今回も前回に引き続き、「AIが生きる場面とは何か」という視点から、状況認識・指揮管制・意思決定支援といった分野における人工知能(AI : Artificial Intelligence)の活用を取り上げてみる。

艦載指揮管制装置にAIを援用

イギリス軍の研究部門「DSTL(Defence Science and Technology Laboratory)」では、艦載指揮管制装置、つまり戦闘艦の「頭脳」に当たる部分にAIを援用する、”Intelligent Ship” という研究計画を走らせている。

指揮管制装置とは、レーダーやソナーをはじめとする各種センサーから探知データを取り込んで、状況図を描き出したり、指揮官が交戦に際して意思決定するための支援を行ったりするコンピュータ機器。イージス戦闘システムの場合、C&D(Command and Decision)を受け持つコンピュータがあり、これが脅威評価や戦闘指揮の機能を受け持っている。

  • イギリス軍の研究部門であるDSTLが開発を進めている「Intelligent Ship」のイメージ 資料:英国国防総省

指揮管制装置は、昔は人間が手作業と自分の頭脳に頼って行っていたプロセスを自動化することで、迅速・確実な処理を可能とするもの。その「頭脳に頼る」部分には、AIを援用する余地がある。

近年の海上戦闘では、利用できるセンサーの種類が多様化している上に、データリンクを通じて外部からも情報が流れ込んでくる。つまり、扱う情報の量が増えているのだ。それに加えて、交戦のスピードが上がっており、特にターゲットの速度が速い対空戦(AAW : Anti Air Warfare)ではその傾向が強い。

そこで、人間の処理能力がオーバーフローしたら一大事だから、指揮管制装置という名のコンピュータを活用している。さらにAIを援用すれば、もっと質の高い状況認識や意思決定が実現できませんか、という考えが出てきても不思議はない。

ただし、”Intelligent Ship” 計画では、AIが人間に取って代わろうなんて大それたことは考えていない。先にも書いたように、当節の海上戦闘では人間にかかる負担が大きくなっているので、AIと人間のコラボレーションによって負担軽減を図ろうというのが狙いだ。

AIで空域管理

指揮統制の分野にAIを持ち込もうとしている事例としては、米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)が2020年4月にローンチしたASTARTE(Air Space Total Awareness for Rapid Tactical Execution)計画がある。

これは、敵対的なアクセス拒否・地域拒否(A2AD : Anti-Access Area Denial)環境下において、低コストのセンサー、AIアルゴリズム、仮想技術を用いて、航空分野の四次元共通状況図を生成、それによって効率的な航空作戦の実施や、デコンフリクションを図ろうというもの。ちなみに四次元とは、3次元プラス時間という意味だそうだ。

デコンフリクションとは、直訳すると「衝突回避」。いてはならない場所、いると具合が悪い場所で友軍同士が鉢合わせして、作戦任務の遂行を邪魔するような事態を防ぐ手立てをいう。例えば、ヘリを送り込んで特殊作戦部隊を隠密潜入させたいのに、行ってみたら味方の戦闘機が盛大に対地攻撃をやっていたのでは隠密潜入ができない。それを防ぐには、対地攻撃と隠密潜入がバッティングしないようにする必要がある。そのための調整を図るのは、デコンフリクションの一例である。

つまり、ASTARTE計画が企図しているのは、AIを援用する空域管制や作戦計画立案支援だ。いつ、どこにどんな航空機を送り込んで任務を遂行させて、最終的な目標達成につなげるか。それを立案・決定するための支援手段を作りましょうということである。

もちろん、これは人間の頭脳で考えても実現できることだが、それにはやはり経験がモノをいう。それならAIを援用することで、経験が足りなくてもうまくやれるようにならないだろうか、と。

  • DARPAが描くASTARTE計画によって開かれる世界 資料:DARPA

AIで洋上での衝突回避

意思決定支援に関わる案件としては、米海軍海洋システム軍団(NAVSEA : Naval Sea Systems Command)のODA(Operator Decision Aid)計画がある。ODAといっても政府開発援助とは何の関係もなくて、海洋衝突防止用にAIを活用する意思決定支援ツールを開発しようというものだ。

海の上では衝突回避のための基本ルールが定められているが、皆が必ずその通りに動くとは限らないし、ルール通りに動こうとしたら阻害要因に直面する可能性もある。だから、常にルールに合わせて判断するのは間違いの元で、現場の状況に合わせて柔軟な判断をしなければならない可能性もある。そこでAIを援用してはどうか、ということのようだ。

これがモノになれば、USV(Unmanned Surface Vessel)が行合船とぶつかるような事態を避ける手法を改善できそうではある。有人のフネにおいても、衝突回避のためのリコメンドに使えるのではないか。

このように、意思決定支援の分野でAIを活用する取り組みがいろいろ出てきている。ただし、あくまで「支援」であり、最後に決定して責任をとるのは生身の人間でなければならない。この話は大事なので、また回を改めて取り上げる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。