ATOUN(アトウン)が発売するパワードウェア(パワードスーツ)「ATOUN MODEL Y」が、2018年7月の出荷開始以来の累計販売台数が550台に達するとともに、受注数が600台に達した。また、2020年には、コストダウンを図った普及モデルを発売する計画も公表されている。パワードウェアの販売に弾みをつける考えだ。ATOUNの藤本弘道社長は、「いよいよ実証から拡販、普及のステージに入ってきた。着るロボットの普及によって、年齢、性別に関わらず、働くことができる、"パワーバリアレス社会"を実現したい」と意気込む。
パナソニックの社内ベンチャー制度が生んだ「パワードウェア」とは
ATOUNは、2003年6月に、パナソニックの社内ベンチャー制度「パナソニック・スピンアップ・ファンド」によって設立された企業だ。現在、パナソニックが69.8%、三井物産が29.9%を出資している。資本金は4億7000万円で、本社は奈良県のならやま研究パークのなかにある。設立当初の社名はアクティブリンクだったが、2017年に社名をATOUNに変更。社名には、製品開発のコンセプトとしている「あうんの呼吸で動くロボットを着る」という意味を込めたという。
同社の製品は、パワードスーツではなく「パワードウェア」と呼び、シャツを羽織ったり、ズボンを履いたりするようにロボットを着ることで、"これまでにない人間のパワーを引き出す"ことができる新たな「ウェア」だ。これによって、人がもっと自由に動ける社会の実現を目指しているという。
創業から約5年間は、リハビリテーション用途を中心に、医療分野での活用を想定した開発を行ってきたが、製品化にはつながらなかった。しかし、2008年以降、作業支援を目的とした製品開発に舵を切り、これまでに、「パワードスーツ NIO」、「林業用パワードスーツ TABITO」、「パワードウェア ATOUN MODEL Y」、「トレーニング用パワードウェア」などを開発。主力製品となるATOUN MODEL Yは、2018年7月の出荷開始以来、累計出荷台数が550台に到達。受注数では600台に達したという。
ATOUN MODEL Yは、軽量なカーボン樹脂製で、リュックサックのように背負い、腰と両脚をバンドで固定して装着する。内蔵する角度センサーが体の傾きを感知し、2基のモーターによって腰と両脚をつなぐバーが引き合ったり、突っ張ったりすることで腰の曲げ伸ばしを補助することができる「着るロボット」だ。
たとえば、中腰の作業では、バーを自動で固定。床面付近から腰の高さまでの荷物の持ち上げや持ち下げの際に、腰の負担を軽減することができる。
本体寸法は、幅48.4cm×奥行き28cm×高さ81cmであり、重量はバッテリーを含めて4.5kg。最大で10kgfのアシスト力を発揮する。
想定している装着者の身長は150~190cmで老若男女が利用可能。一度の充電で約4時間稼働する。
ATOUNの藤本弘道社長は、「角度センサーをもとに、モーターギアが人の動きに沿って追従。持ち上げ操作時にはアシスト機能が働き、持ち下げ動作時にはブレーキ機能がかかる。腰の筋肉にかかる負担は約4割軽減できる。箱を運搬する作業では、作業効率が約20%向上する。倉庫などの物流現場、工場などの製造現場のほか、農業、災害対応、介護など、繰り返し同じ作業を行ったり、長時間の姿勢保持、動きまわる現場などで効果を発揮する」と語る。
パワードウェアの採用事例はひろがり続けている
たとえば、JALグランドサービスでは、羽田空港および成田空港におけるコンテナへの手荷物や貨物の積み込み作業にATOUN MODEL Yを採用している。1人あたり1日数1000個も行う積み込み作業や、その際に強いられる長時間の中腰姿勢をサポートしている。
「JALグランドサービスでは、羽田空港や成田空港でそれぞれ約10台のパワードスーツを導入。さらに、伊丹空港や福岡空港、札幌空港でもトライアル導入を開始している」という。
九州電力グループの建設会社である九建では、ATOUN MODEL Yを、日向幹線新設工事の現場に試験導入。山間部などの送電線建設の現場で必要とされる工具や資材などの重量物の積みおろし作業の支援に活用している。
また、ある食料品の配送センターの出荷場では、コンベアの食料品積み込み作業を支援。食用油のリサイクル業者では一斗缶の持ち上げをサポート。製造現場では、袋に入った原材料を釜に投入するといった用途で利用されている例もある。
そのほか、すいかなどの重量野菜の収穫や米袋の運搬。雪かき作業や土木作業などでも利用されている。泉州水なすを生産する三浦農園では、きゃべつやタマネギの収穫にATOUN MODEL Yを利用しているという。
ユニークな例としては銀行において、硬貨が入った約20kgの袋の運搬に利用したり、パワーリフティングの試合や練習時において、バーにプレート(おもり)の着脱をする補助員がATOUN MODEL Y装着するという例も出ている。
日本に加えて、すでにシンガポールや台湾向けに出荷を開始しており、「海外展開は、2020年度から本格的に開始したい」とする。
省人化のためではなく、人間の可能性を高めるためのロボット
「パワードスーツの狙いは、ロボットによって省人化するのではなく、ロボットが人間の可能性を高め、人がロボットと働ける社会を作ることにある。ロボットと一緒に働き、人間が疲れる作業の支援ができるようになる」と藤本社長は語る。
こうした取り組みの成果をもとに、ATOUNでは、いくつかの新たな取り組みを開始している。
ひとつは、腕への負担を軽減するために、腕に装着する新たな小型ユニットの開発だ。
これは、ATOUN MODEL Yと連動して使用するもので、上腕部を補助するユニットを装着することで、荷物などの持ち上げ、持ち下げ作業などにおいて、作業効率をさらに向上させることができるようになる。棚からの引っ張り出しや、遠い場所からの引き寄せといった腕を使う作業で効果を発揮することになる。今後、様々な用途に最適化したユニットを開発して、それを組み合わせることで、作業ごとに最適化したサポート実現したいという。
2つめは、歩行支援用パワードウェアだ。
歩く際の足の屈曲、進展角度を測定して、利用者の歩行パターンを推定。足を引く力をサポートして、歩行に最適なアシストを実現するものだ。
山の中での作業が必要である作業者に対して、現場までの道のりの歩行を支援したり、マンションや商業ビルの建設現場で高い位置まで階段をのぼる際にアシストしたとりいった利用が可能になる。また、健康寿命延伸のための歩行支援に利用したり、歩くことを敬遠する人にハイキングツアーを提案するためのツールとして旅行事業に利用するといった用途も想定している。
同社は既に、「HIMICO」の名称でプロトタイプを完成させており、近畿日本ツーリストやクラブツーリズムをグループに持つKNT-CTホールディングスと旅行事業における実証実験を開始している。坂道や階段などのアップダウンのあるハイキングコースで採用する予定だ。KNT-CTホールディングスでは、高齢者や障害者でも楽しく、バリアフリーで旅行に参加できる「ユニバーサルツーリズム」を提案しており、HIMICOがその実現に貢献できるとしている。「健常者でも、その場所に行きたいが、歩く時間が長いツアーの場合、参加を敬遠してしまうことがある。そうしたハードルを下げる支援ができるだろう」とする。
ちなみに、パナソニックでは、大阪・吹田の吹田スタジアムで、車いすユーザーへのロボット電動車いすを体験できる実証実験を実施。その際に、車いすの付添人にHIMICOを装着してもらう体験を行っている。今後、体験する場を増やしていく考えだ。
HIMICOは、現時点で2.5kgまで軽量化しており、坂道歩行で最大19.0%の支援効果があるほか、階段ののぼでは最大17.8%、砂地の歩行では最大30.7%の支援効果があるという。
ある81歳の男性は、歩幅が小さく、足があがりにくいという課題があったが、HIMICOを装着したところ、歩行ピッチがあがり、歩幅が大きくなるという効果が出たという。
2020年に「普及モデル」を計画、価格はどこまで下げられる?
そして、最後が普及モデルの開発である。
藤原社長は、現時点では具体的な仕様や価格帯などについては言及しないが、「いよいよ実証から拡販、普及のステージに入ってきたと考えている。普及を加速させるためには、より購入しやすい製品の投入も必要になってくる。2020年には普及モデルを出したい」と語る。
現在、ATOUN MODEL Yは、導入価格が約80万円となっており、小規模事業者での導入や、複数台数を導入する際の投資額がハードルになっている。そうした課題を解決するため、オリックス・レンテックと提携し、ATOUN MODEL Yの法人向けレンタルサービスを開始。「6カ月お試しレンタルパック」では、月額6万1600円(税別)から利用でき、導入の敷居を下げる取り組みも行っている。
だが、今後の普及を考えれば、よりコストを下げた製品の投入も不可欠だといえる。
藤本社長も、「介護現場や農業現場での利用を考えても、ニーズは明確だが、複数台数を購入してもらうには、原資が足らないという実状も理解できる。まずは、明確な費用対効果が打ち出しやすいところから提案を行ってきたが、今後の普及を考えれば、より購入しやすい価格帯の製品も必要になる」とする。
日本では、働き方改革が注目を集めているが、現場の働き方改革の一端として、パワードスーツを導入するといった検討も一部では出始めている。
「6~7時間使ってもらうとその効果がわかる。とくに、怪我をしたことがある人や、腰を痛めた経験がある人は、そのメリットを理解してもらいやすい。最初はパワードスーツを装着すると恥ずかしいという気持ちもあるが、ユニフォームを着るようにして気軽に装着してもらえる環境もつくりたい。一方で、この作業では使いやすいが、この作業では使いにくいといった、効果マップを作業ごとに公開し、より誤解がなく現場で使ってもらえるように仕組みも構築したい」とする。
単に普及モデルを投入するだけでなく、それを取り巻く環境整備にも同時に乗り出す考えだ。
藤本社長は、「恩を仇で返すようなことはしたくない。私はむしろ、恩を返しをしたいと思っている」と語る。
これは、初期製品を、先行して導入した企業などに対する発言だ。
導入事例が少ないなかでも、様々な検討をした結果、ATOUNのパワードスーツを選択し、導入してもらった企業や現場などに対し、よりメリットがある形で、お返しをしたいということを意味する。
「これまでのユーザーに対して、導入したパワードスーツがさらに進化するようにアップデートを提供するために、データを活用して進化をさせたり、ユニットを取り付けて、より最適な活用ができる仕組みも提供したい」とする。
ATOUNのビジネスの基本姿勢は、現場の支援とともに、導入したあとにもしっかりとメリットを提供しつづける点にある。
今後の成長戦略や製品の進化においても、既存ユーザーのアシストを忘れない姿勢がベースにある。