民ともに積極的な姿勢を見せており、その分野のリーディングカンパニーも出現している。また、上流の標準化から下流のバッテリーライフサイクルまでを一手に取り組む事業者もいる。
電池交換式BaaS事業をリードする2カ国だが、中国と台湾では市場や産業の特徴が大きく異なるため、BaaS事業の方向性やビジネスモデルも大きく異なる。一般消費者が既に電池交換式電動二輪を受け入れている台湾市場に対し、中国市場においては宅配・フードデリバリー産業のような法人ベースで、電池交換式の仕組みが普及し始めているのが現状だ。
一般消費者を軸にBaaS事業を展開する台湾
まず台湾の電池交換式BaaS事業モデル(以下、台湾モデル)は、「個人消費者向けサービス展開」、「ワンストップ事業展開」と「観光地特化のグローバル展開」という3つの特徴が見られる。
【個人消費者向けサービス展開】
台湾では学生から社会人まで幅広く二輪が使われており、日常生活に不可欠な移動手段である。 また近年出現した電池交換式の電動二輪は、本体価格、電池交換の利便性と維持コストの面でガソリン二輪と比べて優位性が出つつあるため、個人消費者への浸透が加速している状況だ。
2018年時点で台湾での電動二輪電池交換式ステーションの数は611カ所、ガソリンスタンド、小売売店やコンビニエンスストアに設置されるのが一般的で、1分程度で交換できる仕組みとなっている。
【ワンストップ事業展開】
台湾で電池交換式電動二輪を推進するリーディングカンパニーのGogoro(ゴゴロ)は、2011年に設立された電動二輪メーカーかつ、電池交換ソリューション提供事業者であり、ワンストップ事業展開の特徴が顕著に見られる企業である。
Gogoroは台湾電動二輪市場シェアの80%を持っており、車載電池の設計、製造(OEMと連携)、電動二輪の製造・販売、電池交換ステーションの設置・運営、そして消費者向けのスマホアプリを含め、ワンストップでBaaS事業を展開している。 台湾市場でBaaSの電動二輪の数を増やしつつあるが、グローバル市場へのチャレンジも積極的だ。
【観光地特化のグローバル展開】
グローバル展開においても積極展開しているGogoroを例にとると、2017年に住友商事とパートナーシップを組み、沖縄・石垣島で電池交換式電動二輪のシェアリングサービスを始めた。パリ、ベルリンでも2016年から電動二輪のシェアリングサービスを提供している。
観光地からグローバル事業をスタートする理由は、観光地ではより自由な短・中距離移動へのニーズが大きく、レンタカーの駐車問題や排気ガスの汚染問題などをうまく解決できるソリューションの一つとして電動二輪が非常にマッチしているためだ。スマホアプリを使えば、どこに電動二輪や電池交換ステーションがあるか、電動二輪のバッテリー状況などが簡単に確認でき、外国人観光客にとっても使い勝手が良い。
宅配・フードデリバリー産業などの法人が軸となる中国
一方、中国の電池交換式BaaS事業モデル(以下、中国モデル)の特徴としては、「宅配・フードデリバリー産業向けサービス展開」、「他領域からの事業参入」と「モデル都市からの事業展開」 が挙げられる。
【宅配・フードデリバリー産業向けサービス展開】
2000年頃から、中国ではEコマース市場が急速に拡大、それに従い日本のヤマト運輸や佐川急便のような宅配サービスが全国的に普及し始め、さらに食品などの注文・配達プラットフォーマー、オンラインやスマホによる決済手段の出現によりUber eatsのようなフードデリバリー産業が巨大になった。
これらサービス提供における移動手段として、二輪が使用されている。2020年時点のフードデリバリーのドライバーは全国で約700万人、今後さらに拡大する見込みだ。宅配・フードデリバリーのもう一つの特徴は1日の平均移動距離が長いこと。
深セン市の一例だが、フードデリバリーの場合、1日平均移動距離は200キロ以上、300キロを超えるケースも多々あると言われている。こういった二輪の集中的な需要、長距離移動という特徴から、充電によるロスタイムのない電動二輪BaaSモデルはこの市場と非常にマッチしており、中国の主要都市からサービス展開している状況だ。
【他領域からの事業参入】
電池交換ステーションの事業展開へは、他領域の事業者も積極的に参画している。中国鉄塔(ちゅうごくてっとう)は中国全国の通信鉄塔の建設、オペレーションとメンテナンスを提供するインフラ企業である。2019年から電動二輪BaaS事業に参画し、電動二輪の電池交換ステーション提供、リアルタイムでの稼働状況案内、オンライン決済アプリのサービス展開を行っている。
中国鉄塔の河北省の例をあげると、2021年時点で省内に300強の電池交換ステーションを設置済み。ターゲットユーザーは宅配・フードデリバリー業者であり、現時点で省内の5.8万人の宅配・フードデリバリー配達者のうち、約3万人が中国鉄塔の電池交換サービスを利用しているという。中国では電動二輪や交換ステーションの電池標準化が進められており、他領域の事業者でも参画しやすい。
さらに中国鉄塔にとっては交換ステーションをそのまま通信基地局のバックアップ電源として利活用でき、かつ劣化した蓄電池を再加工して通信基地局のバックアップ電源として再利用することも可能である。
【モデル都市からの事業展開】
宅配・フードデリバリー市場の成熟度は都市により異なること、また電動二輪メーカーは中国全土というより特定地域での事業展開を行うことが多いため、現段階では中国の電池交換式電動二輪の事業は主に上海、江蘇省と広東省などの沿海都市を中心に展開されている。これらの都市の特徴は、宅配・フードデリバリー需要が大きい以外に観光資源が豊富なエリアでもあることだ。今後観光客含む一般消費者向けにも、事業の拡張性があると考えられる。
今回は、グローバルにおける電動二輪のBaaS事業の特徴、取り組みの違いとそれぞれの動きを考察してきた。特に日本は観光資源が多く、Uber eatsのようなフードデリバリー市場も台頭している中、台湾モデルと中国モデルを参考できる部分が多々あると思う。
例えば、沖縄・石垣島のような島型観光地や、神奈川・鎌倉のような集中型観光地では観光客の移動課題、駐車場問題とCO2排出問題がまさに発生している。政府・自治体視点からみても、よりグリーンな観光地づくりを実現可能なソリューションとして、日本の市場特性に合うBaaS事業モデルの構築を検討する価値があると考えている。
また東南アジア市場においては、日本の二輪メーカーは各国で高いマーケットシェアを占めているため、中国や台湾メーカーより販売ネットワークなどの面で事業優位性がある。ただ電動化におけるインフラの整備、電池関連の上流から下流までの仕組構築と蓄電池システム利活用などのエネルギー分野とのシナジー効果を含めた取り組みや仕掛けが必要となるため、二輪メーカー、日本のエネルギー会社と電池メーカーなどの総合的な協業が期待される。
BaaS事業はまだ新しい事業モデルであり、日本企業にとって検討価値のある、実現可能な事業だと考えている。日本の特徴と日本企業の優位性を基に、台湾モデルと中国モデルを参考にしながら、標準化や政府補助、成功例のビジネスロジック、これまでの課題と改善ポイントなどを全体的に俯瞰し、日本市場と東南アジア市場におけるBaaS事業の全体価値を図ったうえで、戦略的に取り組むべきであろう。
【著者】
胡原浩(こはらひろ)
株式会社クニエ
パートナー、グローバルストラテジー&ビジネスイノベーションリーダー。主にM&A、会社/事業戦略、経営企画・改革支援、新規事業戦略、イノベーション関連などのプロジェクトを担当。 中華圏を含めグローバルにおけるEV/モビリティ、蓄電池、エネルギーとハイテク関連の経験豊富。 早稲田大学理工大学院卒業、早稲田大学経営管理研究科(MBA)王延暉(わんいぇんふぇい)
株式会社クニエ
クニエのグローバルストラテジー&ビジネスイノベーショングループに所属。モビリティ分野及び中国市場関連を中心に、クライアントの海外進出支援や新規事業確立の支援等を担当。 特に車載蓄電池分野において、技術開発の実務経験を持ち、新規事業立案から実行支援までのプロジェクト経験がある。 大阪大学大学院卒業