今年も多くの卒業制作を見たという飯沢氏。前回に引き続き、卒業制作の作品を見ていきたいと思う。今回は日本写真芸術専門学校、東京綜合写真専門学校、東北芸術工科大学から、飯沢氏が注目した作品を解説していただいた。(文中敬称略)

東北芸術工科大学卒業制作展、西澤諭志『絶景』の展示風景

日本写真芸術専門学校 吉江綾乃 『存在証明』

日本写真芸術専門学校は渋谷にある写真専門学校で、初代校長は秋山庄太郎という歴史のある学校だね。ただこの学校は作品を見る限り最近はやや元気がない。パワーというか、意欲をあまり感じなくて、なんとなく写真学校に来てしまった生徒が多い気がする。場所が渋谷にあって、勉強以外の誘惑がたくさんあるからかもしれないね。もう少しがんばって欲しいと思うけど、その中でちょっといいなと感じた作品が吉江綾乃の『存在証明』だった。

『存在証明』は、前回話した「里帰り写真」のように自分の存在を確認する、ある意味一番ナイーブな写真の形だよ。今年の木村伊兵衛賞を取った岡田敦の『I am』と同じように自傷をテーマにしている。岡田は人を募集して撮っているんだけど、吉江綾乃は自分自身を客観的に撮っていこうという意志がはっきりしてる。セルフポートレートをスタジオで撮影しているんだけど、赤い糸とかポーズの付け方、背中に付いてる傷など、ものの見せ方が感傷的なままで終わっていない。客観的に見せていこうという意志がきちんと伝わって、この種類の作品では成功してると思う。リストカットのようなテーマは、感傷的に撮ってしてしまうともうどうしようもなくなってしまう。被写体の突き放し方に可能性を感じるんだ。その可能性を広げるためにも今回のような被写体から離れて、もっとポジティブでハッピーな被写体に向かって欲しいと思う。学生の頃は、どうしても痛々しさがつきまとう。その痛々しさを表に出しすぎると、うまくいかない場合が多い。吉江の作品も大成功したとは言えないけど、何か胸を打つものを感じる。

吉江綾乃 『存在証明』より

東京綜合写真専門学校 エグチマサル 『ギフト』

東京綜合写真専門学校の卒業制作展の選抜方法はとても特殊な例だと思うけど、校長である谷口雅さんが1人で選抜作品を選んいるんだ。この学校は、課題の延長ではなく、作家としてのスタイルを確立しつて作品を制作するという方針で教育している。また、制作した作品は自己満足に終わるんじゃなく、批評性を持った作品にしてほしいとも言っているんだ。たしかに東京綜合写真専門学校の卒業制作展を見ると、作品としてのレベルはほかの学校に比べて高いと感じたね。しかし、ビジュアルアーツのように見る人にエネルギーや力強さがなかなか伝わってこない。なんか取り澄ましたような感じに見えてしまって、他者に自分のやりたいことを伝えていく部分がやや弱いんだよね。

その中で、エグチマサルの『ギフト』は、自分の中にでやりたいこと、見せたいことを徹底してやっている。この作品は写真の上にペインティングを施してある。卒業制作展の会場である富士フイルムフォトサロンの規定だと思うんだけど、卒業制作展ではペインティングした作品をもう一度撮影して印画紙にして出品していた。だけど、本来は絵具の塊や質感が全面に出ている作品で、そっちの生々しい質感を感じる作品の方がいい。エグチが持ってる内側に向いてるエネルギーが、グッと画面に逆流するみたいな作品だね。草間彌生のようになってくる可能性もあって、写真という枠すらも越えて何かをやりたいという意欲がとっても強い。彼は特別演習などの授業でもほぼ毎回作品を持ってきて、批判されてもめげずにどんどん作品を作ってくるタイプ。ガッツがあって面白い生徒なんだ。2007年度のキヤノン「写真新世紀」でも佳作を取って、注目され始めている。京橋の「プンクトゥム・フォトグラフィックス・トウキョウ」で個展も決まっているようだし、今後もどんどん伸びると思う。

写真と現代美術の差は、90年代以降どんどんなくなってきている。東京綜合写真専門学校がエグチマサルのような作品を許容してるように、他の学校も積極的に取り込んでいってほしいと思う。しかしこの学校はドキュメンタリーの部分が弱かったりするんだけどね。だから各学校でいろいろ弱点があって、学校同士が交流を深めたりすると写真学校全体の活性化が図れるんじゃないかと思っているんだけどね。

エグチマサル 『ギフト』より

東京綜合写真専門学校 たかはしようこ 『すくってはこぼれ、すくってはこぼす』

たかはしようこの『すくってはこぼれ、すくってはこぼす』は、とても今っぽいと思う。今のセンスのいい写真家たちの作品をすごくうまく取り込んで上手に消化してる。被写体への視点や、鏡を使ったり、ちょっとぼかしたりする「格好つけ」のセンスがいいんだね。東京綜合写真専門学校の卒業制作は、こういう「格好つけ」の作品が多かったんだけど、ここまでセンス良くまとめられると評価できるし、タイトルのつけ方が面白いと思う。『すくってはこぼれ、すくってはこぼす』というタイトルも、非常に柔らかくて印象に残る。タイトルは作品にとってすごく大事な要素だといつも授業でも言っているけど、作品とタイトルがバッチリ決まったものはあまり出てこない。自分のセンスで作品を作っていくと、いわゆる「日々の泡」の写真から一皮剥けたオリジナルの世界感を作りだすことができるんじゃないかと思う。

たかはしようこ 『すくってはこぼれ、すくってはこぼす』より

東北芸術工科大学 情報デザイン学科映像コース 西澤諭志 『絶景』

東北芸術工科大学は山形にある大学で、1991年に設立された新しい学校なんだ。2007年度から情報デザイン学科映像コースに屋代敏博氏が准教授として入った。屋代は「回転回」というシリーズを近年国内外のギャラリーや美術館で発表している面白い作家で、彼が教授陣に加わったことで生徒たちの作品が面白くなってきている。屋代はコンセプトをきちんと立てて、着実に制作していくタイプの作家なんだ。それが学生たちにも良い影響を与えていて、非常にコンセプチュアルな作品が増えてきているね。もちろんここにも「里帰り写真」や、「日々の泡」のような半径5メートル以内を撮影した写真もあるけどね。

東北芸術工科大学から選んだ西澤諭志は、2007年のキヤノン写真新世紀で佳作を取っていて、審査員の間でかなり評価は高かった。だけど、ドイツのベッヒャ派やトーマス・デマンドあたりの影響が強過ぎるという意見も出ていたんだ。卒業制作の『絶景』は、写真新世紀で出した作品を発展させていて、彼の思考がよりはっきり出ている。大学構内の撮影スタジオに、ものすごく大きくプリントされた作品がずらっと展示されていたんだけど、とても見応えがあったね。西澤の作品は空間の切り取り方に特徴があって、切り取られてる空間は毎日通ってる大学内の一部分なんだ。そこにちょっとしたズレや異物などが入り込んでいる写真が多くて、微妙な切り取り方の処理がとても上手い。新しい大学だから、校内にはテクノスケープ的な環境があちこちに転がってるわけ。居住空間のエアポケットをとても上手くすくい上げていて、面白い作品だと思った。ただタイトルの『絶景』はちょっと考え過ぎた感じがして、もっと素直につけた方が良かったかもしれない。西澤は作家思考で、卒業後は大学院に行くといっている。彼のようなタイプはじっくり大学院や海外留学などの環境で、自分の作品スタイルを作っていくことが合っていると思う。

西澤諭志 『絶景』より

4年制大学の今後の課題

日芸の写真学科と東京工芸大学の卒業制作も見ていて、良い作品はないわけじゃないけど、今ひとつ突出した作品がなかった。作品を見た限りの印象は、非常に保守的だったね。4年制大学の大学教育というのは、難しくなってきていると感じた。今回の卒業制作を見てる限りでは、学生生活の4年間を有効に使われてるとは思えなかった。日芸と工芸大に関して言えば、写真の保守的な教育のシステムをどうするのかという問題が出てきてる気がするね。教育は教える先生の力がかなり大きな要素を占める。先生が一人変わると、ずいぶん学校の雰囲気が変わってくるんだ。東北芸術工科大学の生徒に良い影響を与えている屋代敏博氏が良い例だよね。

作品を発表するチャンスを生かす

僕が学生の頃に比べて今は若い人を対象にする公募展はものすごく数が増えている。そういう意味では、やる気と実力があればどこかの会場で展示することはそんなに難しくない。若手の登竜門と呼ばれている「ひとつぼ展」、キヤノンの「写真新世紀」、エプソンの「カラーイメージングコンテスト」をはじめ、ニコンサロンの「ユーナ21」や、コニカミノルタプラザの「フォト・プレミオ」とかも含めてね。

逆に言えば、学生時代にそういうところで展示できなかったら、才能の限界を感じた方がいいかもしれない。ユーナ21とフォト・プレミオは、月に2人ずつ展示できるから、2つのサロンをあわせて年50人も発表できるんだよ。本気で取り組んでて選ばれなかったら、職業人としてのカメラマンはまた別だけど、写真作家の道は難しいよ。昔に比べて、今は作品を発表する機会に恵まれてるから、そのチャンスをうまく生かしてほしい。今回取り上げた人の中から、次の時代を担っていくような写真家が出てきたら嬉しいよ。10年後くらいに「やっぱり僕の言った通りだろ」て言えたらいいね。(笑)

飯沢耕太郎(いいざわこうたろう)

写真評論家。日本大学芸術学部写真学科卒業、筑波大学大学院芸術学研究科博士課程修了。
『写真美術館へようこそ』(講談社現代新書)でサントリー学芸賞、『「芸術写真」とその時代』(筑摩書房)で日本写真協会年度賞受賞。『写真を愉しむ』(岩波新書)、『都市の視線 増補』(平凡社)、『眼から眼へ』(みすず書房)、『世界のキノコ切手』(プチグラパブリッシング)など著書多数。「キヤノン写真新世紀」などの公募展の審査員や、学校講師、写真展の企画など多方面で活躍している。

まとめ:加藤真貴子 (WINDY Co.)