世界的な大企業なのに、名前を聞いたことがない。しかも、いまやどの家庭にでもある製品を発明したのに…。そんな企業が作ったのは、誘導ミサイルとポップコーン。ってなお話をご紹介いたしますー。

年間売上高2.5兆円。従業員6万人。フォーチュン誌のランキングでは全米で100位くらい。まちがいなく大企業ですな。この会社の特徴としては技術にすごーくシフトをした会社でして、従業員の大半が科学者か技術者でございます。しかも、開発した製品には、どこの家庭にでもあるものもあり、カタイ顧客もいる。それは…防衛産業の会社、「レイセオン(RaytheonCompany)」でございます。

レイセオン社の製品で有名なのは…パトリオット、トマホーク、サイドワインダー…つまり誘導ミサイルでございますな。また、最近ではミサイル防衛のためのXバンドレーダーってのがニュースに登場します。また、米国の軍用機のレーダーのほとんどをこの会社が作っております。そう、カタイ顧客というのは、米軍にほかなりません。

レイセオン社は1922年に誕生した歴史ある会社ですが、この会社を大きくしたのは、レーダーの開発です。レーダーにはマイクロ波という電波を発生させる部品「マグネトロン」が欠かせません。マイクロ波を空中に照射し、跳ね返ってくる強さや時間差を調べることで、空中にある物体を探知する。まあ、飛んでくる飛行機やミサイルを探知するってなわけですな。

電波にはいろいろあって、自動車の衝突防止にはミリ波が使われておりますが、これは雨や空気で減衰しやすいので、近距離にしか使えません。

一方で、ラジオ用の電波(短波、中波)などは減衰しにくいのですが、直進性がよわく、電波のやってくる方向があいまいにしかわかりません。

ミリ波と短波の間の性質を持つ、マイクロ波は、雨や空気の影響が少なく、遠くまで届き、直進性があると、まさにレーダーや通信に適した性質を持ったものなのでございます。ただ、マイクロ波は作るのが難しかったのでございますな。

そのマイクロ波を強力に作れるマグネトロンは1920年ごろに米国のアルバート・ハルによって発明されました。電気と磁石を組み合わせ、一部に熱を加えて電流を発生させるという複雑な組み合わせで、強力かつ整った(専門用語ではコヒーレントな、なぞといいます)マイクロ波を発生させることができるようになったのです。

ただ、初期のマグネトロンは、実用的な電波を発生できませんでした。それを、実用化したのは、なーんと日本の科学者です。岡部金治郎という、わー、明治の日本人!って感じの方ですな。東北帝国大学の研究員としてハルのマグネトロンで実験をしているときに、画期的な改良方法に気がついたのですな。1927年、つまり昭和2年にこれを発表すると、世界的に話題になったそうです。また、当時、東北帝国大学には、八木秀次という先生がいて、岡部さんの恩師でした。八木さんは、テレビアンテナに使われている八木・宇田アンテナを発明しています。軽く、簡単に作れるのに感度が高いという、非常にすぐれたアンテナですな。さらに強力な磁石の製造法も、このころ東北帝国大学の本多光太郎さんが発明しています。この人結婚式の当日も実験していて式を忘れたという変人です。まあ、そろうときはそろうものですな。

この八木・宇田アンテナ+実用マグネトロン+応用=実用的なレーダーでございます。つまり、日本はレーダーの発明国…になれなかったのですな。基礎技術としてはおもしろい…で終わっちゃったのです。まあ、八木さんは、その後、大阪帝国大学に移り、湯川秀樹を叱咤激励し、日本初のノーベル賞を受賞する研究成果を出させたのですから、いろいろでございます。

さて、レーダーですが、最初に実用化したのは、英国でございます。マイクロ波ではなく超短波を使ったものでございました。1935年頃にメドがつき、1940年代には、第二次世界大戦でナチスドイツの爆撃機を探知し、効果的な迎撃に活躍、英国を勝利に導きました。このころには、世界初のコンピュータ(暗号解読器)も誕生していて、なかなかおもしろいのですが、まあ、またの機会にでございます。

レーダーが役に立つとなると、高度化が進みます。まず八木・宇田アンテナが採用されました。これで感度があがります。つまり、遠くまで、あるいは小さなものでも探知できるようになるってことですね。また軽量化もできるようになり、飛行機にレーダーをつめるようになります。続いて、マイクロ波を使うことで、分解能があがります。どの方向かがよりクッキリハッキリ分かるようになるわけです。

ただ、マグネトロンの製造はなかなか難しく、安定もしなかったので、使い物になるのに苦労したのでございますな。

そこに登場したのが、米国のレイセオン社でございます。英国と共同でマグネトロンの製造に着手、その大量生産技術を確立したんですな。ということで、大量のレーダーを製造できるようになった英米は、敵(つまり日本とドイツですけど)の場所を早く探知し、待ち伏せ、待避などをヒッジョーに効率良くやれるようになって、徹底的に敵(つまり日本とドイツ)を完膚無きまでに打ち負かしたわけです(国力の差もあったでしょ、とかまあ、そういうことはわかってますって、それが言いたいわけじゃないんですよー)。

さて、そうして戦争が終わると、レイセオン社は…マグネトロンの生産ラインが浮きます。大量の不良在庫を抱えることになっちゃったのですな。ところが、レイセオンには変人がいました。パーシー・スペンサーがその人で、マグネトロンの実験をしているときに、ポケットに入れてたキャンディーが溶けたことに気がついたのですね。彼がエライのは「あー、ちくちょ」で終わらさずに「ん? これマグネトロンのせいじゃね?」、「考えてみれば、マイクロ波を当てたら、モノが熱くなるんじゃね?」と気がついたところなんですねー。

そしてやってみたのが、ポップコーンの実験でございます。アメリカの大恐慌のさいにも、値段があがらなくて庶民の味方だったポップコーン。爆裂種というトウモロコシを加熱すればできるポップコーン。火であぶるんじゃなくて、マイクロ波をあてると、あら、できるできる。

かくして、レイセオン社は電子レンジを発明し、アメリカではポップコーンは電子レンジで作るモノになり。同じ電子レンジを大量に購入したのが、日本の新幹線だったという。こういうお話でございます。なお、電子レンジの小型軽量化に成功したのは、マグネトロンを小型化した新日本無線とそれを採用した松下電器産業、シャープでございます。その日本の電子レンジが、米国に大量輸出。米国のポップコーンは日本の電子レンジが作ることなったのですなー。

禍福はあざなえる縄のごとし。でございます。

レイセオン社が提供する艦対空ミサイルの1つ「スタンダードミサイル-3(SM-3)」 (出典:レイセオン社Webサイト)

著者プロフィール

東明六郎(しののめろくろう)
科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。