リュウグウとの比較研究へ

こうした状況を背景に、まもなく米国から、ベンヌのサンプルが日本に届き、宇宙航空研究開発機構(JAXA)での受け入れを経て、日本をはじめさまざまなチームや組織で分析が始まろうとしている。

日本はすでに、「はやぶさ2」が持ち帰ってきたリュウグウのサンプルを分析した実績があり、同じようにベンヌのサンプルも分析することで、より多くのことがわかると期待されている。

JAXA宇宙科学研究所 地球外物質研究グループ/太陽系科学研究系 特任教授の橘省吾(たちばな しょうご)氏は、「両者に共通の特徴が見えてくると、リュウグウやベンヌのような天体をつくるにあたって、太陽系で起きた一般的、普遍的なプロセスが見えてくると思う。一方、違いが見えてくると、それぞれの天体がどういう歴史を経てきたのかというパーソナルヒストリーが見えてくると同時に、有機物や鉱物で違いが見えてくると、たとえば地球に生命の材料としてもたらされる有機分子の進化の多様性も見えてくる」と語る。

なお、それぞれのサンプルについては、JAXAとNASA間での覚書(MOU)により、JAXAからはリュウグウのサンプルを回収量のうち重量比で10%をNASAへ、NASAはベンヌの回収量のうち0.5%をJAXAへ、それぞれ帰還の1年以内に分配することが決まっている。

この交換されるサンプルは、「代表性をもっていること」、「正しい状態で保存されていること」が定められている。代表性とは、色や形、粒径などの特徴を、さまざまくまなく含むようなものであることを意味している。また、保存性とは、宇宙にあったときのまま(カプセルに入って地球に帰還したときのまま)という意味で、たとえば大気に触れていないこと、観察にあたってX線や紫外線などによるダメージがないこと、環境からの汚染がないこと、観察の際に承認された手順や器具を用いていることなどが定められている。

JAXAへのベンヌのサンプルの受け入れにあたっては、まずJAXA側のスタッフが、NASAのスタッフとともに、米国のNASAのキュレーション施設においてサンプルを確認したうえで、現在は、121.6gのサンプルのうち0.5%、すなわち約0.6gを選択し、要望書を提出した段階にあるという。今後、NASAからの最終承認が得られれば、今年夏ごろにもJAXAに送り届けられることになっている。

一方、JAXAでも、サンプル受け入れに向けた準備が進んでおり、すでにJAXA相模原キャンパスに受入施設が完成し、サンプルの到着を待っている。

受入施設は、クリーンルーム、クリーンチャンバー、そして観察装置群からなり、「はやぶさ2」が持ち帰ってきたリュウグウのサンプルを分析している施設とよく似ているものの、その知見を活かしてさまざまな工夫を施したという。

観察装置は、「フーリエ変換型赤外分光計(FTIR)」と「近赤外分光顕微鏡(MicrOmega)」という装置からなり、FTIRは水(OH基)や有機物による吸収を観察できる。MicrOmegaはフランスの研究機関IAS (Institut d'Astrophysique Spatiale)が開発し、提供された装置で、リュウグウのサンプル分析でも使用され、水や有機を含む鉱物の検出に成功した実績があるという。

現在は、これら観察装置群の調整とリハーサルを行っている段階で、今夏にサンプルを受け入れ後、まずは初期記載作業と呼ばれる、質量の測定や、可視顕微像撮影、赤外分光測定、顕微撮像といった作業を行う。まず、サンプルを分けていない状態で、サンプルの全体像の観察を行うことが目的である。

そのあと、粒子の一つひとつを分別し、個別の粒子や粉体粒子を分けて取り、詳細な観察を行っていくことになる。

そして今年末ごろに、国内外の研究機関などへサンプルを分配していくことになっている。

配分方法については、戦略的・優先的に配分するものと、一般公募によって配分するものに分けられるという。

戦略的・優先的配分について、登壇したJAXA宇宙科学研究所 地球外物質研究グループ グループ長の臼井寛裕(うすい ともひろ)氏は、「リュウグウとベンヌのサンプルはとても似ている。そのため、両者を比較して研究できるチームや組織に分配したい。また、JAXAは将来的に(火星の衛星の)フォボスからのサンプル・リターンを行う「MMX」を行う予定で、世界的には「アルテミス」計画で月からのサンプル・リターンも行う。それを踏まえて、2030年代、40年代のキュレーション技術を先取りできるようなチームにサンプルを渡したい」と、その狙いを語った。

また、一般公募については「広く国際的に公募することで、我々が想像もしなかったようなサイエンスを創出したい」とした。

これからの期待について、臼井氏は「それぞれのサンプルには、同じところと違うところがあり、幅もある。キュレーションの立場としては、どこが同じでどこが違っているのかなど、全体を見うたうえで、サンプルチームに渡したい。そこから年代や化学組成という形で成果が出てくるのを期待したい」と語った。

また、橘氏は、「1+1(リュウグウ+ベンヌ)は明らかに2以上だと感じる」と語る。

「2つの天体からほぼ同時期にサンプルが持ち帰ってこられたことは大きい。両方とも水や有機物を含んでいて、共通性もあれば違うところもあり、すごく楽しい。共通に見えてきたことは、太陽系にとって普遍的に起きていることに近づけるかもしれない」(橘氏)。

また、「それぞれの探査機が持ち帰ってきたサンプルの見た目と、それぞれがリュウグウやベンヌを観測したときの見た目が少し違うところがあり、たとえば水の量が違ったり、赤っぽかったり青っぽかったりといった違いがあったりする。何に起因するのかを明らかにしたい。それが明らかにできれば、今後の探査や、望遠鏡を使った観測をするうえで、ひとつの基準が作れるのではないかと期待している。また、水や有機物を多く含む天体を知ることで、彗星や太陽系の外側にある天体などの探査において、どのように知見が使えるのか、探査ができるのかということにもつながる」と語った。

  • JAXA相模原キャンパスに設置された受入施設

    JAXA相模原キャンパスに設置された受入施設 (C) JAXA

  • 会見する臼井氏と橘氏

    会見する臼井氏と橘氏 (C) JAXA