東芝は、研究開発戦略について説明した。東芝では、グループ全体の視点で長期的な技術戦略を策定。先端・基盤技術の研究開発を担ってきた「コーポレートラボ」と、各事業会社で事業に直結した応用技術や商品技術開発の中核を担ってきた「ワークスラボ」を、2025年4月1日付で統合し、「総合研究所」を設立しており、新たな体制で研究開発を推進しているところだ。

  • 東芝の研究開発棟「イノベーション・パレット」
  • 東芝の研究開発棟「イノベーション・パレット」
  • 東芝の研究開発棟「イノベーション・パレット」

同社は「東芝再興計画」を推進するなかで、2026年度にはROS(営業利益率)10%の達成を必達目標と掲げ、固定費の抜本的削減に着手しているため、研究開発費も削減されている状況にある。だが、同計画のなかでは、「革新的技術の創出と早期事業化」を掲げており、「技術」を中長期的な成長ドライバーとすることが盛り込ま、技術重視の姿勢には変化がない。「技術の東芝」の復活が、新生東芝の成長を支えることになるのか。約1年を経過した総合研究所を軸とした東芝の研究開発戦略の進捗を追った。

技術は「東芝再興計画」の成長ドライバー

2025年4月1日に設立した東芝 総合研究所の拠点となっているのは、神奈川県川崎市の東芝小向事業所内に設置した「イノベーション・パレット」だ。約340億円を投じて建設し、2024年2月から稼働している。

  • イノベーション・パレットは東芝小向事業所のなかにある

    イノベーション・パレットは東芝小向事業所のなかにある

もともとは、1961年に設立した中央研究所が置かれていた場所であり、当時は「アジア一」の研究所と謳われたという。

かつての中央研究所では、郵便番号自動読み取り区分機や日本語ワードプロセッサ、NAND型フラッシュメモリ、DVDプレーヤー、二次電池であるSCiB、量子技術を活用したシミュレーテッド分岐マシンなど、数多くの世界初、日本初の技術を生み出してきた。

東芝 上席常務執行役員CTOの佐田豊氏は、「総合研究所の幹部や中堅メンバーと、約2年に渡り、東芝の研究機能は、どう在るべきかを議論しつづけてきた。辿り着いたのは『社会創造力の強化』である。研究開発が強いというだけでなく、その成果を早く事業化すること、強い技術を作るのではなく、社会に価値を生むソリューションを設計し、実証する力を伸ばしていくことにした。また、未来を予見しながら、将来必要となる技術を仕込む能力を高めることにも力を注ぐ」とし、「これが、現在の東芝の研究所の形である」と定義した。

  • 東芝 上席常務執行役員CTOの佐田豊氏

    東芝 上席常務執行役員CTOの佐田豊氏

研究開発で推進する4つの改革

東芝では、研究開発に関して、「研究開発体制の再編」、「経営・研究開発戦略の統合」、「オープンイノベーションの推進」、「未来価値創造活動」の4つの改革を推進している。

  • 研究開発で推進する4つの改革

    研究開発で推進する4つの改革

「研究開発体制の再編」では、「コーポレートラボ」としていた研究開発センター、生産技術センター、デジタルイノベーションテクノロジーセンターの3つの本社研究所と、「ワークスラボ」として展開していた旧東芝エネルギーシステムズのエネルギーシステム技術開発センター、旧東芝インフラシステムズのインフラシステム技術開発センターの2つの事業会社開発センターを統合して、新たに総合研究所を設立。ICTやAIに強みを持つ本社の研究開発の成果を、エネルギーやインフラといった事業に、より近いところへ移行するとともに、ITとOTの融合を積極化するという。

なお、同社によると、拠点となる「イノベーション・パレット」には、総合研究所や半導体事業部などを含めて、約3000人が勤務。現在の総合研究所の陣容は、女性比率が15.6%、外国籍比率は4.0%、博士号取得者は19.3%だという。

  • 研究開発体制の再編

    研究開発体制の再編

2つめの「経営・研究開発戦略の統合」では、経営や事業、R&Dが一体となった戦略とテーマ策定の仕組みを導入。透明性を高めたR&Dリソース運営を推進していることを強調した。

従来は研究所の自律性や独立性を尊重し、ワークスラボに代表される事業特化の開発と、本社部門による革新技術を担う研究開発体制が分離。東芝全体の将来を担う新たな技術の獲得については、研究所の見識が生かされてきたものの、経営と研究開発の一体化が十分に図れていないという課題が生まれていた。経営、事業、R&Dが協働し、攻めるべきテーマ領域を設定し、そこに予算配分する仕組みへと移行しているという。

  • 経営、事業、R&Dが協働し、攻めるべきテーマ領域を設定し、そこに予算配分する仕組みへと移行

    経営、事業、R&Dが協働し、攻めるべきテーマ領域を設定し、そこに予算配分する仕組みへと移行

佐田CTOは、「この1年で分野を超えた融合が加速されたという手応えがある。エネルギー分野の研究者は、エネルギーだけを考えていればよかったが、省エネ技術はあらゆる分野で求められており、異なる事業分野や異なるお客様に向けてもエネルギー技術を応用していくケースが増えた。総合研究所として一体化したことで、全体最適化の活動に変容してきている」と述べた。

分野を超えた技術融合の事例としてあげたのが、マルチ電子ビームマスク描画装置だ。ニューフレアテクノロジーの装置技術と東芝グループの技術を結集したものだが、ここには、様々な研究開発成果が盛り込まれているという。

佐田CTOは、「50万本の電子ビームを、半導体のマスクに一括で照射し、回路のパターンを書き込むことができる。開発当初は、回路を形成するためのデバイスが、電子ビームの影響によって寿命が保てないことや、装置全体のノイズによってビームが曲がり、ナノレベルの精度を確立できないという課題があった。そこで、研究所のメンバーだけでなく、半導体や原子力事業のメンバーも集まり、課題解決に取り組んだ」という。

  • 分野を超えた技術融合の事例としてあげた、マルチ電子ビームマスク描画装置

    分野を超えた技術融合の事例としてあげた、マルチ電子ビームマスク描画装置

そのほかにも、2024年2月から提供を開始している降雹予測サービスでは気象レーダー技術とAI技術の組み合わせによって実現したものであり、2022年3月から提供しているシミュレーテッド分岐マシンは、量子コンピュータの技術と、並列コンピューティングに携わってきたコンピュータサイエンスの技術者が加わって実用化したという。

3つめの「オープンイノベーションの推進」においては、国内外のトップ大学や研究機関などとの連携により、オープンイノベーションによる研究開発や実証を加速。強い技術の獲得につなげているという。東芝が作り上げた技術の社会実証や応用に関しても、他社との連携を推進していることをアピールした。

  • 国内外のトップ大学や研究機関などとの連携により、オープンイノベーションによる研究開発や実証を加速

    国内外のトップ大学や研究機関などとの連携により、オープンイノベーションによる研究開発や実証を加速

さらに、「イノベーション・パレット」を、「オープンイノベーションのメッカ」と位置づけ、共創を目的とする活動を加速。研究者の新しい働き方と位置づける「Activity-Based Working」の実証や、建物全体をライブ実験場として活用したり、ワークショップや講演会、ハッカソンの開催などを行う共創の場として利用したりしている。2025年4月~12月には、外部から1830人の来場者が訪れたという実績を持つ。

  • イノベーション・パレットはオープンイノベーションのメッカ

    イノベーション・パレットはオープンイノベーションのメッカ

  • 2025年4月~12月には、外部から1830人の来場者が訪れたという実績

    2025年4月~12月には、外部から1830人の来場者が訪れたという実績

そして、4つめの「未来価値創造活動」に関しては、数10年後の未来を見据え必要な価値と技術を構想する「技術長計」に基づいた活動を推進。広範な技術領域を対象に、どんな技術が、いつ実用化されるのかを描いた技術ロードマップと、非連続的な社会変化を予見するツールを導入することで、約30年先の社会を構想し、そこからバックキャストして、いま備えるべき技術を明らかにする活動を進めているという。

ここで描いた「未来シナリオ」は、パンフレット化し、パートナーや顧客にも配布して、共創のきっかけにつなげているという。

「技術の東芝」復活のために、収益事業化と中長期の視点

東芝には、2人の創業者がいる。田中久重氏は、1975年に東京・銀座に店舗を構え、70歳半ばにして、「万般の機械考案の依頼に応ず」の看板を掲げて田中製造所を設立。人に役立ちたいという気持ちを常に持ち続けた人物だったという。また、藤岡市助氏は、東京大学工学部の教授でありながら、日本の世の中を白熱電球で明るくしたいという思いで産業界に入り、白熱舎を設立した。

「東芝は創業以来、研究所を大切にしてきた。2人の創業者のベンチャースピリットを受け継ぎ、世界初や日本初の技術を生み出してきた『技術の東芝』として、技術に自信を持ち、技術にプライドを持っている」としながらも、「しかし、東芝の高い技術力が、会社の成長や収益性の向上にはつながってこなかったという事実もある」と振り返る。

  • 東芝の2人の創業者、田中久重氏と藤岡市助氏

    東芝の2人の創業者、田中久重氏と藤岡市助氏

  • 2人の創業者のベンチャースピリットを受け継ぎ、世界初や日本初の技術を生み出してきた『技術の東芝』

    2人の創業者のベンチャースピリットを受け継ぎ、世界初や日本初の技術を生み出してきた『技術の東芝』

東芝は、経営不振を背景に、2023年12月には、日本産業パートナーズの支援を得て、非公開化。2026年度を最終年度となる東芝再興計画では、ROS10%を必達目標として、全事業を対象に、収益改善に取り組んでいる。当然、研究開発投資にもメスが入っている。

だが、日本産業パートナーズや新たな経営陣からは、「東芝は技術が大切な会社である。技術の灯は消さない」という姿勢にはブレがないことが示されたという。中長期の研究開発テーマも、一定以上は減らさない方針が出されているという。

佐田CTOは、「東芝再興計画では、痛みを伴う企業体質の筋肉質化に取り組み、成長領域にリソースを大胆に移行し、成長の足場を作っているところである」としながら、「2024年5月に打ち出した『東芝再興計画』のなかでは、ROS10%達成に向けた経営戦略のひとつとして、『革新的技術の創出と早期事業化』を掲げており、中長期的視点では、技術を成長ドライバーとすることが盛り込まれている。総合研究所は、東芝グループの経営理念に基づき、社会課題の解決に資する技術の研究開発に取り組んでいる。テクノロジーに対する大きな期待を感じており、研究開発のスピード、質を高めているところだ」とする。

  • 東芝再興計画で「革新的技術の創出と早期事業化」を掲げる

    東芝再興計画で「革新的技術の創出と早期事業化」を掲げる

さらに、「東芝は多様な技術を持っており、複数の技術がぶつかりあった交点で、新たなイノベーションを起こしてきた。これが東芝のユニークな競争力につながっている。総合研究所では、複数の研究者や技術領域が接点を持てるようにしている。東芝の従業員、研究者、技術者は、『人と、地球の、明日のために。』という経営理念に突き動かされている。人と自然が共生する社会、安全・安心な社会の実現に向かって努力を続けている」とも述べた。

東芝再興計画のなかでは、研究開発費全体は削減されているというが、徹底的な議論を通じて、無駄の排除と、集中すべき領域を明確化することで、限られた資源を活用しながら、最大限の研究成果をあげられるように取り組んでいることを示す。また、日本産業パートナーズの力を活用しながら、東芝が持つ技術の事業化も推進しているという。

「業績も少しずつ回復してきた。これからは、技術でアクセルを踏むためにはどうするかという議論を進めていくことになる」と、新たなフェーズに踏み出す姿勢もみせた。

これから到来する「量子技術」の時代

今回の説明のなかで、時間を割いて説明したのが量子技術への取り組みだ。

東芝では、DE(Digital Evolution)およびDX(Digital Transformation)の先には、QX(Quantum Transformation)の時代が到来することを提示。社会から生まれるデータを量子技術によって安全に吸い上げ、複雑な計算処理によって、社会のレジリエンスやウェルビーイングを高めた社会の実現を目指している。

  • 量子技術の研究開発、実商用化を加速

    量子技術の研究開発、実商用化を加速

すでに、量子鍵配送や量子インスパイアードコンピュータを開発。今後は、量子衛星通信、量子中継、汎用量子コンピュータ、光電融合デバイスの実用化に向けた研究を加速することになる。2035年以降は、量子インターネットの実現を想定しており、それに向けた技術開発も推進していくという。

事業化している量子暗号通信では、フランスの通信キャリアであるOrangeと量子鍵配送の商用サービスを開始。配信距離の課題を突破する通信アルゴリズムをドイツで実証したり、NTTのIOWN構想との共存にも取り組んだりしている。

シミュレーテッド分岐マシンは、2019年に、世界最大規模の組み合わせ問題を最速で計算することを実証。金融のリアルタイム取引や創薬、物流最適化問題に活用されているという。また、自動運転に量子を利用する取り組みも開始しており、「Quantum Vehicle」の到来をリードする考えも示した。

さらに、量子コンピュータのキーデバイスとするダブルトランズモンカプラでは、周波数が大きく異なる量子ビット間の結合を、完全に「オン」と「オフ」にすることができる技術で、量子計算の計算速度と精度の向上に貢献するという。理化学研究所とともに実証を進めている段階にあり、さらに、量子コンピュータのスケールアップに有効なデバイスアーキテクチャーも発案したという。

  • 量子暗号通信とシミュレーテッド分岐は事業化済。ダブルトランズモンカプラも実証を進めている

    量子暗号通信とシミュレーテッド分岐は事業化済。ダブルトランズモンカプラも実証を進めている

そのほか、Q-STAR(一般社団法人量子技術による新産業創出協議会)での活動を通じて、産業創出にも貢献していることにも言及した。

  • Q-STARでの活動を通じて、産業創出にも貢献

    Q-STARでの活動を通じて、産業創出にも貢献

東芝の佐田CTOは、「5年前に、量子技術が実現する未来の社会の絵を描いたときには、現実から離れた未来だったが、いまでは現実の延長にある将来の絵になってきた。この絵を現実のものにすべく、総合研究所が結集して、技術開発に取り組んでいく」と述べた。

  • 量子技術が実現する未来の社会、いまでは現実の延長にある将来の絵になってきた

    量子技術が実現する未来の社会、いまでは現実の延長にある将来の絵になってきた