過去に何回か、ノースロップ・グラマンが米陸軍向けに開発している防空・ミサイル防衛用指揮管制システム、IBCS(Integrated Battle Command System)の話を取り上げてきた。もともと、統合防空・ミサイル防衛(IAMD : Integrated Air and Missile Defense)のための指揮管制システムとして作られたが、より総合的な指揮管制システムに発展してきた、という話は以前に書いた通り。

IBCSのアーキテクチャ上の特徴

そのIBCSは、もともと陸軍向けに開発されたシステムだから、機材一式を車載化して、移動できるようにしてある。野戦部隊の指揮所と同様に、「ここを指揮所とする!」と決めたら、そこで店開きをする。そのIBCSの指揮所のことを、IBCS EOC(Engagement Operations Center)という。engagementといっても「結婚」のことではなくて、「交戦」という意味である。

そこで疑問が生じるのではないだろうか。「第425回で、『相手の指揮官を討ち取ることができれば、それはいわば “首をはねる”ようなもの』と書いていた。すると、EOCを見つけて破壊あるいは無力化してしまえば、IBCSは使い物にならないのではないか?」と。

実は、そこにIBCSの興味深いポイントがあるので、指揮所の話と絡めて取り上げることにした次第。確かに、第425回で書いた通り、1つの指揮所にすべての機能を集中すれば、そこが破壊あるいは無力化された途端に、指揮下にあるユニットが単なる烏合の衆と化してしまう。

では、それを防ぐにはどうすればいいか。実は、IBCSは1つのIFCN(Integrated Fire Control Network)に、複数のEOCを組み込むことができる。パトリオット地対空ミサイルをはじめとする対空兵器や、そこで使用するMPQ-65みたいなレーダーも、みんなIFCNに接続する。

  • IBCSと、関連する諸要素をネットワーク化した一例。レーダーも地対空ミサイルも指揮管制システムも、みんなIFCNにつないで連携させる。「BTRY EOC」が「高射隊指揮所」 引用:DoD

さらに、2021年7月にニューメキシコ州のホワイトサンズミサイル試験場(WSMR : White Sands Missile Range)でIBCSによる巡航ミサイル迎撃試験を実施したときには、F-35や海兵隊の多用途レーダーAN/TPS-80 G/ATOR(Ground/Air Task Oriented Radar)もセンサー網に加えた。ただし、G/ATORはIBCSと直結できないので、開発中のJTMC(Joint Track Manager Capability)を介して接続した。JTMCが企図しているのは、複数のセンサーや射撃指揮システムを単一のネットワークに統合すること。

そして、さまざまなセンサーから入ってくる情報をIBCSが融合して単一の共通戦況図(COP : Common Operating Picture)を生成・アップデートするとともに、複数のEOCが同じCOPを共有する。これが何を意味しているか。

分散環境の戦術的な意味

  • ホワイトサンズで試験を実施したときのシステム構成。先の図と異なり、F-35や海兵隊のG/ATORレーダーがネットワークに加わっている 引用:Northrop Grumman

陸軍だけでなく、他の軍種が使用しているものも含めて多様なセンサーを接続、それらから得たデータを融合する。それにより、特定のセンサーだけでは実現できない追尾を可能にしたり、あるセンサーが使えなくなったときでも別のセンサーでフォローしたり、といったことが可能になる。

例えば、あるレーダーが使用している周波数帯に妨害が仕掛けられて、探知・追尾が困難になったとする。普通なら、それで「もはやこれまで」だが、異なる種類のレーダーを併用していて、それが別の周波数帯、別の変調方式を使用していれば、妨害を切り抜けられるかもしれない。

また、地上設置のレーダーだけでなく、航空機搭載のレーダーや光学センサー、衛星搭載のレーダーや光学センサー、電子戦システムなど、レーダー以外の探知手段から得たデータを加味する形も、理屈の上では実現可能になる。

そして、複数のEOCが同じCOPを共有しており、しかもそれらは分散環境になっている。だから、あるEOCがやられたり、機能不全を起こしたりしても、別のEOCが生き残っていれば、そちらで任務を継続できる。つまり、リダンダンシーの面で優れている。

要約すると、「(さまざまなセンサーやウェポンを接続できる)オープン・アーキテクチャと、すべての機能をひとつところに集約しない分散環境の合わせ技により、抗堪性が強い頭脳と神経線を実現できるのではないか」という話になる。それぞれ異なる場所に位置しているセンサーからのデータを集約して融合する技術は、すでに別の分野でも存在しているから、荒唐無稽な話ではない。

そして、これから新たに米陸軍が導入する装備は、当初からIBCSに接続できるようにする。既にあるものは、JTMCみたいな仕掛けを介して接続できるようにする。米海軍の共同交戦能力(CEC : Cooperative Engagement Capability)とIBCSを接続するブリッジ機能もあるので、理屈の上では、海軍のイージス艦と陸軍のIBCSを連接することもできる。どちらも対空戦(AAW : Anti Air Warfare)の指揮管制機能を備えているから、陸海にまたがったIAMDの実現、なんて話につながるかもしれない。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。