前回は、高電圧プローブとフローティング測定について説明しました。今回は、まさにプローティング測定に最適である「高電圧差動プローブ」について述べていきます。

高電圧差動プローブ

フローティング測定にもっとも適したプローブは、フローティング測定のために設計された「高電圧差動プローブ」です。測定対象の電圧があまり大きくない場合、信号忠実度の優れた小型の高電圧差動プローブ(写真1)がおすすめです。

写真1:小型の高電圧差動プローブの例 - Tektronix製TDP1000型

写真1の小型の高電圧差動プローブに印加できる電圧は、差動電圧として42V、対地電圧として35Vを超えることはできません。この関係を図1に示します。

図1(a):差動動作電圧±42V、対地動作電圧±35Vの高電圧差動プローブに印加できる差動波形の例

図1(b):オシロスコープに表示される波形

差動電圧で42V、対地電圧で35Vを超える場合、大型の高電圧差動プローブを選ぶことになります(写真2)

写真2(a):大型の高電圧差動プローブの例 - Tektronix製P5205型

写真2(b):大型の高電圧差動プローブの例 - Tektronix製P5210型

写真2のプローブでは、差動電圧が最大4400V、対地電圧が最大2200Vまで測定できる反面(図2)、形状が大きくなり、特に入力リード線の扱いに注意が必要になります。長いリード線は共振やノイズ飛び込みの原因となり波形品質が悪化する可能性があります。

図2:写真2のプローブでは、差動電圧が最大4400V、対地電圧が最大2200Vまで測定できる

2本のリードの扱いによる特性変化

大型の高電圧差動プローブを使うコツは、2本のリードどうしを軽くねじっておくことです。しかし、リードを接続すべき2つの接続点が離れている場合は、リードどうしをねじることができません(写真3)。

写真3:2本のリードをねじった状態と離した状態

P5205を実例にして、リードをねじるか離すかにより、特性が変化するようすを見てみましょう。図3は、サイン波をプローブに入力し、振幅を一定に保ちながら周波数を10MHz~150MHzと変化させ、プローブ通過後の振幅変化をグラフにしました。

図3:リードをねじった場合と離した場合の周波数特性

リードを互いにねじった場合、プローブの特性は理想的になり、ほぼ素直な特性で周波数帯域100MHzを実現しています。ところがリードを離した場合は、特性は約74MHzにおいて大きなピークを持ち、振幅が2倍以上も変化します。オシロスコープの画面において40MHz、50MHz、60MHz、74MHz、80MHzのサイン波を観測すると、74MHzのピークに向って振幅が徐々に大きくなるようすが分かります(図4)。

図4:40MHz、50MHz、60MHz、74MHz、80MHzのサイン波を観測したようす

図5に理想的な特性をしたパルス波形をプローブに入力し、プローブ通過後の応答特性も示します。リードをねじった場合のほぼ素直な特性に対し、リードを離した場合の特性は大きなリンギングを生じていることが分かります。

図5:プローブ通過後の応答特性 - リンギングのピーク間の周期(13.5ns)から共振周波数(1/13.5ns:約74MHz)が計算できる

なお、リンギングのピーク間の周期(13.5ns)から共振周波数(1/13.5ns:約74MHz)が計算できます。大型の高電圧差動プローブでよい特性を出すには、入力のリードを互いにねじっておくことが大切です。ねじることができない場合は、リンギングを起こす周波数より低い周波数範囲で使用すると、良い結果が得られます。

CMRRは有限

高電圧差動プローブが使われる多くの場面は、スイッチング電源回路です(図6)。

図6:スイッチング電源回路

非常に大きなVds電圧が変動しているなかで、小さなVgs電圧を観測するときに、問題が起こります。Vds(対地電圧)の変動がVgs(差動電圧)に影響を与えるのです。どのくらい影響を与えるかは高電圧差動プローブのCMRRという性能で決まります。CMRRが無限大なら理想です。Vds(対地電圧)の影響を全く受けずにVgs(差動電圧)のみを測定できることになりますが、CMRRは無限大ではありません。つまり、必ずVds(対地電圧)の影響を受けてしまいます。

例えば300VもVds(対地電圧)が変動するなか、数VのVgs(差動電圧)をCMRRが50dB(300:1)の高電圧差動プローブで観測するとしましょう。この場合、Vds(対地電圧)が300Vの300分の1である1Vは除去できずに残ることになります。測定したい数VのVgs波形がこの1Vの波形によって変形されることになります。ローサイドのスイッチング素子を観測する場合は何の問題も起こさないのに、ハイサイドのスイッチング素子を観測すると変な波形になるようならば、まず高電圧差動プローブのCMRR不足を疑ってみましょう。

上記の現象を分かりやすくするため、実験回路(図7)において、高電圧差動プローブで観測した1Vの差動電圧波形(短波形)が、15Vの対地電圧(サイン波)によって変形されるようすを示します(図8)。

図7:実験回路 - 有限なCMRRによる歪みを実験する

図8:図7の実験回路にて、高電圧差動プローブで観測した1Vの差動電圧波形が15Vの対地電圧によって変形されるようす

フローティング測定において、高電圧差動プローブのCMRRは有限であることを忘れてはなりません。

次回は最終回となります。最終回では、電流プローブについて述べていきます。お楽しみに。

※ 本連載記事は、毎週火曜日と金曜日に掲載いたします。

著者
稲垣 正一郎(いながき・しょういちろう)
日本テクトロニクス テクニカルサポートセンター センター長