世界保健機関(WHO)により、スマホなどのゲームにはまりこみ、日常生活に支障をきたす依存症「ゲーム障害」が国際的に疾患として認定されたそうだ。

昔から「ネトゲ廃人」というような言葉はあったが、それが今回正式に「病気」ということになったのである。

これを聞いて「オレのことかも~」などと思ってしまったあなたは、ゲーム依存ではなく、自分にキャラがないから、一番簡単そうな非リア充系を気取ろうとしている普通の人だ。

疾患というのは、骨が折れている、内臓が破裂している、熱が52度ある、首から上を忘れて来た、などわかりやすいものだけではない。特に依存症は線引きが難しい。

大酒飲みとアルコール依存症、セックス依存症とただのドスケベ氏の区別が難しいように、どこまでがゲーマーで、どこからがゲーム障害かは意見のわかれるところである。それは診察により判断していくのだろうが、一応定義は「日常生活に支障をきたしている」という点だ。

つまりゲーム障害は、ゲームが生活の最優先になっている状態のことである。

どこまで行けばゲーム障害?

ソシャゲをやる人なら一度くらい、仕事中に気がついたらスマホをいじってしまっていたり、デートなどコミュニケーションをとるべき人が目の前にいるにも係らず、それを無視してゲームをしてしまったり、ランチに誘われた時「おいおい、体力が溢れちまうだろうが、周回をさせろよ」と思ってしまったりしたことがあるのではないだろうか。

それは危険信号ではあるが、まだゲーム障害とは言えず、障害レベルとなると、そもそも学校や会社には行っていない場合が多いという。何故ならそんな時間は全て「無駄」であり、学校や会社に行く暇があったらゲームをすべきだと本人は考えているからだ。

だが、会社や学校に行っていなくても、寝たり飯を食っているようではまだ青い。まして便所に行くような恥知らずにはとても「廃人」の称号は与えられない、という意見がゲーム廃人界にはあるようだ。

便所に行かないならどうするかというと、ペットボトルに貯める「ペットボトラー」、さらに上になると「オムツァー」になる。一般的に見ればどうかしているのだが、廃人界では「カイザー」に位置する栄誉なのだろう。

このように、ゲームが第一になり過ぎて、常識が通じなくなってしまっているのも「ゲーム障害」の症状の一つである。

ゲームを奪えば良いじゃないか、と思うかもしれないが、ゲーム障害の人間からすると、ゲームを奪おうとする人間というのは、その価値もわかってないくせに宝を奪おうとする「賊」と同じである。当然、「暴力」も辞さない覚悟で宝を守る「聖戦」が始まってしまうのだ。

深刻な実害につながることも

実際に、ゲーム障害になった家族による家庭内暴力も大きな問題になっている。

確かに私も今「Fate/Grand Order」のデータを消されたら、包丁を持った築地魚河岸三代目みたいになることは確実である。価値観が大きく変わってしまっているため、周りがどう言っても耳を貸さない場合が多いのだ。

またゲーム障害は、生活や精神だけではなく、肉体にも影響を及ぼす。睡眠や食事をとらないことで、健康を害するのはもちろん、脳の働きや視力、運動能力も低下する。さらに長時間座りっぱなしになるため、肺塞栓やエコノミー症候群で、急死するという事例も海外では起こっているそうだ。

また、最近のゲームにはご存じ「ガチャ」があるため、そこにハマると、金銭的問題を引き起こすこともある。

たかが「ゲーム」と思う方もいるだろうが、起こる問題は、薬物やアルコールに負けず劣らず深刻なのだ。そして、ゲーム障害の恐ろしいところは、若年者ほど陥りやすいという点である。

脳も体もこれ以上成長することがなく、むしろ退化する一方の中年が、さらに脳や体を破壊しようとも、大した問題ではないかもしれないが、これから成長する子どもとなるとどうだろう。子どもがゲーム依存になると、「体は子ども脳は高齢者」という、ダメなコナンが各地で爆誕することとなり、日本の未来はさらに暗澹たるものになっていく。

よって、疾患と認定されたことを機に、治療が必要な者は治療をしていくべきなのだが、多くの依存症がそうであるように、本人が依存症であることを認めないと治療のしようがない。一時的にゲームから無理やり切り離したところで、本人の自覚がなければ、退院後また戻るのは目に見えている。

アルコールやギャンブル依存の場合、体調不良や金銭的困窮でどうにもならなくなる「底つき」を体験することで治療に向かう事例もあるそうで、それまで周囲のものは「放っておく」場合もあるそうだ。

しかし前述通りゲーム依存は若年者が陥りやすい、という所がそれらと大きく異なる問題だ。未成年をどうにもならないところまで放置してしまったら、大人よりも取り返しがつかなくなる恐れがある。

今こそ、名人の「あの言葉」を心に刻む

「ゲームは一日一時間」

どうせ、大人になったら無制限にやるに決まっているのに、子ども時代にそれを守らせることに何の意味があるのかと思った時もあったが、クソ中年と子どもの時間は重要性が違うのだ。

ゲーム障害になるのは、脳がちょっと欠けても目立たず、大した未来もない中年になってからでも遅くない。若いうちはやめておこう。