このコラムを読んでくださる方なら、2005年10月にソニーから発売された「ロケーションフリー」という製品を覚えておいでの方も多いだろう。世界中どこにいても、パソコンやプレイステーションポータブルなどから、自宅のテレビ放送、レコーダーに録画した番組などを自由に観られる画期的な製品だった。いかにもソニーらしい(みんなの「これが欲しかった!」を実現、スマートでかっこいい)製品で、爆発的といっても良い売行きをしめした。そもそも、このロケーションフリーは「エアボード」という名前のタブレット型ワイヤレステレビから発展した製品で、ソニーは10年以上も前に、現在のiPadなどのタブレット端末のコンセプトを先取りしていたのだ。

ところが2006年に「まねきTV訴訟」が起きると、ソニーはこのドル箱製品を「ご好評につき生産完了」として、事実上生産中止してしまう。あわてた消費者の間では、ネットオークションや中古ショップなどでロケフリの取り合い状態も起こった。そして、地上デジタル放送が始まり、だれもがソニーに対して「地デジ版ロケフリ」の開発を期待しているが、ソニーは未だに「地デジ版ロケフリ」を発売していない。

この「まねきTV」とは、顧客が購入したロケフリをあずかって、設置、保守管理を行うという有料サービスだった。顧客から見ると、ロケフリを購入し、利用料を「まねきTV」に支払うだけで、世界中どこにいても日本のテレビが観られるようになる。海外に駐在している日本人が主に利用していたという。「まねきTV」の仕組みとしては「顧客が購入したロケフリを預かって、保守管理しているだけ」となるが、顧客から見れば「ロケフリ購入代金+利用料を支払うだけで、日本のテレビ放送が自由に観られる」となり、やや問題のあるサービスでもあった(最終的に最高裁は著作権を侵害しているという判断を示した)。

ソニーは何もコメントを出していないので、まねきTV訴訟と生産完了の関係は不明だが、この時期に、ロケフリ類似製品も次々と発売中止になっていったのは事実だ。「こういう製品を発売するのは社会的に好ましくない」というような判断があったのだろう。

しかし、とばっちりを受けたのは、ロケフリを正しく利用したい多くの一般消費者だ。自宅にロケフリを設置し、外出時や出張時などに自分のパソコンを使ってロケフリ経由でテレビを観るのであればまったく問題はない。海外に赴任しているお父さん、息子夫婦のために自宅にロケフリを置き、海外で日本のテレビを視聴するという例も多かった。また、出張の多い人で、自宅で録画した番組を出張先のホテルで視聴するという利用例も多く聞いた。もちろん家庭内でも、無線LANを利用すればどの部屋にいてもテレビを楽しむことができる。まさに「テレビはこうあるべき」という理想型を実現していたわけで、いかにもソニーらしい「IT's a SONY」な製品だった。それ以降、ロケフリ的な製品は日本では発売されず、「どこでもテレビ」を楽しみたい人は、違法な映像配信を利用するしかない状況が続いていたのだ。

Slingbox PRO-HD」は、レコーダーに接続すると、世界中どこにいてもインターネット経由でレコーダーの映像を楽しめる機器。録画した番組を楽しめるだけでなく、録画予約などの操作もできる。端末は、パソコンのほか、iPhone、iPad、Android携帯電話、Androidタブレットなどに対応している。どこでもテレビを手軽に実現できる機器だ。 現在、アマゾンでの販売価格は29,800円

ところが、世の中は捨てたものではない。「どこでもテレビ」を実現する「Slingbox PRO-HD」がこの12月に正式発売になったのだ。Slingboxは米国で生まれ、現在では世界45カ国、100万人以上が利用している「自宅のテレビとレコーダーをスマートテレビにする」キットだ。以前から、個人輸入してまで使うほどの熱狂的なファンがいた。このSlingboxを自宅のレコーダーに接続すると、インターネット回線を利用してパソコンやiPhone、iPad、、Androidスマートフォンやタブレットなどから、テレビ放送やレコーダーに録画した番組を視聴できるようになる。録画予約の実行も可能だ。出張の際も便利に使えるが、もちろん自宅の中でも利用できる。寝る前にベッドの中でiPhoneを使ってニュース番組を観るなどという使い方もできるだろう。

そこで、このSlingboxについて、気になる点をチクチクと挙げてみたい。意地の悪い紹介の仕方だが、逆にいえば、ここで挙げる内容が大きな問題ではないという人にとっては、間違いなく“買い”な製品なのだ。

まず、だれもが気になるのは画質の点だろう。どこでも観られるといってもワンセグ以下の画質になってしまうのであれば、観る気になれないし、実際にワンセグで事足りてしまう。だが、Slingboxはハイビジョン1080iまでの画質に対応しているのだ。ネットで送信するためにWMVやH.264といった動画形式にリアルタイム変換されるが、画質の劣化は人間の目には感知できない程度のささいなものだ。そもそもハイビジョン映像は1,920×1,080ドットだが、iPhoneの液晶は960×640ドット(※)、iPadの液晶は1,024×768ドットなので、この程度の画質の劣化を心配してもあまり意味はない。

※編集部注
960×640ドット液晶はiPhone 4/4Sにて採用。iPhone 3GSまでは480×320ドット

ただし、モバイル機器の通信環境は気にする必要がある。Wi-Fiでネット接続できる環境であれば気にすることはないが、3G回線経由での接続の場合は通信速度が一時的に低下することがあるだろう。この場合は動的に画質を劣化させることで、動画再生が途切れたり遅れたりしないようにする技術が使われている。そのため、3Gの電波状況が悪い状況・場所ではワンセグ並みの画質になってしまうこともあり、字幕スーパーなどが見づらくなってしまうこともあるのだ。といっても感覚的にはiPhoneで観るYouTubeのHD映像程度で、通常はまったく問題を感じない。そう神経質になることはないだろう。

このSlingboxはレコーダーに接続をする。レコーダーは当然、自宅のテレビにも接続しているだろう。そのため、レコーダーに出力が2系統ある場合は1つをテレビ、もう1つをSlingboxに接続すればなんの問題もないが、もしレコーダーに出力が1系統しかない場合はどうしたらいいだろうか。この場合は、レコーダー→Slingbox→テレビという接続を行う。テレビで映像を楽しむ場合、Slingboxは受け取った映像信号をそのままテレビにスルーしているだけなのだが、ちょっと引っかかるのはSlingboxが1080iまでの対応で、1080pには対応していないということだ。そのため、レコーダーが1080pに対応している場合でも1080iの映像しか観られなくなってしまう(レコーダーに出力が2系統ある場合は、テレビではきちんと1080pの映像が楽しめる)。

といっても、これもそう大きな問題ではない。というのは、ハイビジョンテレビ放送は1080i以下で、当然レコーダーに録画されている番組も1080i以下。1080pというのは1080p対応のブルーレイディスク映像を再生するときぐらいしか利用しない。また、1080pの出力に対応しているレコーダーというのは高級機なので、出力が1系統しかないということはまずないだろう。つまり、1080p出力に対応していて出力が1系統しかなく、テレビで1080p映像が楽しめなくなってしまうというのは極めてレアなケースであると思われる。

では、どんなレコーダーがSlingboxに対応しているか。そして、レコーダーを外出先からどうやって操作をするのか。それを次回、紹介してみたい。

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