日本のデジタル人材不足が叫ばれる昨今、文部科学省は2003年度から必修科目としてきた高等学校の「情報」を見直し、2022年度から「情報I」を実施しています。その中で「データサイエンス」の授業に使用するカリキュラムを、アドビと関西学院千里国際高等部(以下、関西学院)が共同で開発。2022年11月から2023年3月にかけて、関西学院にて授業が行われました。

  • アドビと関西学院が共同で開発した「科学的根拠に基づくデザイン」を学ぶ授業の様子を取材しました

きっかけはアドビの有志による集まり。デジタル人材育成に貢献する活動として、クリエイティブ分野に加えて、データソリューションに関しても支援できることがないかを模索していたそうです。新しい取り組みの一つとして、カリキュラムの実施をアイデアベースの段階で何人かの先生に相談したところ、関西学院で技術科と情報科の主任を受け持つ西出新也先生から授業として行うと申し出があり、速いスピードで授業が実現しました。アドビ側も、「クリエイティブ デジタル リテラシー」を持つ人材の育成を加速するプロジェクトとして、2022年6月30日に発表しています。

一方の関西学院は、インターナショナルスクールと日本の中高校が一緒になっているため、9月入学がある学校です。授業は前後期に分かれており、一般の高校とは少し異なるところはありますが、授業の内容は基本的に一般的な中高校と同じ。ITやデジタル教育に興味がある学生が特別に集まっているわけでもありません。今回のカリキュラムは初めてということもあり、情報科の選択授業として実施。関西学院の11年生(日本では高2か高3に相当)が対象となって、23名の生徒が35時間の授業を受けました。

  • 大阪府の箕面市にある関西学院千里国際高等部は、中高一貫教育でインターナショナルスクールも併設されています

気になるカリキュラムは、科学的根拠に基づくデザイン(Evidence-Based Design)を学ぶことをテーマとしています。生徒がデータサイエンスを身近なものに感じられるように、関西学院のウェブサイトを教材にしました。

  • 高等部で技術科と情報科を指導する西出新也先生はカリキュラムの作成に関わり、授業を行いました

具体的には、入学検討者向け案内ページの来訪者データを、アドビのウェブ分析ツール「Adobe Analytics」を使って分析し、課題の発見と改善アイデアを検討します。さらに生徒同士で意見を交換し、教師とアドビからフィードバックをもらい、プロトタイピングツール「Adobe XD」によって改善したウェブサイトのプロトタイプまで作成。最後にその結果をプレゼンテーションするという、一連のプロセスを体験するものです。

  • 授業は学校のウェブサイトを教材として、分析と改善案を提案する実践的な内容。「Adobe Analytics」や「Adobe XD」といったツールの使い方も学びます

  • 「データ分析やツールがない時代は、カン=K、経験=K、度胸=Dをもとにデザインを考えてきたが、現代は同じKKDでも仮説・検証・データサイエンスを使うことが重要」(西出先生)

自分が通う学校のリアルなデータを使うという実践的なカリキュラム、生徒たちの関心は高く、あっという間に満席になったとのこと。この授業を選択した理由を生徒たちに聞いたところ、「ITやデータサイエンスに興味があった」という以外に、「使ったことがあるイラストレーターを作った会社と一緒に授業ができる点に興味を持った」という声もありました。

授業を行ったのは先述の西出先生です。アドビのチームは、ツール類の使い方やノウハウを学ぶ約10分の動画を作成し、不明点があればサポートするという立ち位置。直接参加はせず、最終のプレゼンを行う授業で初めて学校を訪れました。

  • データ分析の方法やツールの使い方を学ぶ動画はアドビが作成

  • いつもはオンラインで授業に参加するアドビのスタッフが初めて学校を訪れ、生徒たちと最後の授業

生徒たちは計8つのグループに分かれ、少人数で課題に取り組みます。普段の授業は慣れたパソコンで作業しますが(基本的に自分のパソコンを持ち込んでいます)、もしスペックが足りないときはパソコン教室のハイスペックなマシンを利用。

プレゼンのスタイルは各グループとも個性的で、ウェブサイトのプロトタイプまで作り込んでいるグループもあれば、紙のポスターで発表しているグループもいて、それぞれがやりやすい方法を選んでいました。

  • 生徒たちは少人数のグループに分かれ、自分のパソコンを使って作業

  • データ分析などは学校のパソコンを利用することも

  • 動画や用意された資料を見ながらどんどん作業を進めていきます

今回、見学して面白かったのは成果発表の方法です。1グループずつ前に出て全員に向けて……というよくある形式ではなく、発表場所を4つに分けて、発表グループと視聴グループが1対1で。それぞれ少人数なので発表に参加している意識が高まり、視聴側の意見をもとに発表側が内容や話し方を変えるなど、プレゼンをスキルアップさせる授業にもなっていました。

  • 2つのグループが1対1で発表と審査を担当します

  • 1回の授業で計4回の発表を行うことで、プレゼンの力も高められますね

「学校のウェブサイトにどの地域からどれだけ訪問者があるのか分析」という部分は各グループで同じですが、改善案はまちまち。海外からアクセスが多いので英語ページを充実させる、動線がわかりにくいのでメニューを見やすくするといった、いろいろな改善案が提案されていました。

データの分析やツールの使い方は理解できているように見えましたが、一部には「仮説を立てるのにあまりツールは使わなかった」という意見も。この辺りに正解はありません。

  • グループによって個性があり、作り込まれたプレゼンも

  • 必ずしも「デジタル」で発表する必要はなく、いくつかのグループはプリントアウトしたポスターを使っていました

  • 今回は少数でしたが、データの分析結果に基づいた改善のプロトタイプを発表しているグループもありました

筆者がこれまで取材してきた情報系の授業やプログラミングの授業では、創造性を高めようとがんばっているものの、決まったツールを決まった目的にあわせてどれだけ上手に使えるかに寄りがちなところがありました。

関西学院の授業はそうした雰囲気はほとんどなく、大学生や社会人がワークショップかハッカソンをしているような印象です。同級生と一緒に、このような学びの場を体験できる生徒たちがうらやましく思えました。

  • 授業というよりハッカソンイベントのような雰囲気

生徒たちに感想をたずねてみたところ、「データアナリティクスという言葉も何に使うかも授業で初めて知ったが、いつもアクセスしているネットと関連があることがわかったのがよかった」、「将来は自分の店を持ちたいと思っているが、そのサイトを作るときに授業で学んだことが生かせると思った」といった意見が聞かれました。

  • どのグループもツールの使い方やデータの分析はひと通りできているようです

今回は初めてのデータサイエンス授業ということで、計画していたカリキュラムをこなすには時間が足りなかったよう。西出先生も「私は専門家ではないため、情報科で今までやっていた統計の分析を織り混ぜながら生徒たちと一緒に学んできた。新しいことをしているという手応えはあり、もっとやりたいと思うけれど1年で35時間と授業時間が決まっている。今回は後期に週3回のペースで行ったものの、圧倒的に足りないと感じた」と話していました。

関西学院の萩原伸郎校長は「現代はテクノロジーやデータサイエンス、デジタルグラフィックスといった、ありとあらゆるものを積み重ねながら学ぶ必要がある。知識を理解して技能を身に付けるのではなく、教科を超えた探究学習みたいなものがいいのではないか思う。本校でもいきなり新しいやり方を導入するのは難しいが、展望というか理想像も見据えながら学生たちのために取り組んでいきたい」と、今後も授業の実施に前向きな姿勢を見せています。

  • 関西学院の萩原伸郎校長は、データサイエンスを学校で学ぶ重要性を強調します

  • 授業に参加した学生たち

2023年4月からは「情報I」に加え、情報システムやデータを適切に扱いながらコンテンツの創造力も育成する「情報II」も始まるとのこと。今回実施されたカリキュラムの内容は多くの高校で参考になりそうですが、さらに導入しやすい授業になるよう今後の動きにも期待したいところです。