「パティシエさんとお嬢さん」が、実写化により若干焦げてしまったようである。
「パティシエさんとお嬢さん」というのは、パティシエの青年とその客であるお嬢さんとのラブコメディ漫画で、もとはアマチュア作品だったがツイッターでバズり書籍化、そして今回実写化に至った人気作品である。
私は基本的に売れている漫画が嫌いであり、担当がコラムのテーマに売れている漫画を入れてきた時点で往復ビンタの復路に入っている。
現役漫画家が伝授する、顔色がゲーミング化する話題の振り方
前に進撃の巨人やコナンの話題を平気で出していたじゃないかと思うかもしれないが、それは我々(巨大主語)に対する認識不足だ。
我々嫉み(ねたみ)が強い底辺作家たち(クソデカ主語)は、進撃やコナンなど天文学的に売れている作品に対してはあまり嫉妬しないのである。
よって、鬼滅や呪術の話をされても割と涼しい顔だし、むしろ「今はとりあえず全集中しとけば笑いがとれる」と、積極的におこぼれを拾いに行っている。
ちなみに呪術は何集中なのだろうか、すでにタッパーの準備はしているので教えてほしい。
しかし東京卍リベンジャーズの話題までは正常だった顔色も、「1クールだけ深夜帯でアニメ化、もしくは新人俳優を使って実写化するぐらいの大人気作品」の話になると途端にサーモグラフィ化する。
作家のみならず、嫉みが強い人間が怒りだすのは、雲の上の人の話ではなく「自分だってちょっと運が良ければそのポジションにいけたはず」と勘違いできるレベルの成功者の話なのである。
特に「ツイッターのバズから人気に火が着いた」に対してはメロスのように敏感だ。
何故なら「楽して上手い事やりやがった」というイメージがあるからだ、YouTuberを異常に敵視している人もこのタイプが多い。
よって、そういう人間の顔色をグラデーション化して遊びたいときは、そのラインを狙って話題を振っていくといい。
パティシエさんとお嬢さんはその基準にかなり当てはまっており、本来ならすでに顔が七色に点滅するゲーミングカレー沢になっているところだが、実は私はパティシエさんとお嬢さんの単行本を購入している。
何故かと言うと、ツイッターで見かけて「他人の単行本売上には1部たりとも貢献したくない」という鋼の意志を越えて良いと思ったからである。
パティシエさんとお嬢さんは前述の通りパティシエの青年と客のお嬢さんとのラブコメなのだが、お互いがお互いのことを意識しまくっているが、2人とも奥手でなかなか進展しない。かといって2人を引き裂く様な人間が現れたり、事件が起きたりすることもなく、周囲の人間も善人ばかりである。
ツイッターに現れる明日カノのバナーをクリックしないと発作が起きるタイプには物足りないかもしれないが、「アニメは『刀剣乱舞-花丸-』が限界」でおなじみの胃の弱いタイプにとってはしみじみ「いい」作品なのである。
原作ファンが見ているのは「原作準拠」だけじゃない
そんな良作から何故なぜ煙が出てしまったかというと、問題は「キャスト」だ。パティシエさんとお嬢さんは、パティシエとお嬢さんのビジュアルが結構特徴的なのである。
お嬢さんはケーキが大好きでかなりのぽっちゃり体型、そしてパティシエは金髪マッチョ、というと「マッチョと呼んでいいのはビスケット・オリバから勢」の方に必ずお叱りを受けるので安易にそうは言えないが、がっしり体型なのは確かだ。
昨今の女性向け恋愛漫画でよく見られる、細身のイケメンと、「作中では『普通の地味な女』という設定だが読者から見ればどう見ても美女」の構図とは一線を画しており、本作が多くの人の目を引いた一因と言っても良いかも知れない。
だが実写版では、お嬢さん役がスレンダーな美女になっており、それが原作ファンの怒りを買ったようだ。
3次元の人間が2次元のキャラを演じるという時点で無理があり、実写化自体に批判的な人もいるのだが、それでも「巨人すら諦めて帰る『次元の壁』を超えようと努力した痕跡」さえあれば、実写化反対派の顔もそこまでゲーミング化しない。
だが、逆に「最初から寄せる気がないキャスト」を見せられたときの悲しみは深い。
しかし、パティシエさんとお嬢さんにおいて、キャラクターの体型改変が作品の根底を揺るがす大問題かというと必ずしもそうではない。
なぜなら、お嬢さんは確かにぽっちゃりなのだが、それに関して言及される部分はあまりないのである。
お嬢さんが自分の体型に過剰なコンプレックスを感じている描写はないし、パティシエはもちろん、周囲の人間もそれに言及することはない。
キャラクターの容姿が割と特徴的だが、作中では容姿が重要な要素でないため、お嬢さんをスレンダーにしてしまったら、話が破綻するというわけではないのだ。
むしろ、ヒロインがポッチャリだったらヒロインはそこに悩むべきで、周囲もそれを指摘し、男は「体型なんか関係ない内面が大事」などとわざわざ言わなければならない作品が多かったなかで、「そもそもそんなの誰も気にしてねえ」という世界観を描ききった意味でも、やはりパティシエとお嬢さんは良作である。
しかし、容姿が物語上のキーを握っている作品ではないと言っても、キャラクターのビジュアルというのは大事である。
原作ファンはお嬢さんのあの体型込みでカワイイと思っていただろうし、作者もお嬢さんのぽっちゃり描写にはこだわりがあったらしいので、そこを本筋に関係ないからと言って無視するのは、原作と原作者、原作ファンに対するリスペクトがないという批判につながっても仕方がない。
努力が褒められるのは義務教育までというが、意外とオタクや原作ファンというのは「原作に対するリスペクトと、「実写化というコケるの前提みたいなジャンルの中で、何とか成功させようとする努力」の方を重要視していたりする。
映画『デビルマン』がここまで愛されているのも、「手を抜いたからああなった」ではなく「努力した結果、ああなってしまった」ということがちゃんと視聴者に伝わっているからだろう。
【お詫びと訂正】初出時、文中の作品名に誤りがありました。ご迷惑をお掛けした読者の皆様、ならびに関係各位に深くお詫び申し上げます。(2021年12月6日 17:11)