ここ最近、ニュースを賑わしている米中の貿易摩擦。いまその中心となっているのが、中国の通信企業であるファーウェイ・テクノロジーズです。米国がファーウェイとその関連会社に対し、米国企業からの部品購入を事実上禁止したことが、携帯電話業界に大きな波紋をもたらしています。日本にはどのような影響がもたらされるのでしょうか。

米国制裁でスマホ新機種が発売延期に

米国と中国の貿易摩擦が過熱している昨今ですが、いま両社の対立の舞台となっているのが、中国の大手通信機器メーカーであるファーウェイ・テクノロジーです。2018年末にファーウェイの副社長がカナダで逮捕されたのを機として、米国がファーウェイを排除する動きを急加速。同年末には、米国が同盟国に対してファーウェイ製品を排除するよう要請をしたことで、大きな話題となりました。

そして、米国時間の2019年5月15日には、米国の商務省がファーウェイとその関連会社を、産業安全保障局(BIS)のエンティティリストに追加すると発表したのです。エンティティリストに追加された企業は、米国政府の許可なく米国企業から部品購入などができなくなります。そのことから、ファーウェイは事実上、米国企業から部品調達ができなくなってしまったわけです。

その影響は日本でも出ています。ファーウェイが夏商戦向けに日本の携帯電話大手やMVNOが投入を予定していた「HUAWEI P30 Pro」や「HUAWEI P30 lite Premium」などのスマートフォンは、各社が次々と発売の延期や予約の中止を発表。SIMフリースマートフォンとして5月24日に発売した「HUAWEI P30」などは、一部の家電量販店で予定通り販売が開始されたものの、大手通販サイトのアマゾン・ドット・コムが発売を見送るなど、店舗によって対応が分かれており、混乱している様子がうかがえます。

  • ファーウェイ「P30」シリーズ発表会

    ファーウェイは2019年5月21日にスマートフォン新機種「P30」シリーズを発表したが、今回の制裁を受け、発売を予定していた多くの携帯電話会社やMVNOは相次いで販売を見送った

なぜ、米国での制裁が日本でのスマートフォン新機種の販売に影響しているのかというと、おもな理由は「Android」にあります。ファーウェイ製のスマートフォンは、OSにオープンソースのAndroidを採用していますが、そのAndroidを開発し、なおかつ「Google Play」などAndroidに欠かせないアプリやサービスを提供しているのは米国企業のグーグルであるため、今回の制裁はグーグルとの取引にも影響が及んでしまうわけです。

今後、どのような影響が出てくるのかは、2018年に同様の制裁を受けた中国のZTEのケースを振り返ると見えてきます。同社は、制裁後にオンラインアップデートをするためのサーバーが停止し、OSやセキュリティのアップデートができなくなるなど、既存のZTE製端末の利用者にも大きな影響が及びました。同じ措置を受けたファーウェイ製品も同様の影響が出る可能性が高いことから、携帯電話会社やMVNOなどは制裁の影響が明確になるまで、ファーウェイ製のスマートフォンの販売を見送っているのです。

  • 2017年にNTTドコモが販売した2画面スマートフォン「M」の開発を手掛けるなどして注目されたZTEだが、2018年に今回のファーウェイと同様の制裁を受けたことで、その利用者にも大きな影響が及んだ

それに加えてZTEは、グーグルとの取引ができなくなったことで、グーグルのアプリやサービスを搭載したAndroidスマートフォンの新機種の開発ができなくなってしまいました。グーグルが撤退している中国を除くと、大半の国ではAndroidスマートフォンにグーグルのサービスが搭載されていることが一般的であることから、ファーウェイもこの制裁が続く限り、中国など一部の国以外に向けたスマートフォン新機種を開発できなくなると考えられます。

スマホ新機種を作れなくなると日本企業に影響が

さらに、新たに浮上した問題によって、ファーウェイはスマートフォンそのものを作ることができなくなる可能性が出てきました。それは英国のARMという企業の動向です。

ARMは、ソフトバンクグループが2016年に3.3兆円という巨額で買収したことで話題となった企業ですが、実は同社はスマートフォンの頭脳を司るCPUのほぼすべての設計を担っている企業でもあるのです。そのARMが、CPUの設計に米国の技術を用いているためファーウェイとの取引を一時停止したと、一部で報道がなされたのです。

ファーウェイ製のスマートフォンには、ファーウェイの傘下企業のハイシリコンが開発するチップセット「Kirin」シリーズが搭載されていますが、このKirinにもARMの設計が用いられています。それゆえ、ARMとの取引が停止されたとなれば、ファーウェイは傘下企業によるチップセットの開発が困難となりますし、同様のチップセットを提供している米国のクアルコムからチップセットを買うこともできないので、スマートフォンの開発が困難になってしまうわけです。

  • ソフトバンクグループ傘下で半導体の設計を手掛けるARMは、スマートフォン向けCPUの設計で9割以上のシェアを獲得するなど、スマートフォン開発に欠かせない存在だ

一見するとこの問題は、ファーウェイ製のスマートフォンを利用している人にしか影響しないものに見えるかもしれませんが、実は我々の生活にも大きな影響を及ぼす可能性があります。なぜならファーウェイは、米国だけでなく、日本企業からも半導体など多数の部材を調達しているからです。ファーウェイは、米アップルを抜いて世界2位の出荷台数を誇る規模のスマートフォンメーカーで、日本からの部材調達額は2018年の実績で6,700億円相当になるといいますから、かなりのものです。

それだけ多くのスマートフォンを販売してきたファーウェイがスマートフォンを作れなくなると、電子部品関連を中心として、同社に部材を提供してきた多くの日本企業は一気に苦境に立たされることになります。そうなれば、日本経済にも少なからず影響が及び、景気が急減速して我々の生活が悪化してしまう恐れがあります。

冒頭にも触れた通り、ファーウェイを巡る一連の制裁には、米中の貿易摩擦が非常に大きく影響しています。両国間で何らかの解決がなされなければ問題解決にはつながらないだけに、日本、さらには世界経済への影響を抑えるうえでも、早期の解決が求められるところです。

著者プロフィール
佐野正弘

福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。