日立グローバルライフソリューションズが2023年10月に発売したビルトインタイプのIHクッキングヒーター「火加減マイスター」シリーズの最新モデル。グリル内にカメラを搭載し、操作部のカラータッチ液晶画面で調理の様子をリアルタイムに表示できるなど、前代未聞の技術を搭載した最先端のIHクッキングヒーターだ。本製品の企画・開発やデザインに携わった3人の担当者に、発売に至った経緯をはじめ、開発過程における秘話などを訊ねた。

  • グリル部にカメラと操作部にカラータッチ液晶を搭載した業界初のIHクッキングヒーター、日立グローバルライフソリューションズの「火加減マイスター」

    グリル部にカメラと操作部にカラータッチ液晶を搭載した業界初のIHクッキングヒーター、日立グローバルライフソリューションズの「火加減マイスター」

設計を担当した、同社ホームソリューション事業部 生活家電本部 第三設計部 技師の関 真人氏によると、カメラの搭載が提案されたのは3年ほど前。「ニーズ自体ももともとあったのですが、近年のビルトインタイプのIHクッキングヒーター市場において、他社さんからも尖った商品やいろいろなコンセプトのものが出てくる中で、弊社もそうした何かアピールできる特徴的なものができないか? と考え、1つの案としてカメラが挙がりました。ただ、これまでにないものなので、通信する仕組みをはじめ、どうやれば映るのかといったシステム的な製品の構造をまずは下調べすることから始まりました。カメラ自体もいろいろなものがあるので、どういうカメラが適しているのかといったことも1つ1つ調べながらやっていましたので、本格的な開発に着手するまでは時間を要しました」

カラータッチ液晶の搭載は、カメラと並行して別途検討された。カラータッチ液晶を担当した、同事業部 環境機器事業本部 環境機器商品企画部 主任技師の北嶋正氏は「IHクッキングヒーターは年々新しい機能やメニューを搭載して便利になっているのですが、ユーザーの方に実はあまり使っていただいていないという実態もありました。そこでもっと使っていただくためには操作性を格段に進化させなければならないとなり、カラータッチ液晶を搭載したら圧倒的に向上できて一気に解決できるから思い切ってやってみようとなりました。カラータッチ液晶自体は既にオーブンレンジで搭載していましたので、カメラよりも素早く開発が進みました」と話す。

  • グリル庫内の構造。左側面にカメラユニットを搭載する

  • グリル庫内で調理中の様子をトッププレートのカラータッチ液晶画面にリアルタイムで表示する

そうして、それぞれ別にプロジェクトが進んでいたグリルカメラとカラータッチ液晶の開発は、2年ほど前からは一体となって進んだ。関氏は「両方搭載できれば一石二鳥じゃない! とある時期に合致して、めざすべき路線が一緒になりました。そこからは、搭載する液晶に対応できるカメラの通信機能は何が適切なのかなど、より具体的な方向に進み、開発の加速度も一気に上がっていきましたね」と、振り返った。

とはいえ、IHクッキングヒーターのグリル部にカメラを搭載するという前代未聞の技術だ。それだけに、その後の開発過程においては難題だらけであったことは、素人目にも想像に難くない。関氏は、特に苦労したポイントとしてまずは“カメラの選定”を挙げた。

「前年モデルでグリル部を大きく変更しているのですが、その時からカメラ用のスペースをどのくらい取れるかっていうところを同時に考えて開発していました。前年モデルからグリルにフライパンを入れて調理できるようにしたのですが、庫内サイズを小さくすると使えるフライパンがかなり制限されてしまいます。カメラを入れるスペースを取るためにグリルを小さくするわけにはいきませんから、その制約からカメラ用に使えるスペースはざっくり30mm程度。カメラ本体のサイズの選定条件としては15mmくらいになります。通常のカメラは40~50℃程度の耐熱性しかないのですが、実際にグリルに内蔵するといくら庫内を冷やしても85℃ぐらいの耐熱温度は必要です。液晶と通信して表示するためのインターフェースも必要で、UVCというUSBの通信規格を使うとうまく表示できることがわかり、それらの条件を満たしたカメラを選定しています」

リアルタイムにグリル庫内の映像を操作部の液晶画面に映し出すというこれまでにない機能を実用レベルまで高めるには、さまざまな検証も必要である。初期段階ではただ映し出しただけの映像ではまったく使い物にならなかったそうだ。

「距離が近いかなりの広角レンズなので、歪曲収差で食材がかなり歪んで見えたり、中央が大きく映ってしまうんです。それに加えて、後ろから照明を当てているので、現物とはイメージが違いました。これまでやったことのないことなので難題だらけ。とはいえ、そのまま商品に搭載するわけにはいきませんので、何度もダメ出ししました」(北嶋氏)

「苦労して選定したので使いこなしたかったのですが、歪みに対してはやっぱりダメだよな……と。ソフトウェアでチューニングするにしても、遅延が起きることも考慮する必要がありますし、そのためのシステムを入れなければなりません。解決策としては、耐熱温度やインターフェースの要件に関しての選択肢はなかったのですが、高さだけはもう少し伸ばせそうだとなり、レンズの高さの条件を緩めて歪みの少ないレンズに選定し直しました」(関氏)

  • さまざまな要件をクリアして選定されたカメラモジュール。両側に庫内を照らすLEDライトが搭載されている

グリル庫内には2基のライトが搭載されている。「庫内に照明を入れたことはないですし、どうやってやればいいのかわからないので、とりあえずやってみたものの、初期の段階ではまったくダメで……(笑)。モジュールとしては、構造設計が担当しましたが、カメラは基板ですので基板も確認しなければなりません。USBで通信するのでソフトウェアも結構絡んでくるのですが、みんなわかんないから構造設計で全部やってという感じで(笑)」

レンズをカバーしているガラスは3分割されている。関氏によると、これにも大きな理由があるという。

「最初に検討した際は、部品構成も簡潔ですし、1枚のフラットなガラスで拭きやすいようにしようと考えていました。ところが、実際にやってみると汚れがちょっと付いただけで、そこにライトが当たると反射して見づらくなるのがわかりました。ライトによる反射光がカメラに入ってしまうというのは事前にわかっていたので、最初からカメラ側と仕切りを設けて反射光が入らないようにしていたため、そのままでは問題ありませんでした。ところが、実際に調理をしながら確認する段階で、油がほんのちょっとでも付着すると、左右のLEDの光がカメラの前まで回って汚れに反射して広がり、見づらくなるという現象が判明しました。そこでライトを遮蔽するために、ライト側とカメラ側を分けるようにガラスを3分割にしました。汚れに関しては最初から問題として上がっていましたので、カメラとは別に、ガラスをグリル庫内に取り付けて拭き掃除をする検証をしていたのですが、LEDを実装したかなり後半の段階でわかったので痛恨でしたね。初めての試みで、当時は何が問題かがわかっていなかったので作ってみてやっと問題が出てきたという感じで。今後はシミュレーションなどで確認できるようになると思いますが」

  • カメラでグリル庫内を撮影するイメージ。カメラモジュールのカバーガラスが調理中に汚れてしまう問題は想定していたが、LEDの光が付着物に反射して広がって見づらくなってしまう問題が発生した

  • カバーガラスを3分割にしてLEDとカメラ部分を分けることで、LEDの光の反射の問題を解消した

  • グリル庫内のライブ映像のイメージ

IHクッキングヒーターにカメラと液晶画面を搭載し、グリル庫内の調理中の様子をリアルタイムで確認できるカラータッチ液晶の操作部を採用した、前例のない機能に果敢に挑戦した本製品。次回後編では、操作性へのこだわりと意匠デザインに込めた意図を中心に語ってもらう。

(後編に続く)