東京オリンピックが延期になっても、テレビの需要は堅調だ。

一般社団法人放送サービス高度化推進協会(A-PAB)の調査によると、新4K8K衛星放送の視聴可能な機器の累計出荷台数が、2020年6月末時点で、476万7,000台に達したことが明らかになった。

同調査は、新4K8K衛星放送を視聴することができるチューナーを内蔵したテレビのほか、外付け新チューナー、チューナー内蔵録画機(レコーダー)、チューナー内蔵セットトップボックスの出荷台数を合計したものだ。

月別の推移をみても、2020年4月は前年同月比1.8倍の21万5,000台、5月は2.1倍の24万4,000台、6月は1.8倍の36万5,000台と好調に推移していることがわかる。とくに6月は単月の出荷台数としては、過去3番目の実績になっている

もともと同協会では、東京オリンピック/パラリンピックが開催される予定だった2020年7月までに、500万台の普及を目指していた。

2020年4~6月が、月平均27万4,000台で推移していたことをベースに、7月の出荷台数として、この平均値を当てはめると500万台を突破。想定していた普及台数を達成することになる。

  • 新4K8K衛星放送機器の普及状況について会見するA-PABの相子宏之理事長

    新4K8K衛星放送機器の普及状況について会見するA-PABの相子宏之理事長

巣ごもり需要が強力な追い風に

500万台は東京オリンピック/パラリンピックの視聴需要を想定した意欲的な見通しだったが、これが新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大という事態になっても、テレビの需要は想定通りに盛り上がったといえる。

A-PABの木村政孝理事は、「新型コロナウイルスの影響で、テレビ需要は不調になると見ていたが、それが逆となった」と前置きし、「新型コロナウイルスによるステイホームの傾向が続き、テレビの視聴機会が増加していることなどが影響した。とくに、家族と一緒にテレビを視聴する機会が増えたことで、テレビを買い換える際に、4Kを中心とした大型テレビを購入する例が多いことが考えられる」と分析する。

  • ステイホームによるテレビ視聴機会の増加が影響したのではないかと説明するA-PABの木村政孝理事

A-PABの相子宏之理事長も、「新型コロナウイルス感染拡大の影響で、東京オリンピック/パラリンピックが1年延期となり、販売台数の落ち込みが懸念されたが、テレビ視聴時間増加などの影響のためか、結果としては順調に普及している」と異口同音に語る。

全国の量販店などの販売データをまとめているBCNでも、4Kテレビの販売台数は、4月が前年同月比23.4%増、5月が54.5%増、6月が56.8%増と右肩上がりの状況が続いている。

木村理事は、「新チューナー内蔵テレビの品揃えが広がり、低価格の製品が揃ったこと、4K放送の魅力が浸透してきたことも背景にある」とする。

また、相子理事長も、「新4K8K衛星放送チューナー内蔵テレビが、テレビ売り場のメインとして並び、価格も以前より手の届きやすいものになっている」と指摘する。

いずれにしろ、"おうち時間"の増加は、テレビの買い替えを促進することにつながったのは確かだ。

そして、テレビ需要には、さらなる追い風が吹いた。

それが、国民1人あたり10万円が給付された特別定額給付金の存在だ。

A-PABの木村理事は、「量販店からは、1人10万円の特別定額給付金が、テレビ需要の後押しになっているとの声が聞かれている」と語る。

4Kテレビは、低価格のものであれば、10万円以下で購入でき、高機能モデルでも20万円以下で購入できるものが多い。家族分の給付金をあわせて、新たにテレビを購入するといった動きもあり、これがテレビ需要を促進したというわけだ。

今回の調査でも、2020年6月には過去3番目の販売台数に達したことが明らかになっているが、これはは、多くの家庭に特別定額給付金が振り込まれた時期と重なっていることが見逃せない。

木村理事は、「予定通りに東京オリンピック/パラリンピックが開催されていれば、テレビメーカー各社が、それに向けた増産を行うことも想定され、もう少し上乗せできたかもしれない」としながらも、「ここまで普及台数が広がったことには大いに満足している」と語る。

  • 新4K8K衛星放送の視聴可能機器台数の推移。直近の2020年4月~6月で大きな伸びが見られた

    新4K8K衛星放送の視聴可能機器台数の推移。直近の2020年4月~6月で大きな伸びが見られた

五輪需要で1,000万台を目標に

「東京オリンピック/パラリンピック」需要がなくなったものの、それを「おうち時間」需要が、きっちりとカバーした格好だ。

その点で、業界側は、「東京オリンピック/パラリンピック」需要という「切り札」を温存したまま、2020年7月までに、「一里塚」と表現する500万台の累計出荷を達成したことになる。

では、これからの普及はどうなるのだろうか。

木村理事は、「いまは、目標の一里塚である500万台が見えてきた。次は、2021年7月の東京オリンピック/パラリンピックの開催に向けて、できるだけ早く1,000万台の普及を達成したい」と意欲をみせる。

だが、今後1年間で500万台の上乗せは大きなハードルである。

過去1年間の月平均出荷台数は29万台程度。1年間で500万台を増やすには、月43万台のペースで増やす必要があり、これまでの約1.5倍の出荷台数が必要となる。

振り返ってみると、月43万台を出荷したのは、2019年11月の52万1,000台の1回だけ。しかもこのときは、それまで発表されていなかった新チューナー内蔵録画機の累計数字として25万4,000台が加算されており、そのまま受け取ることはできない。実質的に月間最高台数となるのが、2番目となる2019年12月だが、ここでも42万1,000台となっており、43万台をわずかに下回る。そして、過去3番目となる2020年6月は、特別定額給付金という追い風がありながら、36万5,000台に留まる。

つまり、2021年7月に、累計1,000万台の普及を目指すには、過去最大規模の出荷数量で推移する必要があり、「相当無理をしなくてはならない水準」(木村理事)というのは明らかだ。

では、これを実現するための策はあるのだろうか。

木村理事は、「買い替え需要をどれだけ顕在化できるかが鍵になる」とする。

振り返ってみると、地デジへの移行が進められた2008年~2011年の4年間で、薄型テレビは、合計で6,840万台が出荷されている。とくに、2010年の出荷台数は2,519万台と過去最高を記録している。

これらのテレビが10年以上を経過するとこになり、買い替え需要期に入ってきているのだ。

「各家庭には、10年を経過したテレビがあり、とくに、リビングのメインテレビにおいては、大画面化に対する需要が根強い。今後10年間使うのならば、4Kテレビを選択したい、来年の東京オリンピックを4Kで見たいというニーズを獲得したい。それによって、1,000万台を達成したい」と語る。

実際、2020年4~6月の実績では、新4K8K衛星放送視聴可能機器における50型以上の出荷台数が41万2,000台となり、前年同期の29万1,000台から大幅に増加。全体に占める構成比は、前年同期の26%から、35%に拡大しており、大画面化が加速している。

10年前のテレビを、より大きなテレビに置き換えたいという需要が高まるとともに、4K8Kテレビの出荷台数が高まることになる。

そして実は、1,000万台という数字には大きな意味がある。

「1,000万台の普及規模になると、普及率が10数%に達し、民放各社もCMを獲得しやすくなる。この回転がうまくいけば、いまは約2割に留まっているピュア4K番組の比率が高まることにもつながる」とした。

実際、4Kテレビの普及阻害要因のひとつとして、4Kコンテンツの少なさを指摘する声もある。

1,000万台の規模になることで、業界全体の動きが好循環に転じることになり、さらなるテレビの普及に拍車をかけるための素地が整うことになる。

前途は多難? ネット視聴が鍵に?

だが、木村理事が示すように、先行きは厳しい。

それは、同協会が発表した新4K8K衛星放送市場調査の最新データからも浮き彫りになる。

A-PABでは、新4K8K衛星放送の認知度や理解度などを測定するために、2016年から定期的に同調査を実施しており、その最新版として、2020年5月に、全国の20~69歳までの男女5,000人を対象に実施した第3回目の調査結果を発表した。

これによると、「新4K8K衛星放送」という言葉を知っている人は、全体の37.3%となり、前回調査(2019年7月)と比較して4.0ポイント減少。4K(8K)テレビを「欲しくない」との回答が依然として53.0%と過半数を超えている。

そして、4K(8K)テレビの非所有者のうち、「購入する予定」との回答は1.8%、「いずれ購入する予定」と回答した人は29.3%に留まる。

これらの結果をみると、1,000万台の普及に向けての前途は多難だと言わざるを得ない。

ただ、新4K8K衛星放送を視聴した人の82.4%が「非常に満足である」あるいは「まあ満足である」と回答していること、4K(8K)テレビの所有者のうち、81.6%の人が、「非常に満足」、「まあ満足」と回答していること、満足点としては「画質のキレイさ」といった回答や、現行の地デジ放送も、4Kテレビの方がきれいな画像で見られることを挙げる人が4割を超えるなど、4Kテレビを所有している人の評価が高い点は、今後の普及施策のなかに生かしたいところだ。

もうひとつ、4Kテレビ普及の起爆剤となるのが、ネット視聴の広がりだ。

総務省が、2020年5月に発表した2019年のテレビのインターネット接続状況によると、66.2%の世帯で、「接続あり」と回答。実に、テレビ所有者の3分の2が、インターネットに接続している計算になる。

NetflixやAmazonプライムビデオなどでは、多くの4K作品が配信されており、おうち時間の増加に伴い、4Kテレビでこれらを視聴する人たちも増えたようだ。

テレビメーカー各社からも、Android対応テレビが増加しており、ネット視聴がすぐに行えるように、リモコンに、Netflixなどに接続するための専用ボタンがついたモデルも増加している。

  • テレビのリモコンには4K8Kのボタンやネット接続ボタンが用意されている

こうしたネット視聴の動きも、4Kテレビの普及には追い風となりそうだ。

果たして、4Kテレビは、東京オリンピック/パラリンピックの開催までの1年間でどんな勢いで普及するのか。この1年の動きが、その後の4K/8Kの広がりや、放送業界のコンテンツづくりの本気ぶりにも大きく影響しそうだ。