「シャープがテレビから撤退する」――。そんな誤った情報が一部に広がっている。原因は、シャープが発表した液晶パネルの製造を行う堺ディスプレイプロダクツ(SDP)の停止にある。シャープ TVシステム事業本部の岡本寛文本部長は、「大型液晶パネルの生産は停止するが、液晶テレビの生産、販売は継続する。テレビのさらなるシェア拡大に挑む」と意気込む。シャープのテレビ事業を改めて追ってみた。

  • 「テレビ撤退」という誤解、シャープのテレビ事業戦略を改めて追う

    ここまで情報が錯綜したこともあり、シャープのテレビ事業を改めて追ってみた

結局、シャープは「テレビ事業から撤退する」のか?

量販店のテレビ売り場では、来店客と店員との間で、こんな会話が交わされている。

来店客 「シャープは、テレビを止めちゃうんでしょう?」
 店員 「いや、テレビの生産、販売は続けますよ」
 来店客 「ニュースで、撤退するって聞いたけど」
 店員 「液晶パネルの生産は停止しますが、テレビは続けるんです」
 来店客 「液晶パネルの生産をやめて、テレビは作れるの?」

こうした来店客との会話が、たびたび繰り返されるという。シャープがテレビから撤退すると誤解して、いまのうちに「AQUOS」を買っておこうと来店するシャープファンの姿もあるという。

シャープは、2024年5月14日に発表した中期経営方針において、2022年度に子会社化したSDPでの液晶パネルの生産を停止すると発表。これが、テレビ事業の撤退と誤解されて伝わっていることが、こうした事態を招いている。

この誤解が膨らんだ結果、シャープのテレビはアフターサポートが無くなるから、もう購入しない方がいいという誤った見方も出ているという。

まずは情報を整理しておこう。

シャープは、液晶パネルの国内生産を、4カ所の工場で行っている。

テレビ向けなどの大型液晶パネルを生産するSDP(堺工場)、テレビ向け中小型液晶パネルを生産する亀山工場、スマホ向け中小型液晶パネルを生産する三重工場および白山工場である。

5月14日に発表した中期経営方針において、シャープは大規模な構造改革を発表。その一環として、2024年9月までに、SDPの大型液晶パネルの生産を停止し、これをAIデータセンターに転換することを決定した。SDPの建屋の新たな利用については、現在、KDDIやソフトバンクと交渉を進めているところだ。

また、中小型パネル事業についても、生産能力の縮小、人員適正化などを実施し、亀山第二工場では、日産2000枚を1500枚に縮小し、三重第三工場では、日産2280枚から1100枚に縮小。また、堺工場のOLEDの生産ラインを閉鎖することを発表している。

  • テレビ向けなどの大型液晶パネルを生産するSDP(堺工場)

シャープは、2022年度に2608億円の最終赤字を計上。2023年度も1499億円の最終赤字となり、2年連続での大幅赤字に陥っている。最大の要因は、SDPを中心としたディスプレイデバイスの不振である。

SDPの大型液晶パネル生産停止や、中小型パネルの生産縮小は、「デバイス事業のアセットライト化」という方針のもとに実行されるものであり、今後、赤字体質にあるデバイス事業を縮小していくことになる。

  • 「デバイス事業のアセットライト化」という方針

その一方で、成長戦略に位置づけているのがブランド事業への集中だ。「信頼の日本ブランド『SHARP』を確立する」とし、6月27日にシャープの社長に就任した沖津雅浩氏は、「今後は、ブランド事業に投資を集中させ、人に真似されるようなオンリーワン技術を持った製品を作り上げていく」との姿勢をみせる。

同社の説明によると、ブランド事業では、白物家電、複写機(ビジネスソリューション)、携帯電話(通信)、PC、太陽光発電(エネルギーソリューション)とともに、TVシステムを、積極投資の対象とし、成長モデルの構築に取り組むことになる。

シャープ TVシステム事業本部の岡本寛文本部長は、「TVシステムは、独自の特長商品による日本市場における収益力強化を進めるほか、他社との連携による海外事業の拡大を図ることになる」と語る。

  • シャープ TVシステム事業本部の岡本寛文本部長

つまり、シャープの中期経営方針では、大型液晶パネルの生産は撤退し、中小型液晶パネルは縮小するが、AQUOSシリーズによるテレビは、成長モデルの構築に取り組み、事業を継続し、投資を積極化することになる。

パネルは外部調達を組み合わせて最適化を図る

シャープは、6月15日から、テレビの新製品を順次発売しており、今後もテレビの進化に挑む考えだ。

液晶パネルは、大きな1枚のマザーガラスを使って生産する。生産設備によって、生産可能なマザーガラスのサイズが異なり、第10世代と呼ばれるSDPの生産施設では、3130mm×2880mmのマザーガラスを使用する。これは畳で約5畳分という大きさになる。

ここから必要なサイズに切り出して、テレビなどに使用するため、大きなマザーガラスを使用するほど、大画面化に適していたり、効率性があがり、コスト競争力で優位に立てるメリットが生まれたりする。

ただ、どの世代のマザーガラスを使用しても、最も効率よく切り出せるサイズというものが存在する。もちろん、パネルは任意のサイズで切り出すことができるが、無駄な部分が増えれば、それはコストの増加につながる。

第10世代のマザーガラスで生産するSDPでは、70型、60型、42型で効率的にパネルを切り出すことができ、第8世代のマザーガラスを使用する亀山第2工場では、52型、46型、32型のパネルにおいて最適な生産が行える。

シャープ以外の液晶パネル生産を見ると、第10.5世代や、第8.5世代と呼ばれる生産拠点が、中国や韓国、台湾などで稼働しており、これらの拠点でも得意なサイズがある。たとえば、第10.5世代では75型、65型、8.5世代で55型、48型のパネル生産が得意だ。

  • シャープの第10世代マザーガラス

シャープでは、2022年に投入した液晶テレビにおいては、SDPが得意とする70型、60型といったサイズをラインアップしていたが、2023年モデルや、今回、新たに発売した2024年モデルでは、70型、60型といったサイズがラインアップから消えており、75型や65型といったサイズが用意されている。シャープでは、2024年モデルの液晶パネルの調達先を明らかにはしていないが、SDP以外から液晶パネルを調達していることを裏づけるサイズ変更だといえるだろう。つまり、新製品では、SDPの生産停止を視野に入れたサイズ構成となっていることがわかる。これまで、SDPで生産した液晶パネルが占める比率は約2割であり、その部分が他社からの調達に置き換わるという計算だ。

  • 70型、60型といったサイズがラインアップから消えており、75型や65型といったサイズが用意されている

なお、32型以下の中小型サイズでは、亀山第2工場で生産された液晶パネルを使用したテレビが一部ラインアップされており、シャープのテレビにおいて、国内生産の液晶パネルが使われたテレビが完全になくなるわけではない。

また、シャープでは、2020年以降、OLED(有機EL)テレビもラインアップしているが、シャープでは、テレビ向けOLEDの生産を行っておらず、これも海外パネルメーカーから調達していることになる。

さらに、シャープではかつて、テレビの組立を、亀山工場や矢板工場で行っていたが、現在では、国内向けテレビの組立は、大画面モデルは中国・南京の同社工場で行われており、中小型モデルはマレーシアの工場で組立が行われている。

「AQUOS」の差異化、「パネル以外」の存在感が増した

液晶パネルを外部から調達することで、シャープのAQUOSの特徴が薄れるのではないかとの見方もある。

だが、これに対して、シャープの岡本本部長は、「いまは、競争軸が大きく異なっている。液晶パネルというデバイスそのものでの差別化は難しくなっている」と語る。

シャープが、2004年に稼働させた亀山工場で生産されたテレビは、「世界の亀山モデル」として、大きな人気を博したが、その時代は、液晶パネルが進化の途中にあり、液晶パネルの進化が、テレビの進化に直結していた。つまり、液晶パネルを自社生産することが差異化につながっていたのだ。

当時は、最大サイズが32型に留まり、さらなる大画面化が求められていたほか、視野角や応答速度といった点でも改良の余地が大きく、新たな技術をいち早く採用した自社生産の液晶パネルを採用することが、競争優位性を発揮することにつながっていた。

その技術進化で先行したからこそ、「亀山モデル」も高い評価を得て、指名購入が相次ぎ、シャープのテレビがトップシェアを獲得することにつながった。

当時、シャープの社長を務めていた町田勝彦氏は、「ブラウン管テレビの時代には、自社でブラウン管を持たなかったため、シャーシの良さを訴えても、ワンランク下の価格設定となり、ブランド価値があがらなかった。だが、液晶パネルというキーデバイスを自ら持つことで、安売りのブランドから脱却することができた」と語っていた。

このように、いまから約20年前は、液晶パネルを自ら開発、生産することが重要な要素になっていたわけだ。

だが、液晶パネルの技術が進化し、4Kや8Kの高画質も進展。中国勢を中心に参入企業が拡大し、コモディティ化が進む一方、液晶パネルの供給力が世界的に過剰となり、価格競争が激化。多くの液晶パネルメーカーが、収益性を悪化させるという状況に陥った。

2024年6月まで社長兼CEOを務めた呉柏勲(ロバート・ウー)副会長は、「シャープにとって、ディスプレイが大切な事業であることは理解している」と前置きしながら、「ディスプレイ事業は、新たなテクノロジーに移行したり、市場の対象が変化したりするときには、巨額の投資を続けなければ、競争力を維持できない事業である。そして、テクノロジーの進化やコスト競争が激しいという市場でもある。これは、シャープにとっては、長年抱えている構造的課題となっていた。毎年のように巨額な投資を必要とするディスプレイ事業から撤退することで、シャープの利益を最大化することを目指す」と、中期経営方針の基本姿勢を示す。

シャープでは、液晶に関するコアテクノロジーを保有しながら、開発は継続的に進めるほか、インドの有力企業への技術支援などを行っていくという。

「次世代ディスプレイのnano LEDは重要な技術だと捉えており、この開発は続ける。また、車載向けディスプレイの開発も進めることになる」と、呉副会長は語る。

実は、ブラウン管時代に、独自の技術のトリニトロンによって、圧倒的な優位性を発揮したソニーは、液晶テレビにおいては、外部からの調達にいち早く移行し、テレビ事業を継続している。当初は、サムスンと液晶パネル生産の合弁会社を設立したり、シャープのSDPへの出資を検討したり、自社生産のパネル調達に動こうとした時期もあったが、それも途中で方針転換した。

だが、ソニーは、液晶パネルは外部から調達しても、画像信号処理技術やバックライト制御技術で画質に違いをみせたり、音響技術で差異化したり、Android TV(現在はGoogle TV)をいち早く搭載することで操作性を高めたりといったことを行ってきた。ソニー独自の画像処理エンジンやAIプロセッシングユニットにより、ソニーならではの画質で差別化しているという実績を持つ。液晶パネルを外部調達しても差異化ができることは、すでにソニーが証明済みだ。

テレビのシェア拡大へ、「AQUOS」の価値の源泉を変える

では、今後、シャープのテレビは、どこに差異化を求めるのだろうか。

シャープ TVシステム事業本部国内TV事業部副事業部長の上杉俊介氏は、「2024年6月から発売したAQUOSは、シャープ独自の技術によって、パネル性能を引き出しているのに加え、次世代AIプロセッサーを採用した画像処理エンジンによって、映像と音を新たな次元に引き上げて、届けることができる」と自信をみせる。

  • シャープ TVシステム事業本部国内TV事業部副事業部長の上杉俊介氏

たとえば、4K mini LEDテレビに搭載した画像処理エンジン「Medalist S5X」は、AIオート機能により、コンテンツに応じて、画質と音質を、おまかせで自動調整。画質では、AIが人の顔や空などのオブジェクトを検知して、色味や精細感を調整することができる。新たな機能では、AIを活用して精細感を高める「AI超解像」と、アニメやネット動画などに発生しやすいグラデーションの乱れをなめらかに補正し、スッキリした映像にする「アニメ・ネットクリア」を搭載した。

  • 画像処理エンジン「Medalist S5X」

  • 「AI超解像」と「アニメ・ネットクリア」

また、音質では、AIが音声信号を解析して、音楽ライブやスポーツ視聴時の臨場感を高め、合間のセリフや解説中は声を明瞭にして聞き取りやすくするなど、シーンに適した調整を自動で行うという。

さらに、AIオート機能では、部屋の明るさに応じて画質を自動調整する「環境センシング」を進化させ、部屋の色温度の検知による調整を可能としている。

また、狭額縁をはじめとしたデザイン性なども、テレビメーカーとしての差別化になる。 「シャープのテレビの国内シェアは着実に上昇している。なかでも、高機能モデルや大画面モデルの販売比率が高まっており、平均単価は10%以上の上昇となっている。また、シャープの2024年モデルの出足も好調であり、前年のモデルに比べて、2倍の売れ行きをみせている」(シャープの岡本本部長)と、シャープのテレビに対する評価が高まっていることを示す。

国内では、2011年3月の地上デジタル放送への移行により、2009年度から2011年度までの3年間で5600万台のテレビが販売され、いまは、それらのテレビが買い替えサイクルに入ってきたところだ。また、2012年度は平均が32.9型だったものが、2023年度は平均で42.4型と、約10インチ大型化しているという点も見逃せない。狭額縁化により、10インチ拡大しても、同じ場所に設置できるといった提案も増えているという。

シャープでは、こうした動きを捉えながら、買い替えに最適なテレビとして、シェア拡大を目指す考えだ。

AQUOSは、2025年度には、2001年1月の発売から25年目を迎えることになる。また、同社によると、2024年内には、AQUOSの国内累計出荷で5500万台に到達する予定だという。

  • AQUOSの国内累計出荷台数の推移。2024年内には5500万台に到達する見通し

では、今後のシャープのテレビの方向性はどうなるのだろうか。

同社では、日本市場向けには、独自特長製品を強化する方針を打ち出す。

2024年モデルにおいても、AIを進化させることで、画質や音質を強化し、誰でも簡単に最高の環境での視聴ができるようにしたほか、インターネットに接続しやすい操作性や、二画面表示によるテレビの新たな使い方提案を行っている。

「独自の画像処理により、アニメの映像表示に強いという点も、シャープの特長のひとつにしていきたい。また、エクササイズをする際に、インストラクターの映像だけでなく、テレビに付属したカメラで、自分の様子を映し出して、二画面で比べながら運動するといった使い方もできる」という。

  • 独自の画像処理で、アニメの映像表示に強いという点も特長に

今後は、ネット接続対応モデルでは87%という高いネット接続率を生かした提案を加速。AIを通じて、コミュニケーションを強化した活用提案を進める考えを示す。さらに、シャープが独自のエッジAIである「CE-LLM」の活用も、将来のテレビの進化につながることになりそうだ。

シャープの岡本本部長は、「心躍るエンターテイメントデバイスを生み出す」と意気込む。これまでの受像機としてのテレビの役割を超えたデバイスを目指しているという。

一方、海外事業も拡大する方針を示しており、そこに向けた製品強化も進める。

とくに、ASEANや米州を重点エリアと位置づけるほか、欧州や中国でもテレビ事業を推進する。ASEANでは、シャープブランドが評価されていることや、テレビの生産拠点を持つ強みを生かして、事業を強化。米州では、他社にライセンスしていたブランドを取り戻し、2023年夏から市場に再参入。2025年度に向けて、パートナーとの連携による地盤の再構築に取り組んでいるところだ。

  • ブランド事業を拡大。海外展開の強化推進もカギとなる

「液晶のシャープ」が「パネルを使いこなす」立ち回り

長年に渡り、「液晶のシャープ」と呼ばれた同社だが、中期経営方針で打ち出した新たな取り組みでは、大型液晶パネルの生産からは撤退し、中小型液晶パネルの生産は縮小することになる。だが、液晶の開発と、液晶テレビの事業は継続する体制へと移行する。

また、かつての垂直統合型のビジネスではなく、水平分業により、視聴環境や好みのコンテンツ、ニーズにあわせて選択できるようにラインアップする。

シャープでは、2020年に、液晶以外にも、OLEDを選択できるようにテレビのラインアップを拡大。フラッグシップモデルにも外部から調達したパネルを使用した製品を用意するなど、すでに戦略が大きく変化している。

今後はこれを加速し、4K LCD、XLED(mini LED)、OLED、QD-OLEDといった4つのタイプを用意。さらに19型から85型までの14サイズで展開し、ニーズに最適なパネルを外部から調達し、テレビ事業を推進することになる。

シャープの上杉副事業部長は、「これからは、パネルを使いこなすことが、テレビの差異化につながる」とする。

液晶パネルの性能ではなく、液晶パネルの使いこなしへと競争軸が移行するなかで、シャープの優位性をどう発揮するかが、これからのテレビ事業の焦点になる。

  • シャープは優位性を再び取り戻せるか。新機軸での挑戦が始まる