――借金はどれくらいの金額だったのですか?

借金は4,000万円、金利だけで毎月100万になってました。さすがに返せなくなって、会社も変えたんですけど、もう契約が取れなくなってました。営業トークは同じでも、心が「お金欲しい」ってなってると、相手には全部バレるんですよね。月収は最低保障の15万円まで落ちました。

それで、朝6時に借金取りが来るから、部屋の電気を消して、ベランダのパイプをつたって出勤する。人に会うのが怖くなって、どんどん人間関係もなくなっていきました。残ったのは姉と、高校の親友2人だけでした。

――実際に自殺未遂もされたそうですね。

26歳のとき、「どうせ死ぬなら地元で死のう」と思って、14階建ての団地に向かった夜です。そのとき走馬灯のように浮かんできたのは、ウルトラマンのことでした。小さいころ、テレビでウルトラマンを見て「ヒーローになりたい」と思っていた自分を思い出したんです。「俺は金持ちになりたかったんじゃない。人を助けられる人になりたかったんだ」って。

あのとき、「もう一回やり直したい」「今度は自分のためじゃなく、人のために生きよう」と思った。それで足が止まったんです。あの夜が、僕の人生の底でしたね。

――そこから、どうやって再び立ち上がったのでしょうか?

再起を図るために地元大阪を離れて、兄のいる名古屋へ。「もう自分のためには生きない」と決めて、名古屋の若い子たちの話を聞くことから始めました。

最初は僕の小さな部屋に2、3人が集まり、そこで話をするだけでしたが、だんだんビジネスマナーや社会について教えるようになって。口コミで広がり、気づけば500人規模のイベントになるまでになったんです。

親から相談を受けて一緒に企業に頭を下げたり、履歴書の書き方を教えたり。そうして誰かの役に立てるようになり、「人のために生きる」という実感が少しずつ戻ってきました。

――そこから起業へつながっていくのですか?

最初から会社を作ろうなんて思っていませんでした。人の成長を見ているのが面白くて、もっとサポートできることがないかなと思っていたら、だんだん活動が大きくなってしまった。結果として、26歳で今の「株式会社フリースタイル」を立ち上げました。

それから10年以上、人のために働くことだけを考えてやってきたら、気づけば社員300人、売上17億円を超える会社になっていました。

「もう自分のためには生きない」今つらくても「まだやり直せる」

――自己啓発セミナーの失敗を経てお金との向き合い方も変わりましたか?

180度変わりましたね。昔は「稼いだら幸せになれる」と信じていたけど、今はお金は結果でしかないと思っています。誰かの成長を助けることに集中していたら、気づいたら会社も大きくなっていた。逆にお金を目的にすると、人も成果も離れていくということを身をもって学びました。

――最後に、同じように「お金」に振り回されそうな人へ伝えたいことは?

お金は必要ですけど、それだけを追いかけても幸せにはなれません。借金4000万までして気づいたのは、お金がなくなったときに本当に残るのは、人とのつながりだけだということです。

失敗しても、そこからどう立ち上がるかで人生は変わります。僕も一度は終わりかけたけど、「人のために生きよう」と思ってから道が開けました。

これを読んでいる人の中で、今つらい人がいるなら、「まだやり直せる」と伝えたいです。どこからでも、何度でも。大事なのは、次に何のために生きるか、です。

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