2026年3月21日、Netflixは韓国発のグローバルポップグループ「BTS」のカムバックライブを世界同時配信した。BTSはSNSとデジタル戦略で世界市場を制覇した存在であり、今回が完全体での待望の復帰となった。
ソウルの歴史的名所・光化門広場で開催されたカムバックライブで、直前に発売されたばかりの最新アルバムからの楽曲がライブ披露された。
BTS完全体復帰ライブをNetflixが独占配信
BTS完全体でのコンサートは、2022年10月15日に開催された釜山での無料コンサート(Yet To Come in Busan)以来の約3年5カ月ぶりとなる。メンバー全員が兵役を終えてグループ活動を再開する最初の巨大イベントで、世界中のファン(ARMY)が熱狂し、Netflixのトラフィックを押し上げる結果となった。
その規模がすごい。ソウル光化門広場のメイン会場に約2万2,000人、会場外周や光化門広場から周辺エリアにかけてのチケットを持たないファンを含めた動員数は、発表元によって具体的な人数は異なるが、警察推計が約4万人、主催者推計が10万人前後だったとされる。ただ、この数字は当初の26万人という予測を大きく下回った。
韓国政府は約1万人以上の公務員や警察官を動員して厳戒態勢を敷き、2002年のワールドカップに匹敵する規模の群衆をさばこうとしていたようだが、警備が厳しくなりすぎたのだろうか。別の見方をすると、ARMYは現地での混乱を避け、安全かつ特等席で見られるNetflixでの生配信を選んだのかもしれない。
入場できたのは事前抽選によるチケット所有者のみで、チケット代は無料だった。ファンクラブの会員であり、公式ストアで最新アルバムを購入し、アプリからエントリーして抽選に臨んだ。また、Netflixアプリの新規インストールが韓国国内では前日比で約4.5倍(約3万4,000件)を記録したという報道もある。
経済波及効果ははかりしれない。しかも今回は、リアルな動員とオンライン配信が同時に作用する点が特徴だ。
密着ドキュメンタリー映像も続いて配信
ライブはNetflixが独占で世界190カ国に配信した。生配信の同時視聴者数は(事前の期待値として)5,000万人超とも伝えられたが公式発表はまだだ。仮にこの規模の視聴が発生したなら、この週末だけで世界全体で数百万人規模の新規・再加入が生じた可能性もある。日本でも数万~十数万人規模の動きがあって不思議ではない。
この先、3月27日には最新アルバム制作の密着ドキュメンタリー『BTS: THE RETURN』の公開が待ち構えている。Netflixはこうした戦略で解約率を抑える作戦だ。そして4月にはBTSのワールドツアーも始まる。東京ドーム公演もあるがとっくにソールドアウトだ。
公式発表ではないが、公開情報と過去事例をもとにGeminiに予測させたところ、次のような仮説が導き出された。
現在約3億人に達しているNetflixの全世界の総加入者数に対して、BTSのファン組織であるARMYは世界中に数千万人規模で存在する。
Netflixに未加入だった層や一度解約した層がライブ視聴を目的に再登録したケースは非常に多いと考えられる。
特に安価な「広告つきスタンダード」での視聴も可能だったため、加入のハードルは低く、世界全体で数百万規模の新規・再加入の動きがあったと推測される。
日本はARMYの数が非常に多くNetflixの普及率も高い市場。日本国内のNetflix加入者数は近年約700万人から800万人規模で推移しているが、今回の独占配信によって数万人から十数万人規模の新規加入があったと見込まれる。
※編注:日本におけるNetflixの加入者数は2024年上半期時点で1,000万件超え
お茶の間の熱狂はネットインフラへ
これらの数字からいろんなことがわかる。
新規インストール数が約3万4,000件という数字は、一見すると少なく感じるかもしれない。ただ、これは「BTSの熱心なファン(ARMY)の多くがすでにNetflixの既存会員であった」ということでもある。
エンターテインメントに関心の高いBTSのファン層は、普段からドラマや映画を視聴するNetflixのコアユーザー層と完全に重なっていたわけだ。そのため「このライブのために初めてNetflixに加入する」という余地はすでにかなり限定的だったと考えられる。
つまり、今回の独占配信は、会員数が飽和している地域での会員の新規獲得より、解約防止や、広告つきプランへの移行を促進することが目的だったともいえる。新規獲得数はインド、東南アジア、中南米などの市場が牽引していたのかもしれない。
公式発表で3億2500万人超え(2025年第4四半期)となるNetflix全体の会員数からみると1%に過ぎない微増ではあるが、一般に、飽和市場での1%成長は、成長期の10%増に匹敵するインパクトを持つとされる。それを単一のイベントで獲得できたことは計り知れないコストパフォーマンスだ。
かつては放送局が握っていたお茶の間の熱狂は、今、まさにグローバルプラットフォームのインフラ上に移行したともいえる。こうした瞬間的な配信サービスに対応するには、トラフィックをきわめて正確に計算して、インフラを完璧に準備する必要がある。それには技術的ノウハウが必要だ。
サーバーに事前キャッシュできるドラマや映画ならともかくリアルタイムで進行するコンサートのライブ配信だ。最大瞬間風速を完全に読み切って、それを余裕で受け止めるインフラを構築したNetflixの技術の勝利でもある。
同時に、これだけの大容量データを遅延なく受け止めるには、各家庭の光回線や最新のWi-Fiルーターなど、ホームネットワークの成熟も欠かせない。新しい当たり前が浸透した結果だ。
ファンは反復視聴、エンタメ配信の新ビジネスモデル
今回のライブ視聴のために3月20日前後に加入したユーザーの契約期間は4月19日頃まで続く。3月27日のドキュメンタリー配信は契約期間内の新たな大型コンテンツ体験だ。一時的な利用という感覚から継続的な利用への心理的なハードルが大きく下がる。
さらに、ライブとドキュメンタリーを見るために短期間に複数回ログインするユーザーの視聴傾向を正確に把握することができる。アルゴリズムの学習とレコメンド機能が強化され、BTS以外のコンテンツへの接触確率が飛躍的に高まるだろう。
そしてファン層の反復視聴行動が活性化される。熱心なファンは作品を一度見て終わりではなく、SNSで感想や考察を共有しながら何度も繰り返し視聴するからだ。この反復行動がNetflixへの滞在時間を伸ばし、結果的に解約を躊躇させる状態を作り出すだろう。
BTSを擁する所属事務所HYBE側からすれば、10億円超のコンサート制作費は単体では大赤字かもしれないが、Netflixからの巨額の契約金によって、コンサート制作費は完全に相殺され、さらに大きな利益を生み出す構造になっている。
つまりHYBEはNetflixの資金力を活用して世界最高のプロモーションイベントを低リスクで実現し、4月からのワールドツアーや関連グッズの販売へと繋げる完璧なビジネスモデルを構築することができたはずだ。
配信プラットフォームの巨大なインフラとエンターテインメント資本が融合したこのビジネス構造はエンターテインメント配信の新しいビジネスモデルの体現だったといえそうだ。
ちなみに、コンサートで披露された楽曲を含む今回の最新アルバムは、各音楽サイトでの配信も始まっている。Apple MusicとAmazon Musicを聞き比べてみたが、Amazon Musicのほうが音がよいように感じた。スタジオ録音音源の配信品質はどちらもロスレスのHD品質だが微妙に異なる。
さらに、各アプリでのWi-Fi時とモバイルネットワーク時で音質の設定が異なっていないか、また、ストリーミング時の音質がHD/Ultra HD、ロスレスになっているかどうかを確認してみよう。加えて、ちょっと奢って高品位のイヤホンを使えば、今まで知らなかったBTSの魅力を感じることができるようになるかもしれない。ほんのちょっとの出費で得られる驚きを保証しよう。ぜひ試してみてほしい。
