「1本の矢は折れやすいが、3本束ねると折れにくい」――。

戦国大名・毛利元就は今際の際、3人の息子に対し、このたとえを通じて、3人力を合わせて毛利家を繁栄させよと説いたとされる。

それから約400年が経った今日、同じ考えによって造られた巨大な火の矢が、電気で動く籠を天の世界へと打ち上げた。

米宇宙企業スペースXは2018年2月7日、新型の超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」の初打ち上げに成功。同社CEOイーロン・マスク氏の愛車、赤い「テスラ・ロードスター」を、火星の公転軌道を越える惑星間軌道に投入した。ロードスターは人工惑星となって、何万年も太陽系をまわり続ける。

同じロケットを3機束ねたような、壮大な姿をしたファルコン・ヘヴィは、現役のロケットの中で最も強大な打ち上げ能力をもつ。この超大型ロケットで、スペースXは、そしてマスク氏は、いったいなにをしようとしているのだろうか。

本連載の第1回となる今回はファルコン・ヘヴィの特徴や性能、そして開発の顛末について解説する。

  • 世界最強のロケット「ファルコン・ヘヴィ」の打ち上げ

    世界最強のロケット「ファルコン・ヘヴィ」の打ち上げ (C) SpaceX

超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」

ファルコン・ヘヴィ(Falcon Heavy)は、スペースX(spaceX)が開発した超大型ロケットである。

"ヘヴィ"と冠していることからわかるように、全長70m、幅12.2m、打ち上げ時の質量は1420トンと、現役ロケットの中でトップクラスの大きさをもつ。

なによりも圧倒的なのは、その巨体が生み出す打ち上げ能力である。国際宇宙ステーションなどが回る地球低軌道に最大63.8トン、通信衛星などが打ち上げられる静止トランスファー軌道には最大26.7トンもの衛星を打ち上げられる。

もちろん火星や冥王星などへも大きな打ち上げ能力をもち、超大型の衛星から探査機まで、なんでも打ち上げることを可能としている。

この性能は、これまで現役のロケットの中で最強だった、米国の「デルタIVヘヴィ」(Delta IV Heavy)の3倍近くにもなる。過去には、人を月へ送った「サターンV」などが低軌道に約100トンの打ち上げ能力をもっていたが、すでに引退しているため、ファルコン・ヘヴィは「現役最強のロケット」といえる。

そのいっぽうで、打ち上げ価格はデルタIVヘヴィの半額以下と、きわめて安価に抑えられている。

この強大な打ち上げ能力と低価格を実現しているのが、まさに毛利元就の「3本の矢」の考え方である。ファルコン・ヘヴィは、スペースXの主力大型ロケット「ファルコン9」(Falcon 9)を中心に、その両側にさらにファルコン9の第1段を装着する、いうなればファルコン9を3機合体させることで、超大型ロケットに仕立てているのである。

超大型ロケットを1から新たに開発しようとすると、多くのコストがかかり、また開発が失敗するリスクもともなう。打ち上げごとの製造コストも莫大なものになる。しかし既存のロケットを組み合わせて造れば、コストもリスクも、そして打ち上げ費も、簡単に抑えられる――はずだった。

ところが、実際にはことはそう単純には運ばず、ファルコン・ヘヴィの開発は困難をきわめた。

  • ファルコン・ヘヴィは、ファルコン9を3機合体させるようにして造られている

    ファルコン・ヘヴィは、ファルコン9を3機合体させるようにして造られている (C) SpaceX

ファルコン・ヘヴィの受難

ファルコン・ヘヴィの開発構想は、2011年4月にマスク氏自身の口から明らかにされた。このとき、初打ち上げは2013年に予定していると語られた。ところが実際には約5年も遅れることになった。

なぜ、開発が遅れたのか。そこには、ファルコン・ヘヴィの最大の特徴でもある「ファルコン9を3機束ねる」ことの難しさがあった。

マスク氏は講演などを通じて、「最初は、ファルコン9の第1段をブースターとして使うのは簡単だと考えていました。しかし、それは甘すぎる考えでした」、「3回も開発を諦めようとしたほどです」と、その開発の難しさについて語っている。

  • ファルコン・ヘヴィの開発の難しさについて語る、スペースXのイーロン・マスクCEO

    ファルコン・ヘヴィの開発の難しさについて語る、スペースXのイーロン・マスクCEO(左) (C) CASIS

機体が3機並ぶと、空力特性や、マックスQと呼ばれる飛行中に最も負荷がかかる領域、さらに音速を超える領域なども、ファルコン9から大きく変化する。さらに、中央にある機体(センター・コア)には、両側のブースターから負荷が押し寄せる。

また、ファルコン9はもともと9基のロケットエンジンをもつ。それが3機並ぶということは、エンジン数は27基にもなる。エンジン数が3倍になることで、振動や音響も3倍になる。

こうした問題から、開発が難航しただけでなく、とくにセンター・コアについてはファルコン9の流用ではなく、新規設計に近いほどの大幅な改修が必要になったという。つまり、「ファルコン9を(そのまま)3機束ねる」という当初のコンセプトは破綻した。

  • ファルコン9を3機合体させたようなファルコン・ヘヴィは、当然ながらさまざまな環境が変わる

    ファルコン9を3機合体させたようなファルコン・ヘヴィは、当然ながらさまざまな環境が変わる (C) SpaceX

妥協と「ぶっつけ本番」を経て……

くわえて、「クロスフィード」(crossfeed)と呼ばれる、ファルコン・ヘヴィにとって最大の売りとなるはずだったアイディアは先送りされた。

ファルコン・ヘヴィは打ち上げ時、センター・コアと両脇のブースターすべてのロケットエンジンを噴射して飛行する。当初のアイディアでは、両者の推進剤タンクを配管でつなぎ、センター・コアのエンジンはまず、ブースターの推進剤を使って動かすことが考えられていた。そしてブースターの推進剤が空になって分離した後、センター・コアのエンジンは初めて、自身が積んでいる推進剤を使う。

このセンター・コアにブースターから推進剤を送り込めるようにする機能を「クロスフィード」と呼ぶ。これにより、ロケットの効率、打ち上げ能力を大きく高めることができる。

しかし、推進剤を安定して送り込んだり、分離したりする際の難しさから、少なくとも当面は実装されないことになった。

そして、27基ものエンジンに同時に点火し、ロケットを安全に発射台から離昇させ、そして飛行させることも大きな挑戦だった。過去、米国でこれほどの数のエンジンをもつロケットは存在しない。ソ連がかつて開発した「N-1」は30基のエンジンをもつが、打ち上げに成功したことは一度もない。

さらにスペースXは、27基ものエンジンを同時に試験できるような施設をもっていないため、その挙動について、事前に完全に理解することができなかった。もっといえば、ファルコン・ヘヴィのような巨大なロケットがどのように飛ぶのか、ブースターがどのように分離していくのかすら、実際に飛ばしてみなければわからない、いうなれば「ぶっつけ本番」なところもあった。

それでも、ファルコン・ヘヴィの開発費は5億ドルほどだったとされ、これは超大型ロケットの開発費としては桁違いに安い。打ち上げ価格も前述のように、デルタIVヘヴィの3倍近い打ち上げ能力をもちながら、その半額以下に抑えられている。

当初の構想からは変更や遅れはあったものの、ほぼ狙いどおりの性能のまま、同社にとって初の超大型ロケットを完成させたのは、さすがスペースXといえよう。

  • ファルコン9はもともと9基のロケットエンジンをもつため、それが3機合体するということは、エンジン数は27基にもなる

    ファルコン9はもともと9基のロケットエンジンをもつため、それが3機合体するということは、エンジン数は27基にもなる (C) SpaceX

(次回に続く)

参考

Falcon Heavy | SpaceX
Falcon Heavy Demonstration Mission
Falcon Heavy Test Launch | SpaceX
SpaceX successfully debuts Falcon Heavy in demonstration launch from KSC - NASASpaceFlight.com
Falcon Heavy prepares for debut flight as Musk urges caution on expectations - NASASpaceFlight.com

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info