「アプリが入手できるアプリストアを他社にも開放し、もっと自由にアプリが入手できるようにすべし」「有料アプリ購入やアプリ内課金など決済手段も他社にも開放し、手数料の低い決済手段も選べるようにすべし」といった議論が政府主導で進められています。「これでもっと多くのアプリが手に入る!」「有料アプリやアプリ内課金が安くなる!」とバラ色の未来を夢見る人もいるかもしれませんが、実際は“絵に描いた餅”で終わるどころか、逆に状況が悪くなる心配も。消費者である私たちも、進められている議論の内容について理解しておく必要がありそうです。

  • アプリストアや決算手段の開放を日本政府から迫られているアップル。政府の議論がまとまったが、問題点はないのか

アップルやグーグルをターゲットにした規制案

政府主導のデジタル市場競争本部(DMCH)で議論されているのが、おもに「スマホのアプリストアや決算手段を外部に開放せよ」ということ。「アプリストアは影響力の大きな巨大IT企業(プラットフォーマー)に独占されていて、公正な競争が妨げられている」という意見が発端になっています。

議論は以前から継続して行われてきましたが、6月16日に政府から最終報告書が発表されました。アプリストアの開放や外部への決済手段の許可などを求める内容で、巨大ITへの規制を強める基本的な内容は以前と大きく変わっていません。一見すると、消費者の立場に立った提案かと思わせるものの、決して政府の理想通りにはならない可能性もあると考えます。

外部アプリストアができたとしても誰も使わない存在に?

政府が目標とするアプリストアの開放は、iPhoneやiPadでは「App Store」に限られているアプリの購入やダウンロードを外部に開放せよ、ということです。しかし、アプリストアが他社に開放された場合、情報を盗み取るマルウエアなど悪意のあるプログラムが組み込まれたアプリが排除されずに流通し、個人情報や金銭をだまし取られるケースが相次ぎ、スマホが安心して使えない世の中になる可能性があります。

アップルがアプリの入手をApp Storeに限定しているのは、アプリ販売の手数料を独占して大儲けしたいからではありません。専門の担当者による厳しいチェックを通過し、アップルの基準を満たした安全なアプリだけを全世界のユーザーに届けるためです。この人間による審査の仕組みは、アプリ販売で利益が得られる有料アプリに対してだけでなく、アプリを販売しても1円の儲けにもならない多くの無料アプリに対しても同様に実施しているのを忘れてはなりません。

  • ご存じの通り、iPhoneではアプリの入手はApp Storeに限られている。掲載されているアプリは、すべてアップルの担当者による細かなチェックを通過した安全なアプリばかりだ

アプリストアで利益を上げたい外部企業が、審査に費用をかけてもお金にならない完全無料アプリを積極的に扱うとは思えず、有料アプリやアプリ内課金を備える無料アプリが中心のラインアップになる可能性は高いでしょう。そうなるとアプリの数はApp Storeよりも格段に少なくなり、スカスカで魅力のないストアになって誰も見向きもしなくなるのは目に見えています。

アップルが30%に設定しているアプリ販売時の手数料も、消費者が期待するほど下がらない可能性があります。外部のアプリストアは、手数料をアップルよりも低く設定しなければ勝負できませんが、iPhoneなどのハードウエア販売による利益も見込めるアップルとは異なり、外部企業はアプリ販売の手数料だけで利益を上げなければならないため、劇的に手数料を下げるのは望み薄。そもそも、アップルは前年の収益が100万ドル(約1億4000万円)以内の小規模デベロッパーに対しては手数料を15%に軽減しているので、それに対抗するのは難しいといえます。

これらの理由から、「アプリストアの開放で、セキュリティやプライバシーを確保しつつ手数料を抑えたアプリストアが続々と登場し、ユーザーはさまざまなストアを比較してアプリをより安く入手できる」といった政府の理想は“絵に描いた餅”になりかねないと考えられるのです。

そもそも、今回発表した報告書では「AndroidスマホはGoogle Playストア以外にもアプリストアの選択肢があるものの、大半の人はGoogle Playからアプリをダウンロードしている」「Google Playストアからアプリをダウンロードできれば十分なので、ほかのアプリストアを使う必要がないと考える人が8割超」といった調査結果を掲載しています。Androidスマホのこの状況を見る限り、App Store以外のアプリストアができたとしても、利用するiPhoneユーザーはきわめて少なそうです。

  • 政府の報告書「モバイル・エコシステムに関する競争評価 最終報告」より。AndroidユーザーはOSメーカーが作ったアプリストア以外はほとんど使っていないことが分かった

アプリ購入時やアプリ内課金時の決済手段を外部に開放し、多彩な決済方法からユーザーが選べるようにすることも政府は求めています。しかし、もしスマホ内にマルウエアが侵入していると、決済の手続きが始まったとたんに潜んでいたマルウエアが立ち上がってニセの決済サイトに誘導され、金銭をだまし取られる…という事態になりかねません。現状のアップルの決済システムは「アップルでさえも登録されたクレジットカード情報は参照できない」といった厳格で安全な仕組みになっているので、その枠組みからあえて抜け出す仕組みを用意するのはあまり得策とはいえません。

心配ごとが尽きない政府の議論、ユーザーも議論に加わってほしい

今回の政府の議論は、いわば「Androidと同様に自由な競争が可能な環境をiPhoneでも提供すべし」ともいえる内容になっています。しかし、日本では2人に1人以上がiPhoneを利用している状況が長く続いており、いまのiPhoneに満足している人に強く支持されているのは疑いのない事実。その状況をわざわざ崩して、あたかもiPhoneを“Androidのクローン”に仕立てるような議論は果たして日本で必要なのか…とも感じます。

また、政府で議論している内容は、2022年11月にEU(欧州連合)で施行されたデジタル市場法(DMA)を強く意識した印象がうかがえます。それをお手本に導入ありきで話が進んでいないか、専門家を交えて深い議論がしっかりなされているのかも気になります。

その心配のもとになっているのが、昨今の政府に対する「デジタル改革の信頼の低さ」にあります。ここのところ、マイナンバーやマイナンバーカード関連で他人の住民票の写しが交付されたり、他人の銀行口座が紐付けられたり、他人にマイナポイントが付与されたり…と、普通に考えてもあり得ないミスが相次いでおり、政府は批判を受けています。誰もが「日本の政治家やお役人はデジタルにめっぽう弱いのでは…」と思う状況だけに、ちゃんと専門家を交えた議論が深められているのかがどうしても気になるわけです。

特に、iPhoneはAndroidに続いて政府がマイナンバーへの対応を求めている最中であり、そのタイミングでセキュリティの低下につながるアプリストアの開放を検討するのはどうか…とも感じます。

生活に欠かせない存在になったiPhone。自由度は少ないものの老若男女を問わず誰もが安心して使える状況がいいのか、アプリ入手や決済などの選択肢が増えるが心配も増す状況がいいのか、ユーザーは一度考えてみてほしいと思います。今後、政府が一般を対象に意見公募(パブリックコメント)を募ると思われるので、今回の議論の内容に不満を感じたら意見を寄せるのもよいでしょう。