Suicaのキャラクターの変更が発表され大騒ぎになった。

大騒ぎになったと言っても、そもそもSuicaは全国区ではない。

Suica関連の何かがあるたびに「これは天下の一大事」と騒ぐ者に対し、最寄り駅が「無人」の精鋭たちは「これだから都会者は、自分たちの使っているものが「ローカル」とは夢にも思ってやしねえ、まあ日高屋を全国区だと思ってる連中よりはマシだが」と、煙管の煙をぶっかける。

Suica圏はかなり広くはあるが、それでも関係ないところは関係ない。

よってSuicaが残金不足で電流が走るシステムになると発表されても関係ないどころか「残金によって電圧を上げたり下げたりしよう」と軽率な新アイディアを出したくなる。

しかし、Suica自体には全く関係がなくても、Suicaのキャラクターである「ペンギン」が好きな人は全国にいるため、このキャラクター変更発表は、全国的に大騒ぎと言っていいかもしれない。

確かに私もSuica自体には無縁の地に住んでいるが、あのペソギソのことは憎からず思っていた。

良く見なくても目が完全に死んでいるのに、全体的に見て愛らしいというあの造形はタダ者ではない。

確かにどんな人気シリーズでも長く続けば倦怠期が訪れる、そこで「主人公交代」など大きなテコ入れがされることはある。

これは危険な賭けであり、成功することもあるが、一層の顧客離れを起こすことも多い。

ただあのペソギソに中だるみを感じているという人には会ったことがないし、そもそも「マスコットに飽きてきたからSuica使うのをやめる」という奴もいないだろう。

せんとくんですら降板していないのに、あのペソギソを降ろす狙いはなんなのか。

文字通り「Suicaの顔」だったペンギン、実は専用キャラではなかった

  • Suicaのペンギンの空白を埋められるだけの大型新人に期待…

    Suicaのペンギンの空白を埋められるだけの大型新人に期待…

JR曰くSuicaの中長期拡大計画「Suica Renaissance」として2026年秋からコード決済やチャージ上限の2万から30万にするなどの刷新を行うため、それに合わせてキャラクターも新しくしたい、とのことだ。

だが、識者はそれを「音楽性の違いによる脱退」レベルの建前と予想している。

サソリオのキャラたちが「卒業」した時も言われていたが、キャラクター変更の陰には常に「権利」の問題があるという。

たとえ企業のマスコットキャラであったとしても、その権利はキャラをデザインした人が持っている場合もある。

特にSuicaのペソギソはSuicaのために作られたキャラではないらしく、元々イラストレーターの坂崎千春さんの絵本「ペンギンゴコロ」を見た電通の担当者が「Suicaのキャラクターに使わせてほしい」と依頼したのが経緯だそうだ。

ペソギソと対照的に全国的に「何かいけ好かない」と思われている電通だが、あのペソギソを発掘して抜擢したのは慧眼である。

権利面や、その後の扱いやすさを考えると最悪のチョイスとも言えるのだが、そんなことは考えない、電通社員の癖に邪気がない担当者のおかげで、あのペソギソがSuicaのキャラとして世に出て25年も親しまれたと言える。

しかし、権利が作者、JR東、電通にある状態では、JR東としては「キャラクター展開がやりづらい」のが正直なところで、拡大計画を建前に、自社が権利を持つキャラクターに変えようとしている、というのが真実だと目されている。

だが、自社キャラに刷新し、大展開させようと思っても、そのキャラ自体がウケなければ意味がない。

人でもキャラでも、長年親しまれたものからの交代は厳しい目で見られるものである、『龍が如く』も主役交代が発表された時は「終わった」と言われたが、見ての通り全然終わっていない。

そもそも「新キャラが受け入れらずにSuica終了」になる類のものでもないので、よほどでなければ新キャラも長い時間をかけて定着していくのではないかと思われる。

それに、Suicaのペンギン卒業に対する大きな反発は、どこにでもいる「終了が決まってから嘆く奴」の一時的反応であり、平時はただの決済システムのキャラのことなどそこまで気にしていないという意見もある。

ちなみに私は無人駅圏内の人間だが、年に何度か東京に行くので一応アプリ版のSuicaは入れている。

そのアイコンがまずペソギソのツラなのだ。

そして立ち上げ画面にペソギソが現れ、さらに「Suica」のSの前にペンギンのツラが配置されている画面になった。

一瞬ペンギンのツラをアルファベットに見立てて「Suica」と読ませようとしているのかと思ったが、Suicaのロゴの前にペソギソの生首が意味もなく置かれているだけだった。

意味があるとしたら「この方がカワイイから」だろう。

年に数回しか使わない私でさえこれなのだから、日常的に使っている人が「ペソギソの消失を気にしない」というのは無理なのではないか。

逆に、権利の問題であろうとも、これだけ文字通り「顔」にしてしまっているペソギソを手放す決意をしたJR東も度胸がある。

そんなJR東が、どんな新しい顔を出してくるか、無人駅の住人としても注目していきたいところだ。