これまで10回にわたり最新レーダーを取り上げてきたが、今回のお題は、ノースロップ・グラマンのレーダー。同社はレーダーを手掛けている会社だとは思われていないかもしれないが、実は防衛電子機器の分野では大手である。
航空機メーカーというイメージと実態の差
ノースロップ・グラマンはその名の通り、ノースロップとグラマンが合併してできた会社だが、両社の出自と過去の実績から、「航空機メーカー」というイメージが強そうだ。しかし実際は違うのである。
論より証拠、直近の業績報告を見ると、航空機を手掛けているエアロスペース・システムズ・セクターの売上と、電子機器などを手掛けているミッション・システムズ・セクターの売上が、ほぼ拮抗していることがわかる。
レーダーについていうと、1996年にウェスティングハウスの防衛電子機器部門を買収したことで、同社が手掛けていたレーダーがごっそり、ノースロップ・グラマンの製品に組み入れられた。その代表格がF-16戦闘機のレーダー「AN/APG-66とAN/APG-68」である。その戦闘機用レーダーの話は次回に取り上げるとして、まずは米海兵隊向けのレーダーから。
多機能レーダー「G/ATOR」
おそらく「げいたー」と読む。Ground/Air Task Oriented Radarの略で、制式名称はAN/TPS-80。Sバンドの電波を使用する、車載式のアクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーである。米海兵隊で使用していたレーダーの更新と機種統合を目的としたもので、2005年に開発契約を受注した。
従来は、対空捜索レーダー、航空管制レーダー、対砲兵レーダーといった具合に、用途別にそれぞれ別個のレーダーを使用していた。すると、海兵隊の地上部隊が移動する際には多数のレーダーと関連機材を連れて歩かなければならない。
もちろん、その分だけレーダーを扱うのに要する人手も増える。陸軍以上に身軽に動くことを身上としている海兵隊としては、1つのレーダーで複数の機能を兼ねてくれると、持ち歩く荷物が減るので助かる。
そこで「AN/TPS-80 G/ATOR」は、海兵隊が使用していたレーダー6機種のうち、5機種の機能をひとまとめにすることになった。それにより、4人編成×5組の要員を必要としていたものを1組に削減する、という触れ込みになっている。代替する5機種の陣容は以下の通り。
- 対砲兵レーダー「AN/TPQ-46」
- 2次元対空捜索レーダー「UPS-3」
- 航空管制レーダー「AN/TPS-63」
- 防空システム用レーダー「AN/MPQ-62」
- 広域航空管制用レーダー「AN/TPS-73」
レーダーの用途によって、求められる機能や能力、重点を置くべき分野には違いがある。それをひとまとめにして状況に応じて使い分けられるのは、ビームのコントロールやシグナル処理にソフトウェアを活用する、アクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーの強みといえる。ただし、それを支えるソフトウェアの開発能力があってこそ、という点を忘れてはならない。
とはいうものの、いきなりすべての機能を実装するのは大変なので、開発は段階的に行うことになった。
- インクリメントI : 短距離の航空監視と防空任務に対応
- インクリメントII : 対砲兵レーダーと目標指示の機能に対応
- インクリメントIII : 新型の敵味方識別装置(IFF : Identification Friend or Foe)・モード5/モードSへの対応、対妨害能力の改善など
- インクリメントIV : 航空管制機能に対応
G/ATORの構成要素
G/ATORの構成要素は、REG(Radar Equipment Group、レーダー機器グループ)、CEG(Communications Equipment Group、通信機器グループ)、PEG(Power Equipment Group、電源機器グループ)の3種類。
REGはレーダー本体のことで、アンテナは縦長の一面構成・全周回転式。対空捜索や航空管制なら全周監視の必要があるが、対砲兵レーダーとして使用する場合には、脅威の方に向けて固定するのではないだろうか。
そのレーダー機器とアンテナをトレーラーに載せており、PEG(後述)で牽引して移動する。そして、使用するときだけアンテナ・アレイを立てる構造になっている。なお、敵味方識別に使用するIFFはAN/UPX-40のようだ。アンテナ上部に付いている横長の棒が、IFFのアンテナであろう。
このほか、他のシステムとの通信を担当するCEGと、電源を供給するPEGがあり、前者は所要の通信機材を積み込んだHMMWV(High Mobility Multi-Purpose Wheeled Vehicle)、後者は60kWの発電機を載せたMTVR(Medium Tactical Vehicle Replacement)軍用トラックになっている。当初はPEGもHMMWVを使用するつもりだったが、それより大型のトラックに改めた。
海兵隊らしいのは、これらの機材を空輸できるよう求めたこと。CH-53やMV-22では先の3点を個別に吊下空輸するし、C-130輸送機ならまとめて機内に搭載して空輸する。運用する場所に到着したら、レーダーを載せたトレーラーを牽引車兼用のPEGから切り離して、アウトリガーを展開して車体を安定させる。そして、REG、PEG、CEGの間で電源や通信用のケーブルを接続すると、運用が可能になる。
G/ATORは開発開始からすでに15年が経過している。そのため、送受信モジュールが途中で変わっており、最初はガリウム砒素(GaAS)半導体を使用していたが、それを窒化ガリウム(GaN)に改めた。GaNモデルが運用評価試験を終えたのは昨年のこと。送受信モジュールの変更により、効率と性能の改善を実現できたはずだ。
なお、このG/ATORの開発経験を生かして米海軍のAMDR(Air and Missile Defense Radar)計画やEASR(Enterprise Air Surveillance Radar)計画への参入も企図した。しかし、これらはすでに第334回で取り上げているように、レイセオンが勝者となった。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。