近年、コロナ禍の影響により映画やドラマのロケ撮影に制限が生じ、特に海外ロケなどがしにくい状況が続いていました。そんななか注目を集めているのが、次世代の撮影技術「バーチャルプロダクション」です。
現実の演者と(背景のディスプレイに映し出した)仮想空間を自然に融合させることを目的とした撮影技術で、演者がロケ地まで足を運ばずともスタジオで臨場感のある映像が撮影できるのが特徴です。しかし、演者と背景を別々に撮影して合成する「クロマキー合成」などの映像技術はこれまでも存在していましたが、バーチャルプロダクションはそれらとどう違うのでしょうか?
「バーチャルプロダクション」とはなにか
クロマキー合成は演者が先にグリーンバックの中で撮影し、あとから背景やCGなどを合成するものですが、バーチャルプロダクションは巨大なディスプレイやスクリーンなどに背景を映し出し、その前で演者を撮影します。
従来のクロマキー合成と比べて、「演者を含め現場にいる全員が映像イメージを共有しやすい」、「現実と仮想の融合がより自然」、「撮影後の映像編集(ポストプロダクション)の工程が減らせる」といったメリットがあります。
このバーチャルプロダクション専用の撮影スタジオとして、ソニーPCLが2022年2月に都内に開設したのが「清澄白河BASE」です。詳細は山本敦氏によるレポート記事で詳しく紹介していますので、あわせてご覧ください。
清澄白河BASEの開設から約1年半が経過し、多くのクリエイターや映像制作会社と仕事をするなかで出てきた要望や需要を踏まえ、スタジオ設備のさらなるアップグレードを遂げたとして、その全容がメディアに公開されました。
進化その1:2倍の16K対応になった「巨大LEDディスプレイ」
まず大きな進化を遂げたのが、バーチャルプロダクションの要であるLEDディスプレイです。ソニー独自の高画質LEDディスプレイシステム「Crystal LED」を組み合わせた巨大ディスプレイは、当初は8K相当の9,600×3,456ピクセル(横15.2m、高さ5.47m)のものでしたが、「より広大な映像表現をしたい」「もっと引きの絵も撮りたい」といった要望を受け、従来の約2倍となる16K相当の17,280×3456ピクセル(横27.36m、高さ5.47m)に拡大しました。
これにより従来よりも撮影スペースが広がり、映像表現の自由度が増したとのこと。デモンストレーションではこの大画面を2つにわけ、2台のカメラでそれぞれ異なる背景のシーンを同時に撮影する手法が披露されていました。
また、可搬式LEDディスプレイも新たに導入し、自然な環境光や映り込みなどの反射光の表現能力が向上しているそうです。
進化その2:「インカメラVFX」で臨場感のある映像表現が可能に
さらに、既存のStarTrackerというトラッキングシステムに加えて、オプティトラックという別のトラッキングシステムを追加しています。清澄白河BASEでは、LEDディスプレイに映し出された背景映像を“書き割り”(舞台の背景のような平面の映像)として利用する「スクリーンプロセス」と、カメラの動きや向きに応じて自動で背景映像が変化する「インカメラVFX」という2つの撮影方法を提供していますが、センサーが増えたことでインカメラVFX撮影時により細かくカメラの動きや向きを検知できるようになり、ダイナミックな映像表現や動きのある映像が撮影しやすくなっています。
先日ソニーPCLが公式YouTubeチャンネルで公開した、インカメラVFX撮影現場の裏側の紹介動画を見ると、そのすごさが伝わるかと思います。
進化その3:リアルなドライブシーンを撮影! 「360度カメラカー」
もうひとつ目玉として紹介していたのが、ソニーPCLが独自に開発した360度カメラとブレ補正システムを搭載したカメラカーです。
これはドライブシーンの撮影で背景映像として使われる車窓映像を撮る機材。カメラカーを中心に360度周囲の映像を撮影することで、車内のさまざまな方向からのカットが簡単に用意できるようになります。
あらかじめ車窓背景を撮影しておけるため、ロケ撮影のように天気や時間帯といった要因に左右されずにドライブシーンの撮影ができ、撮影スケジュールの短縮にも役立ちます。また、先ほどの動画のように危険なカーチェイスシーンなども安全に撮影でき、日本のように公道撮影の許可が降りにくい地域でも走行シーンが撮影しやすくなるといったメリットもあります。
ビジネスとしてのバーチャルプロダクションの今後の展開
オープンベースで概要説明を行ったソニーPCLの櫛山健一郎氏は、「清澄白河BASEは先端技術と国内外のクリエイターが出会い、新たな映像表現を生み出すクリエイティブ拠点」と説明。
同社のバーチャルプロダクションの制作実績としてはテレビCMやWEB CMが最も多く、次いでテレビドラマやイベント映像、ミュージックビデオなどが続くとのこと。これまではCMのようなスポット利用が多い傾向でしたが、最近ではドラマなどのレギュラー番組でも採用されてきており、毎週放送でスケジュールに余裕のないドラマの制作現場でどのようにソリューションを提案できるか、といった新たな課題も浮かんできているようです。
こういった課題に対応すべく、同社ではバーチャル空間上で撮影イメージを展開し、事前に絵コンテなどを作成しやすくなる「清澄白河シミュレーター(仮称)」の提供や、企画からプレプロダクション・撮影・ポストプロダクションまでの工程をサポートするワークフローの開発なども積極的に行っているといいます。
また、バーチャルプロダクションビジネスを拡大するため、他社スタジオとの協業やLEDディスプレイの貸し出し、背景素材のライセンサー連携やフォーマット化によるライブラリの構築、技術スタッフの派遣や新規人材育成など、マーケットを支えるエコシステムの確立も目指していくとのこと。
3DCG技術の進化により、背景から演者まですべてCGだけで作ったフルCG制作の映像作品も増えていますが、バーチャルプロダクションはそれとは一線を画すリアルとバーチャルを融合させた次世代の撮影技術といえます。ソニーならでは先端技術や機材装置を備えた清澄白河BASEは、最先端の映像を日本から世界に発信する旗艦スタジオとして今後も注目を集めそうです。