新たに発足した菅内閣については、デジタル庁の創設や規制改革がマスコミに取り上げられることが多くなってきました。

このコロナ禍にあっては、コロナウィルス対策と経済活動の両立が最も大事な課題であることは間違いありませんが、コロナ禍で機能しなかった行政のデジタル化への反省もあって、デジタル庁の創設と規制改革がセットで取り上げられているようです。

今回は、デジタル庁の創設や規制改革の現在の動きをみていきたいと思います。

デジタル社会実現のための規制改革

10月26日に行われた菅総理大臣の所信表明演説 は、以下のような内容で構成されていました。

・新型コロナウィルス対策と経済の両立
・デジタル社会の実現、サプライチェーン
・グリーン社会の実現
・活力ある地方を創る
・新たな人の流れをつくる
・安心の社会保障
・東日本大震災からの復興、災害対策
・外交・安全保障
・おわりに

「デジタル社会の実現、サプライチェーン」で、「デジタル社会の実現」については、冒頭以下のようなことが語られています。

「今回の感染症では、行政サービスや民間におけるデジタル化の遅れ、サプライチェーンの偏りなど、様々な課題が浮き彫りになりました。デジタル化をはじめ大胆な規制改革を実現し、ウィズコロナ、ポストコロナの新しい社会をつくります。

役所に行かずともあらゆる手続ができる。地方に暮らしていてもテレワークで都会と同じ仕事ができる。都会と同様の医療や教育が受けられる。こうした社会を実現します。

そのため、各省庁や自治体の縦割りを打破し、行政のデジタル化を進めます。今後五年で自治体のシステムの統一・標準化を行い、どの自治体にお住まいでも、行政サービスをいち早くお届けします。」

「デジタル化をはじめ大胆な規制改革を実現し、ウィズコロナ、ポストコロナの新しい社会をつくります。」とし、デジタル化によって「役所に行かずともあらゆる手続きができる」「どの自治体にお住まいでも、行政サービスをいち早くお届けします」といった社会の実現を目指すことが語られています。

そして、所信表明演説では、このあと「マイナンバーカードの普及」、改革実行の司令塔となる「デジタル庁の設立」、「オンライン教育の拡大」などに触れたあと、「行政への申請などにおける押印は、テレワークの妨げともなることから、原則全て廃止します。」としています。

また、「おわりに」の項では「行政の縦割り、既得権益、そして、悪しき前例主義を打破し、規制改革を全力で進めます。」としています。

この所信表明演説からは、デジタル社会の実現は、押印廃止を含め規制改革なしには進められないといった認識が表明されています。

規制改革推進会議の動き

菅内閣発足後、内閣のもとで組織されていた会議体の改廃も行われましたが、そのなかで、これまで以上に重みを持つのが規制改革推進会議と思われます。

規制改革推進会議は、平成28年から開催されてきました。日本経済団体連合会や経済同友会、商工会議所、新経済連盟なども参加し、民間からの様々な要望を提起し、これに政府各省庁が応えるといったやりとりが行われてきました。今年7月には、「規制改革推進に関する答申」を公表し、これを受けて「規制改革実施計画」が閣議決定されています。また、「書面、押印、対面」を原則とした制度・慣行・意識の抜本的見直しに向けた共同宣言」なども公表しています。

その規制改革推進会議は、10月に入って菅内閣のもと仕切り直すような感じで、再開されています。10月7日には、「規制改革推進会議第1回議長・座長会合」が開かれ、規制改革推進会議からは議長やワーキング・グループの座長、政府からは菅総理大臣や河野大臣なども参加して、「当面の審議事項について」話し合われています。

「当面の審議事項について」の資料で目を引くのは、冒頭から「規制改革推進会議においては、国民目線での規制・制度改革を進め、規制改革・行政改革ホットライン(縦割り110番)に寄せられた提案を規制・制度の見直しに直結させる取組を強化する。」としている点です。そして、「国民目線での規制・制度改革の迅速な実行」を課題として掲げ、「個々の案件について、答申のとりまとめを待たずに、できるものから早期に実現させる」としています。

規制改革・行政改革ホットラインを設置し、国民の意見を取り上げるとともに、これまで規制改革推進会議で課題としてきたことなども含めて、より国民目線に立って、スピーディに改革を実施していこうとする意欲が伝わってきます。

この規制改革推進会議には、ワーキング・グループとして、「成長戦略ワーキング・グループ」「雇用・人づくりワーキング・グループ」「投資等ワーキング・グループ」「医療・介護ワーキング・グループ」「農林水産ワーキング・グループ」「デジタルガバメント ワーキング・グループ」といった6つのワーキング・グループが設置されています。これらのワーキング・グループも、「規制改革推進会議第1回議長・座長会合」を受けて、それぞれのワーキング・グループで10月に2回の会議が開催されています。1回目の会議において、それぞれのワーキング・グループの「当面の審議事項」を確認するとともに、個別課題についても議論が行われているようです。

「デジタルガバメント ワーキング・グループ」では、当面の審議事項として、「行政手続における書面規制・押印、対面規制の抜本的な見直し」「個別分野におけるオンライン利用率の引上げ」「地方公共団体のデジタル化」の3つの課題を掲げています。また、この会議には「個別分野におけるオンライン利用率の大胆な引上げ」について、その対象手続基本計画について資料が提出されています。

オンライン利用率引き上げ対象手続(案)には、国税電子申告(e-Tax)などすでにオンライン化されているものも含まれていますが、手続き件数が多いものでオンライン化未実施のもの、利用率が低いものなどが掲げられています。そして、「各府省は、それぞれの所管する行政手続のうち、事業者から要望の強いものなど優先度の高い手続について、それぞれの手続の実情を踏まえ、オンライン利用率を大胆に引き上げる目標を設定し、可及的速やかに取組を行うべきである」とし、「規制改革推進会議は、各府省に対し、優先順位が高い手続の選定及び現在のオンライン利用率を踏まえた高い目標設定を求めるとともに、各府省の取組内容及び他のKPI等をチェックし、デジタル化を妨げる要因について、その解決を求めるものとする」としています。これまで、各府省に任せたままでなかなか進捗しなかった行政手続きのオンライン化について、規制改革推進会議が主体となって、取り組みを促す姿勢が強く打ち出されています。

(図1)は、基本計画の資料のなかにあるオンライン利用率推移のグラフです。

こちらで取り上げられている手続きは、比較的早くからオンライン化された手続きですが、現時点の利用率を見てみると大きな差があります。特に健康保険・厚生年金や雇用保険関連の手続きは、法人税申告などと比べても、その手続件数が多いため、この利用率では当然改善が求められることになります。

(図2)は、先に取り上げたオンライン利用率引き上げ対象手続(案)のオンライン利用率分布を示したものです。

こうしたグラフを示した上で、基本計画では、目標利用率設定の考え方として、上位のフェーズを目標値とすることを想定して、「松竹梅ルール」という考え方を示しています。

「梅」の目標利用率は、
「初期フェーズ(オンライン未実施や利用率10%未満)のものは、中程度のフェーズ(少なくとも20%以上)」
「竹」の目標利用率は、
「中程度のフェーズのうち、オンライン利用率が概ね30%程度の手続は50%以上、既に50%超の手続は極力80%以上(終盤のフェーズ)」
「松」の目標利用率は、
「既に終盤フェーズ(80%以上)の手続はデジタル・マスト(100%)を目指して個別目標を設定する」としています。

そして、「計画期間は、必要な取組を直ちに開始した場合に、課題解決に必要となる期間を勘案して設定する。また、計画の進捗状況や社会経済の変化等を踏まえ、計画の前倒し等を行う旨を基本計画に明記する」としています。

行政手続きのオンライン化について、以前は各府省任せの感が強かったのですが、新たに再スタートを切った規制改革推進会議では、「やると決めたらすぐにやる」という姿勢を明らかにし、各府省にも同様の取組姿勢を求めているようです。

デジタル庁の設立は来年秋に予定されています。デジタル庁がデジタル社会の実現に政府の司令塔として力を発揮できるかどうかは、それまでに、規制改革推進会議がどこまで政府全体を動かして、菅総理大臣の所信表明にあるように、行政の縦割り、既得権益、そして、悪しき前例主義を打破し、規制改革を全力で進めることができるのかにかかっているのではないでしょうか。

今後も、この規制改革推進会議の動きに注目していきたいと思います。

中尾 健一(なかおけんいち)
Mikatus(ミカタス)株式会社 最高顧問
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、2019年10月25日に社名変更したMikatus株式会社の最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。