実業家のイーロン・マスク氏が率いる宇宙企業の「スペースX」が、米国でスマートフォンと衛星を直接つないで通信するサービスを提供すると発表し、話題となりました。ですが、宇宙など上空を経由してスマートフォンと通信できるようにする取り組みは国内でも実用化に向けた動きが積極的に進められており、エリアを問わず通話や通信ができる日もそう遠くない時期に訪れる可能性がありそうですが、実際のサービス提供を考えるうえでは課題も少なくありません。
米国で実現を目指す「Starlink」
電気自動車大手のテスラ・モーターズのCEOとして知られており、最近ではTwitter社の買収を打ち出して騒動となるなど、その言動が大きな注目を集めている実業家のイーロン・マスク氏。そのマスク氏が、テスラ・モーターズと同様にCEOとして力を入れているのが、宇宙事業を手掛けるSpace Exploration Technologies社(スペースX)です。
そのスペースXが2022年8月25日、米国で携帯電話大手の一角を占めるTモバイルの米国法人(TモバイルUS)との提携を発表し、話題となりました。その理由は、両社が共同で衛星を通じ、スマートフォンと直接通信できる仕組みを2023年より提供するとしたからです。
衛星を通じて携帯電話の通信サービスを提供すること自体は、すでに実施されているものです。代表的な活用事例として挙げられるのは大規模災害発生時であり、コアネットワークと基地局をつなぐバックホール回線として、被災して利用できなくなった固定回線の代わりに衛星回線を用い、通信を確保するケースは多くあります。
スペースX自身もすでに、地球の表面から高度2,000km以下を飛行する低軌道衛星を用いて高速な通信が利用できる「Starlink」というサービスを提供しており、戦争によりインフラが被災し通信の確保が難しくなったウクライナでこのサービスが用いられたことが話題となりました。日本でもStarlinkの活用は進められており、KDDIがスペースXと提携して離島や山間部などを種とした全国1,200箇所に、Starlinkをバックホール回線として活用する取り組みが進められています。
ただ、従来の衛星回線はあくまでバックホール回線としての活用にとどまっており、あくまで地上の基地局を一度経由する必要がありました。ですが、今回スペースXがTモバイルUSと発表したのは、Starlinkの衛星とスマートフォンを直接つないで通信できるようにすることであり、それは衛星の電波が届く場所であれば世界中どこでも通信ができることを意味するだけに、大きな驚きをもたらしたようです。
国内でも取り組みが進むが、さまざまな課題も
ですが実は、衛星とスマートフォンを直接つないで通信するという取り組みは、国内でも進められています。その代表例となるのが、楽天モバイルの「スペースモバイル」計画です。
楽天モバイルも、やはり低軌道衛星を用いた通信サービスの開発を進めている米AST SpaceMobile社に出資し、衛星から携帯電話に用いる一般的な周波数帯の電波を用いて直接スマートフォンと接続し、通話や通信を実現する取り組みを進めています。2022年には試験用の衛星を打ち上げ予定で、2023年以降のサービスを目指すとのことですが、新規参入の楽天モバイルはエリア整備の面で不利な要素が多いだけに、スペースモバイル計画の実現でその状況を逆転したい狙いがあるといえそうです。
ですが、上空から通信を確保する取り組みは低軌道衛星だけに限りません。もう1つの代表的な取り組みとなるのが、成層圏を飛行する無人飛行機「HAPS」(High Altitude Platform Station)を用いてスマートフォンと通信するというもの。このHAPSの実現に力を入れているのがNTTドコモとソフトバンクで、両社はHAPSに関するさまざまな技術開発を進めています。
さらに、NTTドコモの親会社となる日本電信電話(NTT)は、スカパーJSATと合弁で「Space Compass」を2022年に設立しており、低軌道衛星とHAPSを連携し、双方の利点を生かした上空からの通信サービスの実現を目指すとしています。衛星は領空を超えた領海などもカバーができるなどエリアカバーにメリットがある一方、HAPSは地上に降ろして機材のアップデートなども可能なことから、双方の特徴を生かしたサービス提供の検討などがなされているようです。
上空からの電波をスマートフォンで受けて直接通信ができるようになれば、場所を問わずに通話や通信ができるようになることからエリアの概念が大きく変わるだけに、その実現には期待が高まります。ですが一方で、衛星やHAPSによる通信の実現に向けては技術や法制度などの面でも課題が多いだけでなく、その仕組み上、限界があることも知っておく必要があるでしょう。
その1つは通信容量です。何十万もの基地局が設置されている地上とは違って、衛星から直接通信するとなると基本的に1つの衛星が1つの基地局となるため、少ない数で非常に広い範囲をカバーする必要が出てきます。実際、Starlinkでも現状の衛星数は数千程度とされており、以前の衛星通信より高速大容量通信ができるとはいえ限界があります。
それゆえ、今回スペースXとTモバイルUSが発表したサービスの内容も、当初は通信量が少ないSMSなどでのテキストメッセージのやり取りができるのみにとどまるようです。無論、米国は日本より国土が広く、まったく通信ができない場所も多いだけに、それだけでも実現すればメリットは大きいのですが、どこでもYouTubeが高画質で見られるようになるわけではないことは覚えておく必要があるでしょう。
日本での活用を考えた場合、国土の多くが山林なので森や林の中では上空からの電波が届きにくく、有効活用しづらいという大きな課題も抱えています。無論、そうした限界を突破できるよう、今後の技術発展には大いに期待したいところではあるのですが、期待しすぎて失望しないためにも、理想通りどこでも快適に通信できるとは限らない点は覚えておいた方がよいでしょう。