バルミューダが2020年11月に発売した「BALMUDA The Cleaner」。家電ベンチャーとして、世の中にある家電の価値を再定義する製品を次々と送り出してきた同社が初めて挑む、掃除機カテゴリーの製品だ。今回はその誕生秘話とタダモノではない機能、デザインへのこだわりについて、3人の担当者を直撃した。
掃除機の「当たり前」を疑うことからスタート
バルミューダ初となる掃除機の開発。寺尾玄社長がオーダーしたのは、「掃除を始める前の心理的な距離を最短にし、運動エネルギーも最小に。それでいて自在に動かせる掃除機」だ。
そのオーダーを元に、開発チームがプロジェクトを開始したのは、2018年ごろ。バルミューダの場合、通常の開発期間は1年程度だというが、今回はコンセプトの練り上げだけで約1年を要したロングプロジェクトだったそうだ。
「最初はクリエイティブ部門のほうでコンセプトメイキングをして、どういう体験ができたらいいかと試作を続け、方向性が固まった段階で開発部門に渡していく流れでした」と、クリエイティブ部でクリーナーの責任者を務める、デザイナーの比嘉一真氏。
開発部門でマネージャーを務める、商品設計部機構設計チームの小久保周氏は、前職では携帯電話、バルミューダ入社後は扇風機、デスクライト、スピーカーと、多様な製品の設計を担当してきた。だが、掃除機についての経験は皆無だったという。「もちろん、中には掃除機の経験者もいます。でも、多くのメンバーが初挑戦で、固定概念がないことが逆によかった部分もあります」と話す。
バルミューダの製品が他と大きく異なるのは、「体験」を大切にしていること。この掃除機も体験ファーストで開発された。
マーケティング部の原賀健史氏は、「今まで当たり前だと思っていた、床に掃除機のヘッドを擦りつける動作自体が不自然で不自由だ、というところから始まったのは印象的でした」と振り返る。「持ち方や動かし方の自由度を広げ、自然でラクにしたい。掃除機をかける体験自体をアップデートしたいという発想を実現させた意味でも、とても画期的な製品になったと思います」と自信を示す。
「体験ファースト」とはいえ、掃除機である以上、しっかりとゴミを取る実用性が担保されていなければならない。そこが、今までにバルミューダが取り組んできた製品とは根本から異なり、開発が難しかった理由でもある。
「クリエイティブ部門が実現すべき体験をある程度まとめた後、それにはどういう技術が必要かを考えていく役割を開発部門が担っています。バルミューダらしい体験価値と同時に、掃除機としての性能や機能を、市場に出ている掃除機と同じレベルで満足させるのは、非常にハードルが高かったところですね」と小久保氏。
「浮かぶように動かせる掃除機」をめざして
新しい掃除体験を求めて投入されたのが「ホバーテクノロジー」だ。
水面や地面に向けて空気を高圧で噴出して、浮かびながら進む乗り物「ホバークラフト」の特性を、掃除機のヘッドで疑似的に再現するという独自の技術。床との摩擦をなくして宙に浮いたような軽い操作性で、360°全方向へとスムーズに動かせるのが特徴だ。
小久保氏は、ホバーテクノロジーについて「空気を出したりして、摩擦をなくし、浮いているようにして滑るのが一般的なホバークラフトの特徴です。ホバーテクノロジーはそれを疑似的に再現したもので、ホバーっぽい感覚が得られるんです」と説明。
原賀氏は「360°どこへでも、同じ力で動かせる。掃除をする上でも最適な動き方だということから生まれました」と補足する。
浮遊感を実現するための試行錯誤
ホバーテクノロジーを実現するために採用された機構の1つが「デュアルブラシヘッド」。全体の開発過程において、「特に大変だった」部分だ。
デュアルブラシヘッドはその名の通りブラシを2本備え、それぞれを内側に逆回転させることで、床との摩擦を減らし、浮遊感を持たせることに成功した。
浮遊感を出すため採用されたデュアルブラシヘッドだが、掃除機として一番必要なのはゴミを掻き込む能力。「動きの機能と同時に、中央の吸い込み口にゴミを掻き込む機能の両方を持たせなければならないのが難しかった」(比嘉氏)とのこと。その具体的な理由について、小久保氏は次のように続けて説明してくれた。
「デュアルブラシヘッドは前後から吸引するために、ゴミを吸い込む力が分散してしまい、ゴミ取り性能には不利な構造になってしまいました。そこで、ホバー感を成り立たせる部分は極力ブラシの端に配置し、2本あるブラシのゴミをかきとる能力を最大化するようにブラシの材料を選定しました」
ホバーテクノロジーを成立させているもう1つの機構が「360°スワイプ構造」だ。デュアルブラシヘッドと本体を、360°自在に動くユニバーサルジョイントでつないだことで、柔軟にヘッドを動かせる。
「最初から真ん中でジョイントすることは決めていました。そうでなければ、フロアワイパーみたいな自由自在な動きができないからです。一般的な掃除機だと、前後の動きが前提なので、ヘッドの後方でジョイントするんですが、360°に動かすとなると、ヘッドのセンターでなければなりません」と比嘉氏。
続けて、「ただ、バルミューダとしては、使いやすさや柔軟に動くことが第一。ふつうに設計すると、どうしてもゴツゴツしたデザインになってしまうんです。そこで、デザイン部門からはすごく薄いジョイントのデータを提示して、それを実現するための方法を開発に考えてもらいました」と明かす。
開発部門では、安全性も第一に検討しなければならない要素だ。小久保氏によると、最も気にしたのは耐久性。「通常の掃除機と違い、360°にひねりの動きが加わります、ジョイントは電気が走っている部分なので、まずは中央に通したホースが切れないことが重要でした」と話す。
さらに、「ヘッドの部分を自由自在に振り回されると、そこを支えるヒンジの部品が割れてしまいます。この構造をどうやって成り立たせるかというのも大きな課題でした」と小久保氏。
そこで、この部分には内部に板金が仕込まれた。樹脂と板金を一体で成形することにより、強度を持たせている。しかし、そのままだとデザイン部門のオーダーである「薄さ」を満たせないことから、ある工夫が施されている。
「製法上、ほんの一部とはいえ内部の板金が見えてしまうのですが、その部分が素地のままだと、見た目がきれいではありません。そこで、わずかに見える部分のためだけに、内部の板金全体にメッキを施しています」
見た目に関する細やかなこだわりは、それだけに留まらない。バルミューダの製品は、どこかクラフトマンシップを感じさせる温かみを持ちつつも、決して安っぽくないデザインが共通した特長となっている。
「ジョイントの部分はどうしてもメカメカしさが出てしまうので、それを隠すような方法を、デザインのほうでも最初から検討していました。その結果、強度のためにも金属にすることに。細かい部分にもチープさが出ないようにしっかりとしたものを採り入れるようにしています」と比嘉氏。このほか、放射状に反射のある、高級感あるデザインのネジが選定されていることも話してくれた。
裏側まで気を抜かないデザインのこだわり
デザインに対するその徹底したこだわりは、ヘッドの裏面にまで及んでいる。
「回転ブラシの芯のところを見せたくないので、極力芯が見えないような毛を選んでいます。もちろん、ゴミをしっかり取れることが大前提なので、相当数の素材を試しましたね。髪の毛の絡まりやすさなど、一般的な環境、条件の範囲内での試験はすべてクリアしています」と小久保氏。
「ヘッドの部分はこの製品の最大の特長です。製品紹介でも写真などで見せることが多い部分なので、マーケティング担当者としては、そこがキレイでよかったなと思っています。でも、裏側の見た目まで気にするこだわりにはびっくりしました」と原賀氏も笑いながら続けた。
ホバークラフトの走行性を掃除機で疑似再現する、という奇想天外ともいえる発想で生まれた、バルミューダ初の掃除機。そのアイディアを実現するための試行錯誤と掃除機としての性能、デザイン上の美しさへのこだわりは、想像を遥かに凌ぐものだった。