携帯電話のいわゆる“2年縛り”契約の違約金上限を現在の約10分の1となる1,000円にする、端末の割引額の上限を2万円にする――など、総務省が打ち出した新しい制度案が大きな注目を集めています。携帯電話会社の乗り換えをしやすくして競争を促進するための制度なのですが、内容を見ると少なからず問題があると言わざるを得ません。
“縛り”をなくし解約しやすさに注力した制度案
総務省が6月18日に発表した「モバイル市場の競争促進に向けた制度整備(案)」が話題になっています。これは、2019年秋の改正が予定されている電気通信事業法の改正に基づいた、携帯電話業界の競争を促進するための制度案なのですが、その内容が従来の携帯電話の商習慣を大きく覆す内容であったことから、大きな驚きをもたらし注目されたわけです。
驚きをもたらした要素の1つは、携帯電話回線の2年間の契約を前提に料金を割り引く、いわゆる“2年縛り”を途中で解約した時の違約金上限を1,000円にするというもの。現在、2年縛りの違約金は税別9,500円というのが一般的ですが、それが約10分の1にまで引き下げられることで、事実上“縛り”が無効化することになります。
そしてもう1つは、スマートフォン本体の値引きに対する規制です。この制度案では、通信料金を原資として端末代を値引くことを禁止し、現在携帯大手各社が導入を進めている「分離プラン」の義務化を求めています。それに加え、通信契約の継続を条件としない端末の値引き額も、例外を除いて2万円を上限とするなど、かなり厳しい規制を敷いているのです。
総務省がこうした制度案を相次いで打ち出す狙いは、解約や乗り換えをしやすくすることです。携帯電話会社を乗り換えるうえで大きな障壁とされてきた、2年縛りの高額な違約金や、通信料金と端末代が複雑に絡み合ったスマートフォンの大幅値引きを大幅に規制し、他社への乗り換えを容易にすることで、携帯電話会社間の通信料金の値下げ競争を促進する、というのが目的となっているようです。
制度案がもたらす問題とは?
ですが、この制度案がそのまま制度化された場合、問題点も少なくありません。例えば、違約金の大幅な引き下げは、一見するとユーザーメリットが大きいように見えるものの、実際に制度化されると料金プラン自体が大きく変わってしまう可能性があります。
そもそも、現在携帯電話大手が提供している料金プランは、2年間の契約と解約時の違約金9,500円の支払いを約束してもらうことを前提に、料金を設計しています。違約金が1,000円になって解約しやすくなるとなれば、前提条件が崩れるため、料金の仕組みそのものを見直す必要が出てくるのです。特に、NTTドコモやKDDI(au)は2019年6月に料金プランを新しくしたばかりなだけに、新制度に合わせてまたプランを変更するとなると混乱は必至でしょう。
もちろん、総務省の思惑通りに携帯電話会社間の競争が激化することを見越し、違約金が下がっても料金を上げないという選択をする可能性も十分あり得ます。ですがその場合、減少した違約金分の“損”は携帯電話会社が負担することになるため、会社の収益が悪化します。それを補うため、携帯電話会社はコスト削減を推し進めると考えられますが、それが収益性が低い地方でのネットワークインフラ投資の減少や、サポート拠点となる店舗の減少につながる可能性も否定できないのです。
端末値引きの規制は、分離プランの導入に伴って各社が提供している、スマートフォンを買いやすくするための端末購入プログラムに影響します。これらは基本的に、端末を長期間の割賦で購入し、途中で返却する代わりに一定期間の残債を免除するという仕組みなのですが、制度案ではそもそも通信契約の継続を求めるプログラムを禁止しているので、KDDIの「アップグレードプログラム」やソフトバンクの「半額サポート」は提供できなくなります。
一方、NTTドコモが5月に開始した「スマホおかえしプログラム」は、その条件をクリアしています。ですが制度案では、免除額から返却された端末の買い取り額を引いた額が2万円以下、あるいは先行同型機種(旧機種)の買い取り価格より低いことを求めています。しかしながら、端末の買い取り額は機種や買い取り時期によって大きく異なり、機種やタイミングによってはその条件をクリアできず、免除額を減らすなどの対応を取る必要が出てくることから、現在の仕組みを維持することは難しくなると予想されるのです。
こうしたプログラムがなくなれば、携帯電話会社は高額なスマートフォンを安く販売する手段を完全に失うこととなります。それが大きく影響するのが、2020年の商用サービス提供開始が予定されている「5G」です。5G対応のスマートフォンは技術的な要因もあり、当初は高額なハイエンドモデルに限られるとみられています。そうしたタイミングで端末値引きに大幅な規制がかけられることで端末販売が鈍り、日本では5Gの普及がなかなか進まないことにもなりかねません。
根拠に乏しく議論不足なのに押し通される制度案
これ以外にも、長期契約者の優遇にも規制がかけられるなど、今回の制度案には問題点が多く存在します。ですが、やはり最大の問題といえるのは、制度案を作った総務省の策定プロセスです。
違約金の上限を1,000円とした根拠は、消費者へのアンケート結果に基づいたものとされていますが、アンケートは消費者の“希望”が述べられている場合もあるため、それだけで重要な制度案の内容が決められるというのは、根拠に乏しいと言わざるを得ません。
また、端末値引き額上限の2万円という額も、根拠が不明瞭です。制度案では、現在の市場環境を前提に算出すると「3万円」になるという明確な数値を出しているのですが、それにもかかわらずさらなる厳しい制限が必要だとして、3万円より1段階低い2万円という額に決められているのです。ですが、そもそも“1段階”が“1万円”という基準はどこにもなく、恣意的に数値が決められている印象を受けてしまいます。
しかも、今回の制度案は、同じ2019年6月19日に実施された総務省の有識者会議「モバイル市場の競争環境に関する研究会」の第15回会合で議論されているのですが、有識者からもその内容に関して多くの疑問が投げかけられており、明らかに議論が足りていない印象を受けました。にもかかわらず、総務省は現行の制度案を推し進める方針を示しており、その進め方には疑問を抱かざるを得ません。
携帯電話業界のあり方を大きく変えてしまう制度を、明らかに議論不足のまま行政側が押し通してしまうことには不安しか感じない、というのが筆者の正直な考えです。