車両でも艦艇でも航空機でも、何か新しいものを設計・製作しようとした時に、最初から形態が「これ!」と決まっているわけではない。最終的に世に出た形態に落ち着くまでには、さまざまな形態を俎上に載せては検討を重ねるものである。

試行錯誤は手間がかかる

例えば、新たな戦闘機を開発する場合。最初に決まるのは「要求性能」だが、それを実現するために、主翼や尾翼の配置・形状・寸法をどうするか。そこに決まり切った正解はない。

また、場合によっては寸法に関する制約が生じることもある。わかりやすいのは「空母に載せるので、エレベーターのサイズを超えてはならない」というものだ。

さまざまな条件を満たしつつ、要求仕様を満たせるものを作るには、さまざまな案をひねり出しては検討する作業を、何度も繰り返す必要がある。

そして飛行機の場合、空力という制約要因もある。空力特性に関する検討を行う過程で風洞試験は不可欠だが、形態を1つひねり出す度に風道試験用の模型を作ってテストするのでは、時間も費用もかかりすぎる。かといって、テストしてデータをとらなければ検討材料にならない。

ところが現在では、この分野のかなりの部分をコンピュータ・シミュレーションによってカバーできるようになってきている。いわゆる数値流体力学(CFD : Computational Fluid Dynamics)で、流体(飛行機の場合は空気)の運動に関する方程式を使い、機体のまわりの気流と、それによる影響を計算する。

あくまでシミュレーションだから、完全に正確な結果を得られるとは限らないが、設計案の良し悪しを判断するための材料は得られる。それによって明らかにダメな案、見劣りする案をふるい落とすことができれば、行けそうな案に的を絞って風洞試験を行う流れとなる。

こうすると、さまざまな案を検討する作業を迅速化・効率化できるし、時間を節約できる分だけ検討対象となる案を増やす、という選択肢もあり得るかもしれない。

ここではポピュラーな事例ということで、航空機を対象とする空力シミュレーションの話を書いたが、艦艇でも水の上を走る以上は流体力学的解析が不可欠であり、やはりコンピュータ・シミュレーションを活用する余地がある。

ステルス設計にはコンピュータ・シミュレーションが不可欠

そして、なんといっても忘れてはならないのが、対レーダー・ステルス設計である。そこで重要な要素となるのが物体の形状であり、レーダー電波を浴びた時に反射する方向を限定したり、反射波を明後日の方向に逸らして発信源のほうに返さないようにしたり、といった工夫をする。

そのレーダー電波反射についても、コンピュータによる計算が可能である。それを初めて本格的に取り入れたのが、ロッキード(現ロッキード・マーティン)社のF-117Aナイトホークである。

基本的な考え方は、物体を細かい多数の平面の集合体に見立てて、個々の平面ごとにサイズ・形状・向きに基づいてレーダー電波の反射を計算するというもの。それらを全部足し合わせることで、物体全体のレーダー反射を計算できる理屈になる。

この考え方を用いると、さまざまな形状についてレーダー電波の反射を計算できるので、ステルス性を実現するための試行錯誤を助けてくれるという理屈である。航空機に限らず、ミサイルでも艦艇でも同じである。

ただし、コンピュータの処理能力が足りないと、分割する個々の平面が大きくなってしまい、F-117Aみたいな平面の塊になってしまう。今のコンピュータは、F-117Aを開発した頃と比べると、はるかに処理能力が優れている。だから、もっと細かな分割が可能であり、ちゃんとなめらかな曲面を備えた機体を設計できる。

それでもステルス機は一般的に、シンプルでのっぺりした平面を備えているものだが、最近では例外が出てきた。F-35を見ると、意外と表面がデコボコしていて、「これでちゃんとステルス性を持たせているのか」と、ちょっとビックリする。

  • ミラマー基地のエアショーで、デモフライトを実施するF-35B。従来のステルス機と比べると、F-35は、かなり複雑な形状をしている

構造計算もコンピュータでできる

あと、実際に現物を設計・製作する段階になると、構造計算という問題が出てくる。想定された荷重条件に基づいて、どの部分にどれだけの強度・剛性を持たせなければならないかという条件が決まってくるから、それを実現できるような設計をしなければならない。

基本的には部材を厚く、太くすれば強度は上がるが、それでは際限なく重くなってしまう。所定の強度・剛性を持たせつつ、いかにして軽く作るか。それだけでなく、作りやすさも重要である。やたらと複雑な形状にすると、製作に手間がかかってコストが上がる。

そこで、有限要素法(FEM : Finite Element Method)を使って強度計算を行いながら、構造設計を進めていくことになる。これもレーダー反射の計算と同様に、対象物を細かい要素に分割して個別計算するのだが、もちろん、細かく分けるほどコンピュータの処理能力を高くしないと追いつけない。

人間の仕事がなくなるわけではない

ここまで紹介してきた話はいずれも、「面倒な計算や試行錯誤をコンピュータが助けてくれる」という話である。しかし、忘れてはならないのだが、コンピュータに入れるデータ、設計案を決めるのは人間の仕事という点である。コンピュータが勝手に最適解を出してくれるわけではない。

また、構造計算における荷重条件も、レーダー反射について計算する際の想定周波数などの条件を決めるのも、形状を決める際の制約条件(素材や寸法など)を決めるのも、設計者の仕事である。コンピュータは計算はしてくれるが、計算の前提まで勝手に決めてくれるわけではない。

その辺の話は、以前に「乗り物とIT」の第3回第4回第5回で書いたことがあるので、そちらも参照していただければ幸いである。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。