総務省が2023年11月7日、「日々の生活をより豊かにするためのモバイル市場競争促進プラン」を発表しましたが、その内容を見ると、円安でスマートフォンの価格高騰が急速に進んでいるにもかかわらず端末の値引き規制を一層強化しています。一方で、安くスマートフォンを手に入れる手段として、中古スマートフォンの流通促進に力を注ぐ姿勢を見せています。なぜ総務省は新品の販売促進に背を向け、中古スマートフォンに肩入れするのでしょうか。

  • 新品の販売促進に背を向け、中古スマートフォンの流通促進や購買促進に力を注ぐ姿勢を見せる総務省。問題はないのか

「1円スマホ」は規制、中古スマホは流通強化

携帯電話市場の競争促進、より具体的に言えばNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社による市場寡占を崩し、小規模な楽天モバイルやMVNOなどのシェアが大きく伸びることに力を注ぎ続けている総務省。その総務省が2023年11月7日、「日々の生活をより豊かにするためのモバイル市場競争促進プラン」というものを公表しています。

その内容を確認しますと、これは内閣府の「デフレ完全脱却のための総合経済対策」の中に、携帯電話の料金やサービスの競争促進が盛り込まれたことを受け、総務省が速やかに取り組むべき対策を打ち出したものとなるようです。そうしたことから内容としては、従来取り組んできた競争促進政策の延長線上にあるものといえ、新しい取り組みがいくつか盛り込まれています。

その代表例となるのが、いわゆる「1円スマホ」に対する規制です。1円スマホとは、店頭でスマートフォンの価格を大幅に値引き、それに電気通信事業法で定められた、通信契約に紐づく最大限の値引き(現在は税別2万円)を加えたりすることで、合法的にスマートフォンの価格を「実質1円」など大幅に値引く手法を指します。

ですが、この1円スマホの販売手法は、誰でもスマートフォンが安く買えてしまうことから、転売ヤーによる買い占めを招くなどして社会問題にもなりました。そこで今回提示されたモバイル市場競争促進プランでは、スマートフォンの価格をどれだけ値引いても、通信契約に紐づいている場合は値引き額が法規制の上限までと制限されたのです。

  • 総務省「日々の生活をより豊かにするためのモバイル市場競争促進プラン」より。総務省が「白ロム割」と呼ぶ「1円スマホ」実現の手法に規制が入る一方、端末値引き上限は“原則”4万円となる

また、その値引き上限額も変更がなされ、現在の2万円(税別、以下同)から“原則”4万円に増額されています。ですが、こちらは以前に本連載で触れた通り、もともとは“一律”4万円で進められていたのが、より厳しい値引き規制を求める有識者や通信事業者などから猛反発を受けたことで、端末価格に応じて段階的に値引き額が変更されるようダウングレードしています。

そしてもう1つ、今回のモバイル市場競争促進プランでは、中古スマートフォンの流通促進にも重点が置かれています。その内容を確認しますと、スマートフォンの価格高騰で中古端末の需要が増えていることから「国民が低廉で多様な端末を選択できるようにするため、中古端末の更なる流通促進が重要」であるとし、中古端末の安心・安全な流通を促進するためのサポートに取り組むとしています。

  • 同じく総務省「日々の生活をより豊かにするためのモバイル市場競争促進プラン」より。端末価格の高騰で中古スマートフォンの需要が増加していることから、さらなる流通促進のための取り組みを進めるなど、強化の動きを見せている

その一方で、価格高騰が進む新品スマートフォンの販売は、先に触れた通りむしろ規制が厳しくなっており、消費者が新品を安く買うことは一層難しくなることが明白です。それらを合わせると、総務省は「新品スマートフォンの値段が上がっているから、中古スマートフォンを買いやすくする」という方針であることが分かります。

商習慣を変えたい総務省が引き起こす重大な問題

なぜ、総務省が新品より中古のスマートフォン販売に力を注ぐのかといえば、根底にはやはり競争促進のため、携帯3社が築いた商習慣を変えたいという考えが強いからこそでしょう。主としてその対象となってきたのが、いわゆる「端末購入プログラム」です。

携帯各社は、高額なスマートフォンを安く買うため、分割払いで端末を購入し、一定期間経過後に返却すると残債の支払いが免除、あるいは安くなる端末購入プログラムを展開しています。それゆえ、端末購入プログラムの恩恵をフルに受けるには、スマートフォン購入後一定期間が経過したら携帯電話会社に返却しなければなりません。

そして携帯各社は、返却されたスマートフォンを中古市場に流通させることで残債を免除した分を補填しているのですが、返却された端末は従来、その大半を海外に流通させていました。なぜなら、国内ではスマートフォンが大幅値引きで安く買えたことから中古スマートフォンの需要が少なく、流通量も少ないので海外に販売した方が高く、しかもたくさん買い取ってもらえるからです。

ですが、このことを快く思っていなかったのが総務省でした。総務省は、国内で購入されたスマートフォンの中古品が国内に流通しないのはおかしいとして、中古スマートフォンの流通を増やす取り組みを強化してきた経緯があります。

それだけに、値引き規制と円安でスマートフォンの価格が高騰し、中古スマートフォンの需要が増えている現在の市場環境は、総務省にとって商習慣を大きく変える理想的なものといえるわけです。そこでこのチャンスを生かすべく、中古市場の大幅強化にかかるというのが総務省の狙いといえるでしょう。

  • 2015年に総務省が実施していた「携帯電話の料金その他の提供条件に関するタスクフォース」の取りまとめより。総務省が以前より、中古スマートフォン市場を発展させることが携帯3社が築いた商習慣を崩すことにつながると見ていたことが分かる

ですが、新品のスマートフォンが売れず、中古スマートフォンの市場が拡大するという現在の流れが、円安で苦しんでいるスマートフォンメーカーをさらに窮地に追い込むことは確実です。中古スマートフォンがどれだけ売れても、メーカー側には何の恩恵もないからです。

そして、新品のスマートフォンが売れないとなれば、国内でスマートフォンを販売するメーカー自体が減り、総務省が掲げる「国民が低廉で多様な端末を選択」することはできなくなってしまいます。実際、2023年には国内メーカーが相次いで撤退し、“多様な端末”の代表例でもある京セラの高耐久スマートフォン「TORQUE」などもその系譜が途切れる可能性がありました。

市場が縮小すれば、メーカーも保身のため確実に売れるスタンダードな端末しか販売しなくなってしまいますし、それにも耐えられないとなれば撤退してスマートフォンを提供するメーカー自体が減り、多様性どころかユーザーの選択肢さえ減ってしまうことになりかねません。

  • KDDIから販売されている高耐久スマートフォンの「TORQUE」シリーズ。2023年に新機種が無事発売されたものの、開発している京セラがコンシューマー向けスマートフォン事業からの撤退を表明したことで、今後が危ぶまれる事態となった

それだけに、真に多様な端末を安く国民に提供するにあたっては、高額なスマートフォンを値引いて販売することが必要不可欠ですし、新しい端末が国民に行き渡ることは5Gなど新技術の普及へとつながり、日本のスマートフォン産業だけでなく、モバイル通信産業自体を育てるうえでも重要な意味を持つはずです。2023年11月16日から再び総務省の有識者会議「競争ルールの検証に関するWG」での議論が再開されたようですが、総務省には「中古より新品」というマインドチェンジをぜひ図ってほしいものです。