自然写真の2回目は、日本の自然写真の誕生から第1世代について。日本の自然写真を振り返ると、日本自然写真の創成期に登場した第1世代、カメラ技術を駆使した写真を撮る第2世代、世界に飛び出し新たな視点で写真を撮る第三世代に分けられると飯沢はいう。

東京都写真美術館で2008年8月に開催された「今森光彦写真展 昆虫 4億年の旅 進化の森へようこそ」」より
今森光彦 「石の隙間で鳴くスズムシ」 1987年
スズムシは、翅を立て震わせながら鳴く。翅は、ガラスのように半透明でとても美しい

日本の自然写真のはじまり

日本の自然写真をみると、戦前でも山岳写真や鳥や昆虫の生態写真など先駆的な試みはあったけれど、基本的には戦後から始まったと考えていいだろうね。自然写真というジャンルは経済の発展と非常に関係がある。例えば貧しい国で、自然に翻弄されるような暮らしをしている人たちがいるとする。農業をしていて嵐が来たり、干ばつがあったりして作物が駄目になってしまう状況では、自然は敵であり人間を支配する脅威でしかないから、自然写真は生まれないと思うんだ。自然を眺め、それについて考えて記録したり、見て楽しむ感覚は、ある程度経済的な余裕が生まれないと出てこないだろう。

日本は水墨画のような風景の美意識はあったとしても、科学的な眼で観察する感覚は、戦前の写真界ではまだあまりなかったと思う。また写真機を抱えて野外で撮影することは、技術的な問題も含めて難しかった。高度経済成長期以降に、自然を観賞してカメラを持って撮影して楽しむ余裕が生まれ、カラー写真や小型カメラなど技術的も進化することで、日本にも自然写真というジャンルが定着するようになる。

日本の自然写真のパイオニア 田淵行男

日本を代表する自然写真家に田淵行男がいる。田淵が日本の自然写真の骨格を作り上げたといってもいい。彼は、戦前から教師をしながら独学で山の写真を撮っていた。その頃の田淵の写真を見ると、情緒的な山の写真とは全く違うね。山の肌合いなどを、物として即物的に捉えていこうという傾向が強い。彼のような科学的な山へのアプローチは、それまで日本にはなかった。だから田淵行男は日本を代表するなナチュラリストとも言えるだろう。だけどナチュラリストでありながら、文章がものすごく上手だし、感受性も鋭い。だから僕は彼は「詩人の魂を持ったナチュラリスト」だと思っているんだ。

田淵はまず山岳写真家として認められ、その後『ヒメギフチョウ』(1957年/誠文堂新光社)と『高山蝶』(1959年/朋文堂)という日本の生態写真を代表する大傑作を発表する。彼は1945年7月の疎開時代から安曇野に住んで、蝶を長期にわたって観察をして撮影を続ける。日本では田淵ほどの長期観察と厳密な科学的な記録がなかったから、その生態観察写真はとても画期的だった。それに加えて、ある意味蝶を擬人化して温かみのある眼差しで捉えていて、独特な自然観、世界観を作り上げていった。『ヒメギフチョウ』と『高山蝶』以降、生態観察と山岳写真の両方の分野にわたって、日本を代表する自然写真家になる。田淵は人柄も自然に対する真摯な姿勢も群を抜いていたから、とても尊敬を集めて多くの写真家たちに強い影響を与えたんだ。彼の自然写真はその後、次の世代によって受け継がれていくことになる。

『日本の写真家 11 田淵行男』 岩波書店 1998年

自然写真の第1世代 1950〜60年代

日本の自然写真について考えると、第1世代、第2世代、第3世代に分けることができる。戦前から鳥を主に撮影していた下村兼史、昆虫の本庄伯郎、植物学者の武田久吉らによって先駆的な試みが行われてきた。しかし、本格的な自然写真があらわれてくるのは、田淵行男が登場した戦後の50年代以降だろうね。この50〜60年代の写真家を第1世代といえる。

この時代には、昆虫写真の分野で田村栄や浜野栄次、白サギを撮影した田中徳太郎などが質の高い仕事を発表している。60年代になると、動物写真の分野で岩合徳光、田中光常、クローズアップによる「小さな生物」にこだわり続けた佐々木崑など、様々な分野で自然写家が登場する。第1世代の写真家は、まだ日本が経済力もなく機材も発達していなかったから、苦労しながら日本の自然写真の伝統を作り上げていったんだ。

飯沢耕太郎(いいざわこうたろう)

写真評論家。日本大学芸術学部写真学科卒業、筑波大学大学院芸術学研究科博士課程 修了。
『写真美術館へようこそ』(講談社現代新書)でサントリー学芸賞、『「芸術写真」とその時代』(筑摩書房)で日本写真協会年度賞受賞。『写真を愉しむ』(岩波新書)、『都市の視線 増補』(平凡社)、『眼から眼へ』(みすず書房)、『世界のキノコ切手』(プチグラパブリッシング)など著書多数。「キヤノン写真新世紀」などの公募展の審査員や、学校講師、写真展の企画など多方面で活躍している。

まとめ:加藤真貴子 (WINDY Co.)