今回は、電子戦(EW : Electronic Warfare)と関連分野における、人工知能(AI : Artificial Intelligence)の活用について取り上げてみる。熟練したオペレーターの養成が求められるからこそ、AIを活用したいという考えが生じてくる分野だ。

対象分野は3本柱

電子戦は、敵の電磁波システムを妨害するEA(Electronic Attack:電子攻撃)、妨害への対処を主軸とするEP(Electronic Protection:電子防護)、そして妨害のために必要な情報の収集(ES : Electronic Support:電子戦支援)が3本柱だが、そのいずれにおいてもAIを導入できる可能性は考えられる。

まずES。広帯域受信機を用意して、さながら真空掃除機のように傍受させれば、さまざまな電磁波に関するデータが集まってくる。しかし、単にデータを積み上げておくだけでは意味がない。収集した電波について、周波数、変調方式、(レーダーみたいにパルスを出すものなら)パルス繰り返し数(PRF : Pulse Repetition Frequency)やパルス幅、といった情報を得なければならない。つまり、受信した電波の解析こそが大事である。

それだけならAIが世に出る前から行われている作業だが、それをさらに効率的、かつ確実に行うためにAIを活用できないか、という発想が出てくるのは無理もない話。実際、ドイツのヘンゾルトは電子戦システム・ファミリー「Kalætron」を手掛けているが、そこでAIの活用をうたっている。Kalætronファミリーは航空機搭載用の電子戦システムで、そのうち脅威の探知、つまりESを受け持つのはKalætron Integral。

もっともESの場合、「平時の情報収集」と「戦闘任務中の自衛」では切迫度が違う。平時の情報収集であれば、とりあえずデータを持ち帰ってじっくり解析する余地があるが、「戦闘任務中の自衛」では敵性電波を受信したその場で瞬時に解析・識別をしないと命に関わる。すると、AI活用の優先度が高いのは、こちらの方かもしれない。

さらに同社は2020年4月に、能動的な電子戦を仕掛ける航空機用のモジュラー型電子戦システム「Kalætron Attack」を開発した、と発表した。つまりEA分野の製品である。敵が使用するレーダーなどの電波を妨害するには、ESによって得られたデータに基づいて対象を精確に識別した上で、もっとも効果的と考えられる種類の妨害を仕掛ける必要がある。このKalætron Attackは、ドイツ空軍が2025年に導入する予定のluWES(Luftgestützte Wirkung im Elektromagnetischen Spektrum)計画向けだそうだ。

  • 「KalaetronAttack」は、最新の防空システムに対して空軍を配備することを可能にする 資料:HENSOLDT

    「KalaetronAttack」は、最新の防空システムに対して空軍を配備することを可能にする 資料:HENSOLDT

  • ウェスティングハウスによって開発された電波妨害装置「AN/ALQ-119」を搭載するF-16A-10 写真:U.S. Air Force

    ウェスティングハウスによって開発された電波妨害装置「AN/ALQ-119」を搭載するF-16A-10 写真:U.S. Air Force

  • 韓国の群山空軍基地で、F-16に搭載する電子対抗策ポッドを検査している米国空軍のエンジニア 写真:U.S. Air Force

    韓国の群山空軍基地で、F-16に搭載する電子対抗策ポッドを検査している米国空軍のエンジニア 写真:U.S. Air Force

自衛を確実に行うためのAI活用

電波妨害といってもいろいろな種類があり、例えば高出力のノイズを出して通信やレーダー・パルスの送受信を妨げる方法があれば、ニセの通信やニセのレーダー・パルスを送り返して邪魔をする方法もある。どの方法をどのように実行するかを判断・実行する過程で、AIを活用しようというわけだ。

ことに戦闘機や爆撃機の自衛用電子戦システムでは、脅威は切迫しているから、悠長に対応策を考えている余裕はない。敵の射撃管制レーダーが自機を捉えていると分かれば、次はすぐに対空ミサイルが飛んでくる。それから身を護るには、射撃管制レーダー、あるいはミサイルが内蔵する誘導レーダーをただちに妨害しなければならない。

しかし、ミサイルが赤外線誘導なら妨害電波を出しても無意味だから、これはフレアを撒くなどの対処が必要になる。射撃管制レーダーの機種が分かれば、撃ってくるミサイルの誘導方式を知る役に立つから、やはり識別は大事である。

つまり、自衛用電子戦システムを作動させるには、「脅威の識別」→「的確な対応手段の選択」→「その対応手段の実行」というプロセスが必要。そのうち識別と選択のプロセスでAIを活用した上で、得られた結論を自動的に実行する、というフローになる。

では、EPはどうか。例えば、妨害された時に妨害されっぱなしでは、自機のレーダーや通信システムが機能不全を起こす。周波数を変えたり、利得を調整したり、その他の対応手段を講じたりして、妨害をかわそうと工夫をする。これもまた、「脅威の識別」→「的確な対応手段の選択」→「その対応手段の実行」というプロセスをたどるから、やはりAIの活用によって迅速・確実な実行を図れないかという話になる。

実のところ、ESでAIを活用しようとすれば、まずESに関するノウハウを積み上げておいて、それを学習させなければならない。EAにおける妨害モードの選択、あるいはEPにおける対妨害手法の選択も同じで、熟練した電子戦オペレーターがやっていた仕事をモデル化して、AIに学習させなければならない。ということは、まず基本的な電子戦のノウハウを持っていなければ、電子戦におけるAIの活用は成り立たないと考えられる。教科書がないのに勉強はできない。

コグニティブ無線とAI

そのEPがらみの話と関連しそうだが、欧州防衛庁(EDA : European Defence Agency)が2020年8月に、CRAI(Communications and Radar Systems hardened with Artificial Intelligence)計画にゴーサインを出した。これは、通信やレーダーの分野においてコグニティブなシステムを実現するために、まずスタディを実施しようという案件。

コグニティブ無線という手法があり、これは周囲の状況に合わせて送受信に用いるパラメータを効率的に変化させつつ、干渉を避けながら効率的に通信を行おうというものだ。

パラメータを変化させて干渉を避けるには、干渉あるいは妨害の源について知った上で、適切な対処方法を選択しなければならない。すると、先に挙げたES・EA・EPに近い話だと理解できる。干渉を避けるためのノウハウがあれば、逆に意図的な干渉を仕掛けるためにも応用できるからだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。