前回は、物理的な面の配慮、つまり警告灯・操作系・部品といった分野における「人的ミス防止のための配慮」について取り上げた。今回は、管制官とパイロットのやりとりにまつわる話を。
言葉の選び方
「情報や指示の伝達がうまくいかなかった」「意思の疎通に齟齬を来した」などの理由で、結果的に事故につながった事例もたくさんある。
1977年3月27日にテネリフェ島で発生したジャンボ機同士の衝突事故では、管制交信の錯綜や伝達不良が事故の一因になった。もう1つの問題として、片方の当事者であるパンナム機が指示された誘導路に入らず、その先の別の誘導路に入ろうとした点が挙げられるのだが、その話はおいておくとして。
この事故では、先に滑走路端に行っていたKLM機が、後に続いて滑走路上を移動してきていたパンナム機に衝突した。そこで管制交信の録音を調べると、こんなやりとりだったという。
KLM: 「We are now on (または at) take-off」(これから離陸を開始する) 管制: 「OK... (3秒後に) Standby for take-off, I'll call you」(OK… 離陸は待て、後でまた連絡する) パンナム 「Clipper 1736」(こちらクリッパー1736便) 管制: 「PA1736, report runway cleared」(クリッパー1736便、滑走路を空けたら報告せよ) パンナム「We'll report runway cleared」(滑走路を空けたら報告する) 管制「OK, thank you」
この後、なぜかKLM機が離陸滑走を始めてしまい、まだ滑走路上にいたパンナム機と衝突した。
事故後の調査により、KLM機のボイスレコーダーでは2番目の交信にある「Standby」を正しく聴き取れていなかった可能性が浮上した。しかもまずいことに、その前に「OK」という言葉がある。すると「OK, take-off」に聞こえてしまう可能性が疑われる。
パンナム機の交信についても、「We'll report runway cleared」の冒頭が明瞭に聞こえずに「report runway cleared」に聞こえた可能性が指摘された。その通りだとすると、「滑走路を空けた」と過去形で受け取られる可能性が疑われる。
しかも、事故当時のテネリフェ空港は他の空港からダイバートしてきた機体が何機もいて、管制交信が混んでいた。管制官が同時に話ができる相手は1機だけだから、管制交信は奪い合いになる。そのことが意思の伝達に齟齬をきたす原因になったのは否定できない。
とはいえ、そもそも承認ではない場面で「OK」という言葉を使ったのがまずかったのではないか。言葉の選び方ひとつで事故の原因になりかねない一例である。
質問が正しく伝わらない
単語の選び方だけでなく、質問の仕方も難しいという事例を1つ。
1972年12月29日に、アメリカのフロリダ州マイアミで、L-1011トライスターの墜落事故が発生した。着陸進入待ちの際にオートパイロットを設定して一定の高度を保っていたはずのものが、いつの間にかオートパイロットが切れていて機体が降下していたことが墜落につながった。
実は、マイアミ空港には1次レーダーだけでなく2次レーダーの設備もあり、管制官はレーダー画面で当該機の高度を知ることができた。そして、指示した通りの高度になっていないことに気付いたのだが、そこでの問いかけは「イースタン401、そちらはどうなっているのか」というものだった。
実は、当該機は脚下げを示す表示灯がすべて点灯せず、本当に脚が降りていないのか、ランプが動作不良なのかがわからなくて調べているところだった(そのために着陸を中断して旋回していた)。結論からいうと、単なる球切れで、脚はちゃんと降りていた。
だから、管制塔から「そちらはどうなっているのか」と訊かれた時に、乗員は表示灯と脚の話かと思ってしまって「問題ない」と答えたわけだ。ところが、管制官は降着装置の話を訊いたのではなく、高度のことを訊いていた。そこに意思疎通の齟齬があった。
これも、言葉の選び方1つで事故につながる一例といえる。過去の事故の事例で「こういう言葉遣いがまずかった」といったことがわかったら、それをその後の業務に反映させることが、同種の事故の再発を防ぐ役に立つ。
その他の間違い防止手段いろいろ
言葉の選び方だけでなく、聞き取りミスという可能性もついて回る。アルファベット26文字の中には、似て聞こえる組み合わせがいくつかある。それを間違えると事故の原因になりかねない。
アマチュア無線の経験者なら御存じの通り、アルファベットをそのまま発音しないようにしているのも、聞き間違えを防ぐ工夫の1つ。いわゆるフォネティックコード(音標アルファベット)で、アルファベットをそのまま読む代わりに、それぞれの文字で始まる単語を当てるようにしている。
要するに「朝日のア、桜のサ」みたいなものだ。知っておくと何かと便利なので、列挙してみよう。
- A : Alpha
- B : Bravo
- C : Charlie
- D : Delta
- E : Echo
- F : Foxtrot
- G : Golf
- H : Hotel
- I : India
- J : Juliet
- K : Kilo
- L : Lima
- M : Mike
- N : November
- O : Oscar
- P : Papa
- Q : Quebec
- R : Romeo
- S : Sierra
- T : Tango
- U : Uniform
- V : Victor
- W : Whiskey
- X : X-ray
- Y : Yankee
- Z : Zulu
例えば、MYNAVIだったら「マイク、ヤンキー、ノーヴェンバー、アルファ、ヴィクター、インディア」となる。長ったらしいが、そもそも冗長にして聞き間違えを防ぐのが狙いだから、それでよい。
さらに、交信の手順にも工夫がなされている。
「相手は自分がいったことを聞いていたはず」「話は伝わったはず」と思っていると、「実は聞いていなかった」「伝わっていなかった」なんてことがある。それを防ぐために、管制交信で何かを伝達する時は、伝達内容を相手に復唱させる。
着陸進入時には、「50、30、20……」といった具合に高度計の読み上げを行う(もちろん単位はフィートだ)。これをコール・アウトというが、間違いを防ぐための経験に基づく知恵の1つだ。
また、クルー・コーディネーションも経験に基づく知恵。機長と副操縦士の間で、一方的な上下関係で物事を動かさないように注意するのは、その一例と言える。副操縦士が何か問題に気付いた時に、それを機長に言えなくて事故につながったらまずい、という考えがあるからだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。