ステルス機は電波を出さない……という先入観がある。確かにF-117Aはそうだった。しかし、「無線通信は受信だけ、レーダーは使えません」では仕事にならない。では、どうするか。

電波の傍受を避ける方法

レーダーとは、電波を出して、それの反射波を受信することで探知を成立させる機器だ。そして、一般的にはパルス波を使用する。つまり、瞬間的に電波を出して、その後でしばらく、反射波が返ってこないかどうかと聞き耳を立てる。そのサイクルを繰り返す。

だから、レーダー電波は瞬間的に、特定の周波数帯域でピークが立つ形になるのが一般的だ。それであれば、敵レーダーが使用しそうな周波数帯域に合わせたアンテナと受信機を用意して聞き耳を立てることで、レーダー電波の傍受が可能になる。

探知が成立するには、送信した電波が対象物に当たって元の方向に反射するだけでなく、その反射波は送信元に到達できるだけのエネルギーを残していなければならない。ということは、発信元からの距離が離れてレーダー電波が減衰すると、何かに当たって反射しても送信元まで到達できず、探知不能ということになる。

しかし、そうやって決まる探知可能距離を超えても、電波が届いている領域はあるわけだ。そこでは、敵が発したレーダー電波の傍受はできるが、探知はされない。つまり、レーダーを使用することで、敵に先制発見される領域が存在する。

だから、ステルス機が通常型のレーダーを装備して漫然と作動させると、「闇夜に提灯」ということになり、ステルスどころか自らの存在を暴露してしまう仕儀となる。それが、「ステルス機は電波を出さない」という話につながっている。しかし、レーダーが使えないのでは遠距離捜索も夜間・悪天候下での捜索もできず、あまりにも不便である。

そこで考え出されたのが、LPI(Low Probability of Intercept、低傍受可能性)あるいはLPD(Low Probability of Detection、低探知可能性)という仕組み。要は、電波を出しても傍受されない、あるいは傍受されにくいレーダーを作れないものか、という発想である。

  • F-35のようなステルス機は、敵のレーダーに映らないようにするだけでなく、自機のレーダーや通信が傍受されないようにする工夫も必要になる

LPI/LPDの実現(FMCW)

FMCWとは周波数変調した連続波(Frequency Modulated Continuous Wave)のこと。連続波だから、パルス波と違ってオンとオフを繰り返すことはしない。

オンとオフを繰り返すパルス・レーダーでは、1つのアンテナで送信と受信を兼用できる。しかしFMCWレーダーでは送信用のアンテナから連続的に電波が出ているので、受信用のアンテナは別に必要となる。

ともあれ、キモはその送信波にある。同一周波数の電波を出す方法でも、探知目標が移動していればドップラー偏位を発生させるから、戻ってきた受信波の周波数と送信波の周波数では違いが生じているはずだ。その周波数の差分がプラス側かマイナス側かで、目標が近付いているか、遠ざかっているかを判別できる。

ところがこれだけだと、目標が停止しているとき(正確にいうと、レーダーと目標の距離が変化しない時)にはドップラー偏位が生じない。そして、距離もわからない。

そこで、送信波に対して周波数変調(FM)をかける。その内容は、直線的に周波数が上がっていくというものである。その電波が探知目標に当たって反射してきた場合、受信波も同様に周波数が直線的に上がっているはずだ。

ただし、受信波では目標のところまで行って、そこから帰ってくる分だけの所要時間が加わっている。すると、周波数が上がるタイミングは送信波よりも遅れるはずだ。ということは、送信波と受信波の周波数差を調べればよいことになる。距離が遠くなれば周波数差も増える理屈になる。

これとLPI/LPDに何の関係があるのか。連続波は、パルス波ほど高い送信出力がなくても所要の信号雑音比(S/N比)を得られる傾向がある。連続波を使用することで送信出力を抑えることができれば、その分だけ傍受される可能性は低くなる、という理屈だ。

LPI/LPDの実現(スペクトラム拡散通信)

スペクトラム拡散通信は身近なところで多用されているので、知らず知らずのうちになじみ深い存在になっている。

1つは直接拡散(DS-SS : Direct Sequence Spread Spectrum)で、IEEE802.11b無線LANが使用している。

直接拡散では、ランダムな「1」と「0」の並び(拡散符号)を送信波に掛け合わせて送信する。これは、デジタル信号を非常に小さい電力で、かつ、広い帯域に分散して同時に送信する操作にあたる。受信波については、送信時に使用したものと同じ拡散符号を用いて復元する。だから、送信時に使用した拡散符号がわかっていないと、元のシグナルは復元できない。

もう1つは周波数ホッピング(FH-SS : Frequency Hopping Spread Spectrum)で、Bluetoothが使用している。軍用だとリンク16戦術データリンクでおなじみだ。

周波数ホッピングでは、ランダムな「1」と「0」の並びを用いて周波数を連続的に跳飛させる。周波数がコロコロ変わるので、特定の周波数帯に合わせて聞き耳を立てていても、瞬間的にしかシグナルが入ってこない。

受信波については、送信時に使用したものと同じビット列を用いて受信周波数を同調させることで、受信が可能になる。送信側で使用したビット列が分かっていて、かつ同調をとって受信周波数を変えないと、連続的な受信ができない。

これらのスペクトラム拡散通信をレーダーに応用するのは「薄めたインクを川に流して、下流側で回収した水からインクだけ集める」といった按配になる。薄めたインクが混じった水を拾っても、元通りの濃いインクにはならない。

レーダー以外にも応用できる

ここまでは、レーダーのLPI/LPD化という前提で書いてきた。しかし、ことにスペクトラム拡散通信は、レーダーだけでなく無線通信に応用してもよい。実際、先に述べたように民生用の通信でもスペクトラム拡散通信を利用している事例があるし、軍用でも同様である。

F-35はMADL(Multifunction Advanced Data Link)という高速データリンク機能を備えていて、F-35同士で情報共有可能なネットワークを構築しているが、これが敵に傍受されたのでは身も蓋もなくなる。だから、詳しい内容は当然ながら秘匿事項だが、MADLはLPI/LPD化の手法を取り入れているはずだ。

F-35同士はそれで解決するが、F-35と他の機体、あるいは陸上の管制システムや艦艇の間でデータを共有する場合にはどうするか、という問題が指摘されている。ひとつの解決策として、MADLとその他のデータリンクの中継を行うゲートウェイを備えた飛行機を飛ばす手が考えられている。

F-35同士、それとF-35とゲートウェイ機の間では秘匿性が高いMADLを使い、ゲートウェイ機とその他のプラットフォームの間は従来型のデータリンクを使う。こうすれば、F-35はMADLの送受信だけ行っていれば済む。どのみち非ステルス機はレーダーに映るのだから、データリンクの秘匿性だけ気にしても始まらない。