新型コロナウイルスというものがこの世にあらわれてから早1年半、さすがにもう今の生活に飽きた、我慢の限界だ、と言っている人も多い。

それに対し自分も「完全にdo感だわ」みたいな顔で頷きはするのだが、何故か自然に顎がしゃくれてくるため、「それほど思ってないな」とバレている気はする。

実際今の生活に我慢の限界かというと、そもそも何も我慢していないし、正直今の状況が「元に戻る」のは惜しいとすら思っている。

まだコロナに罹ってほしい奴が2、3人残っている、というわけではない。ウイルスの脅威自体は一刻も早く去ってほしいと思っているが、現在の「家から出るな、人に会うな」という風潮は、ひきこもりのコミュ症にとっては割と生きやすい環境なのだ。

去年、我が家は「町内会役員」というトムも降板するレベルのミッション:インポッシブルを課せられたのだが、幸か不幸かコロナウイルス全盛年だったため、会合のようなものはほとんど開かれなかった。

もうこれだけで、コミュ症にとって2兆円規模の経済効果がある。むしろ、何故今まで集まっていたのか不思議なぐらいだ。

また、人に会わないための、もっともらしい理由ができたのも大きい。コロナ以前から、極力人には会わないようにしていたが、あまりにも対面での打ち合わせを避け続けるのは不自然であり、その内集落の大魔王バーンみたいな存在として気味悪がられてしまう。

それが「コロナ対策」の一言で済んでしまうのは画期的と言う他ない。ちなみに東京への打ち合わせも1年以上行っていないが、「田舎」「一族郎党同集落」と言えば「それは無理ですね」と言ってもらえるし、どんなに鈍い人でも「村八分」と言えば理解してもらえる。

だが、これはコロナを口実にしているわけではなく、親族に上京を止められているのも村八分もマジなのだ。

つまりコロナ生活は、ひきこもりコミュ症にとって、自然かつ嘘をつかずに人に会わなくて済む優しい世界なのである。

コロナ禍で進んだデジタル化、そんな中あのロボットは…

このように、世の中全体が「人と直接会わないことを推奨」しはじめたため、それに伴いZoomなど、直接会わずに事を為すツールも急速に広まった。

正直、コロナがなければ書類のデジタル化もリモートワークももっと遅れ、日本のオフィスは未だにファックスの紙詰まりで全てが停滞し、上長の印鑑漏れで全てがとん挫する世界観のままだっただろう。

また、人と接触するのが良くないのなら、いっそ人じゃないものに対応させれば良いのだ、という考えも当然広まった。

つまり、コロナは「ロボット」の普及も促進させたのである。実際コロナを機に、清掃や給仕をロボットにさせるようにした企業や店舗もあるようだ。

そんな追い風が吹く中、ソフトバンクの人型ロボット「Pepper(ペッパー)」が生産を停止していることが明らかになった。

老婆扱いされることを恐れずに言うなら「ズコー」であり、向かい風すぎてTMレボリューションみたいになっている。

コロナ対策として、入口の対応をロボットにやらせる店舗は増えたであろうから、ペッパーの需要も増したと思っていたが、そんなことはなかったようだ。今いる機体は引き続き使えるらしいが、事業として調子が良くないのは確かだ。

「ロボット慣れ」してない人類にPepper君は早すぎた…?

  • Pepper君の目、何とも言えない「圧」を感じますね…

    Pepper君の目、何とも言えない「圧」を感じますね…

確かにブームは去った。というかブームになったのかさえ定かではないが、セグウェイのようにまだ生産されていたことを驚かれるほどのレベルではなく、コロナの影響で機械対応が進んでいるであろう今、このニュースは意外ですらある。

だが、機械対応に関しては「別にペッパーじゃなくてもいい」の一言で済んでしまったようである。

そもそもペッパーは登場時から、もし上司に「これうちの娘」と写真を見せられたら、「個性的ですね」としか言えないビジュアルをしていた。もちろんペッパーをカワイイと感じる人もいるとは思うが、好みが別れることは否めない。

合コンであれば、好事家が来ることをワンチャン狙って連れて行っても良い逸材だが、寿司屋の受付など老若男女不特定多数の人間に対応するなら、何の感情も抱かせない無機質なタッチパネルの方が無難である。

当然、タッチパネルに特別な感情を抱く方もいるとは思うが、ペッパー以上に感情に訴えかけてくるタッチパネルというのはそうそうないはずだ。

何故ペッパーが生産停止になったのか。ウィキペディアを見てみたところ、2014年に感情を認識する人型ロボットとして話題となり、店頭での接客やプロモーションに使う企業も増え注目されたが、ショッキングなビジュアルに人々の目が慣れてしまい、端末としての性能やコスパもそこまで良くないということで、徐々に廃れていったようである。

セグウェイのページに比べると至って簡素であり、「大統領の父親が転倒しかける」、「セグウェイを買収した実業家がセグウェイに乗って事故死」という特筆するようなエピソードは何も書かれておらず、むしろセグウェイのページを編さんした人間の執念が怖くなってきた。

ペッパーの見た目や性能の問題もあったかもしれないが、彼の活躍の場がそこまで広がらなかったのは、我々がまだ「ロボット」という存在に慣れていないこともあるだろう。ペッパーくんだけではなく、コミュニケーションを目的とした人型ロボットの映像を見ると、「不気味」と感じることの方が多く、「まだ人間の方がいい」と思ってしまうのだ。

ドラえもんを筆頭に、我々は幼少のころから漫画やアニメ内でロボットという存在に慣れているはずだったが、いざドラえもんが本当に机の引き出しから現れたら、第一印象は「目が怖い」なのかもしれない。