ソニーの完全ワイヤレスイヤホン「LinkBuds」に、スマホ向けの視覚障がい者歩行支援アプリ「Eye Navi」(アイナビ)と連携するための本体ソフトウェアアップデートが5月14日から提供開始されました。本体に穴を開けた素通し構造がユニークなイヤホンで、どのように視覚障がい者をサポートするのか? ソニーの担当者に話を聞きました。

  • ソニーの穴あきイヤホン「LinkBuds」が視覚障がい者の街歩きを支援。「Eye Navi」アプリとの新たな連携の狙いを、ソニーの担当者に聞いた

  • LinkBuds(WF-L900)

  • Eye NaviアプリのLinkBuds連携画面

LinkBuds(2022年発売/実売26,320円前後)は、リング型ドライバーユニットを搭載した耳をふさがないタイプのイヤホン。発売当初は、iOS向けの3Dオーディオマップアプリ「Microsoft Soundscape」との連携機能を備えていて、スマホの画面を見ずに音声でナビゲーションしてもらうことができました。自分の歩いている向きや顔を向けている方向など、前後左右から道路や交差点、お店などのスポットの情報を音声で読み上げてくれるのが興味深く、筆者も発売後の実機レビューでその使用感を伝えたことがあります(後日発売の「LinkBuds S」と「LinkBuds UC for Microsoft Teams」も対応)。

  • LinkBudsは、リング型ドライバーユニットを搭載することで穴あき構造を実現し、耳穴をふさがない点がユニークなイヤホンだ

  • Microsoft Soundscapeを試用したところ(現在は提供終了)

しかし、マイクロソフトは2023年6月30日をもってMicrosoft Soundscapeの提供を終了。それにともない、ソニーのLinkBudsシリーズとの連携も終了しました。LinkBudsと同アプリの連携機能は視覚障がい者からのニーズが多く、ソニーには「非常に残念」という声が多数寄せられたそうです。

社内ではそういった声を受けて代替策を検討し、白羽の矢が立ったのが「Eye Navi」でした。Microsoft Soundscape提供終了を迎える前、2022年10月に開催された「日本ライトハウス展」において、ソニーとEye Naviの出展ブースが隣り合ったことがきっかけで、新しい連携の取り組みがスタートしました。

  • Eye Naviアプリによる周囲の認識イメージ

余談ですが、ソニーでは元々LinkBudsを活用したアクセシビリティ関連のプロジェクトが動いており、「CEATEC 2023」ソニーブースでは、これと連携する“スマート白杖”を出展していたこともあります。

スマート白杖は視覚障がい者の外出を支援するために試作したもので、一般的な白杖に音や振動でユーザーに注意をうながすデバイスを装着。エコーロケーション(反響定位)によって、白杖が届かない離れた場所に障害物を検知した場合、それを早めに知らせられるようにしています。CEATEC会場ではこのスマート白杖と穴あきイヤホンのLinkBudsを連携させた取り組みが進んでいることを明らかにしており、「ユニークな構造のLinkBudsは、実はアクセシビリティの面でも有用な設計だったんだな」と筆者の印象に残っていました。

  • CEATEC 2023のソニーブースで出展されていた、LinkBudsとの連携も可能な“スマート白杖

  • 一般的な白杖に、音や振動でユーザーに注意をうながすデバイスを取り付けている

今回、LinkBudsとの連携が始まったEye Naviとはどのようなアプリなのか?

それをひと言で説明すると「道案内と障害物検出、歩行レコーダー機能を備えた歩行支援アプリ」となります。ゼンリン出身者が立ち上げた、北九州に本拠を置くスタートアップ企業・コンピュータサイエンス研究所(CSI)が手がけたアプリで、歩行者向けの独自の地図データを持っている点に強みがあるそうです。

ソニーのLinkBudsと新たに連携することで、周囲の音も確認しつつユーザーの顔の向きに応じて、直感的な音声案内を行える点が最大の特徴。穴あきで耳穴をふさがないという構造上の特徴に加え、ソニー独自の立体音響技術と、LinkBudsの内蔵センサーを活用することでこの体験を実現しています。

  • 手持ちのスマートフォン(iPhone)のカメラ部を、ユーザーの前方に向けるように首に掛けておく

  • LinkBudsを筆者が装着したところ。穴が空いているので、外の音がマイクを通さずそのまま聞こえてくる

具体的には、LinkBudsの内蔵センサーによって装着者の顔の向きを判別し、目的地や周辺施設に関する音声ナビゲーションを、まるで実際に位置する方向から聞こえるように読み上げるとのこと。左右だけでなく、前後の方向からも音声ナビが聞こえてくるよう、位置関係や精度を高めた設計にしたそうです。

機械学習を応用した画像認識機能も備わっており、たとえば横断歩道の状況(点字ブロックの有無など)や、対面する歩行者用信号機の色(赤か青か)を音声ナビで通知してくれます。特に信号機については、スマホカメラで認識できる範囲内にある場合、最優先で「ポーンポーンポーン……」と優しいアラート音を常に鳴らし続けるように設計されています。

  • Eye Naviアプリの画像認識のイメージ(実際にLinkBudsと連携して利用するときは、スマホの画面は見ない)。ちなみにデモで使われているこの写真の場所は、Eye Naviアプリを手がけたCSIのすぐ側の歩道だそうだ

前方の障害物検出には、Eye Naviをインストールしたスマートフォンのカメラを利用します。検出した障害物がカメラ映像のどの方向にあるかに応じて、読み上げ音声が流れてくる方向も変化し、歩道の街路樹や電柱、自動販売機、自転車といった障害物がある方向も、おおまかに把握できるようにしました。

ちなみに、これらの読み上げる対象物が多すぎてユーザーが混乱しないよう、音声通知する対象物をEye Naviアプリの設定画面から手動である程度絞り込めます。

  • 目の前の情報や、障害物の有無も認識して、音声でユーザーに通知する

  • 読み上げる対象物は、アプリの設定画面で選択できる

LinkBudsには、イヤホン本体や耳周辺をタップするだけで、対応するアプリのコンテンツを再生できる「Quick Access」(クイックアクセス)機能がデフォルトで備わっています。今回の連携により、Eye Naviアプリを同機能に割り当てて起動させたり、周辺情報の読み上げを行ったりできるようになりました。これにより、スマートフォンを直接操作する必要がなく、より便利にEye Naviアプリを利用できるそうです。

  • Eye NaviアプリでQuick Accessの設定を行っているところ

LinkBudsとEye Naviの連携には、LinkBuds側の本体ソフトウェアアップデート(Ver. 4.1.0)の適用と、Eye Naviアプリの最新版へのアップデートが必要です。イヤホン側のアップデートには、ソニーの「Headphones Connect」アプリが必要で、手順など詳細は同社サポートページで案内しています。

また各アップデートの適用後、LinkBudsをスマホと連携して装着した状態で初期設定を行う必要があります。このアップデートを済ませてしまえば、あとはEye Naviアプリ上で基本的な設定が行えるので、Headphones Connectアプリと画面を行き来する必要はなくなります。

  • Eye Naviアプリの設定画面

なお、Eye Naviアプリは執筆時点でiOS版しか提供されていないので、今回のLinkBuds連携を利用できるのはiOSデバイスユーザーに限定されます。視覚障がい者のあいだでは、アクセシビリティ関連機能が充実したiOSデバイスの利用率が高いということも、Android版がない理由のひとつだそうです。Androidスマートフォン「Xperia」シリーズを展開するソニーとしては、この点は今後の課題としてとらえているとのこと。

ソニーでは、「誰もが感動を分かち合える未来を、イノベーションの力で。」をテーマにグループ全体でアクセシビリティを推進。多様なユーザーのニーズを理解し生かすため、当事者と共に商品・サービスを検討し、その声を反映するインクルーシブデザインを、2025年度までに製品の商品化プロセスに取り入れていくと表明しています。LinkBudsはソニーのプロダクトや完全ワイヤレスイヤホンに熱い視線を向ける人々だけでなく、アクセシビリティに関わる業界からも注目を集める製品となりました。今回の取り組みが次の製品にどう活かされていくのか、今後の動向からも目が離せません。