withコロナ時代の新しいオンライン会議の在り方として、メタバース空間とアバターを利用するコミュニケーションが注目されています。そんな中、12月15日に山形東高等学校(以下、山形東高校)と、NTTコミュニケーションズ(以下、NTT com)、レノボ・ジャパン(以下、レノボ)の三者は、メタバースプラットフォーム「NTT XR Space WEB DOOR(以下、DOOR)」上で模擬国連活動を実施しました。

  • メタバースプラットフォーム「NTT XR Space WEB DOOR」にて模擬国連を実施

模擬国連ってなんだ?

「模擬国連」ってご存知ですか? 国連会議などの国際会議を念頭に、おもに中学生や高校生が各国の大使になりきって、特定の議題について担当国の状況を踏まえながら議論や交渉、採択などを行う一種のロールプレイです。国際問題への理解を深めつつ、ディスカッションの学習にもなることから、世界中で採用する学校が増えています。英語表記は「Model United Nations」です。

今回の取り組みのきっかけは、レノボとNTT comが共同でメタバース空間を利用した新しい教育プログラムについて研究する中で、山形東高校と出会ったことでした。山形東高校は放課後学習の1つとして模擬国連を取り入れ、コロナ禍のもとでオンライン実施を試行錯誤しているところだったのです。

  • 国連安全保障理事会の会議室をイメージした部屋

ZoomやTeamsといった既存のWeb会議システムの多くは、対面でリアルにディスカッションするときとは異なり、多人数同士の話し合いのときにあっちこっちで同時並行的に会話することができません(分科会のような別ルームを作ることは可能)。実感している人も多いと思いますが、ある人がしゃべっている間は、別の人は基本的に聴いているだけになりがちですし、視聴する側が意図しないタイミングで画面が占有されたりして、思うように議論するのが難しい側面があります。

今回のプラットフォームとなったDOORでは、メタバース空間上に複数の会議室を設け、全員集まる部屋と、グループ同士で集まる部屋を分けました。アバター間には遠近感を実装しており、離れた位置のアバターが発した声は、距離に応じて音量が小さくなっていきます。このため、グループごとに固まっていれば、グループ内では音声で意見を擦り合わせながら、全体とはチャットでやりとりするといったことも可能です。

アバターによる模擬国連で議論を採決するまでの流れ

模擬国連の空間は、DOOR上に国連安全保障理事会(安保理)の会議室をイメージしたデザイン。会議に参加する生徒たちは、担当する国のアバター名でログインしました。

生徒たちは2年生と1年生。1年生は初めての模擬国連です。彼らは学校内の3教室を利用して、学校のPCから参加しています。DOORの操作は1回練習しただけとのことでしたが、そこはデジタルネイティブ世代、スムーズに入り込めたようです。一方の取材陣は、頭が液晶パネルになった背広姿のアバターで統一し、会議スペースの周囲で見学しました。

  • 視点を一人称から三人称に切り替えたところ。取材ということで、遠巻きに見学しています

さて、模擬国連の参加国は、アメリカ、イギリス、イラン、インド、中国、ドイツ、ナイジェリア、ブラジル、ベトナム、ロシアの10カ国。アメリカとロシアだけ2名ずつ、議長も2人です。実際の国連安全保障理事会の常任理事国としてはフランスが、非常任理事国(2022年12月時点)のエクアドル、日本、マルタ、モザンビーク、スイスが入っていませんでした。

議題は「牛肉食と鶏肉食のどちらかを国際食として標準化しよう」というもの。あくまで模擬ということで、実際の国際問題とは隔たりがあります。インドの担当者が「ヒンズー教国家としては宗教上の理由から牛肉食の普及は困難」「牛よりも鶏のほうが得られる肉の量に対する飼料の量が少ない」などを挙げて、鶏肉食をすすめます。

一方、ロシアやイランは、「牛肉はビーフシチューが美味しい」「ほかの調理方法もいろいろある」「鶏肉は食中毒の恐れが牛肉より高い」といった意見を出します。ヒンズー教が国教の国は世界に2カ国のみという冷静な指摘もありました。

ここで議長の指示が。牛肉食の支持派と鶏肉食の支持派に分かれ、セカンドルームに移ります。セカンドルームは1カ所で両グループとも室内にいますが、牛肉派と鶏肉派が部屋の反対側で固まるようにすることによって、相手陣営の声は聞こえない(聞こえにくい)状態になります。各派とも、どうやって相手を説得するか意見を出し合いました。なお、アバター同士の遠近感は設定で調整できるとのことです。

  • セカンドルームの様子。発話中の国は名前に色の枠が着きます

  • 描画のポリゴン数を抑えているため、一見すると時代遅れな印象も受けますが、オブジェクトの一部に高解像度のビデオ画面が貼り付けられているなど、技術面が劣っているわけではありません。環境さえ整えば、グラフィック表現はぐっと上がるでしょう

セカンドルームの擦り合わせでは、牛肉派は「牛肉煮込み」と「ビーフシチュー」が美味しいことを訴求する方針が定まりました。鶏肉派は「から揚げ」1本に絞って美味しいことを訴えます。

時間となり、再び議長の指示でメインの安保理会議室に戻ります。1カ国ずつ、3つのメニューに賛成と反対の票を投じていき、その様子は壁面に投影した表計算ソフト上で集計されます。最後は「ビーフシチュー」が賛成多数で可決され、世界中でビーフシチューを食べることが義務付けられました。

  • ビーフシチューが標準食に決まった瞬間

オンラインの取り組みに子どもたちはすぐに順応

DOORを利用した模擬国連は、安保理の会議室にとても雰囲気があって良いこと、アバターが単純化されているため低スペックのPCでも問題なく動作すること――などが魅力と感じました。一方で今回はテストでもあるため、通信状況はあえてギリギリの水準となっており、音声が途切れがちになったり、会議室を頻繁に入退室したりするシーンもありました。

黎明期のネットゲームみたいな景色だなと考えていると、「ラグがあるからスロー気味に話して」「オンライン用のしゃべり方がいいよ」といった声が聞こえてきて、今どきは「オンライン用のしゃべり方」があるんだな……と気付かされました。

「子どもたちはゲーム感覚ですぐ操作に慣れ、できることとできないことをいろいろ試しては『なるほどね』と納得し、今日いきなりやってと言われたことも難なくこなします。むしろ大人のほうが戸惑っていましたね」(模擬国連を指導した佐々木隆行先生)

  • 模擬国連を指導する佐々木隆行先生。普段の担当科目は理科・生物・情報

生徒たちは「ほかのオンライン会議ツールよりも議論しやすい」「授業も週に1回くらいはこれでやってはどうか」といった感想も聞かれたそうです。

今回は限られた時間で実施した模擬国連のデモンストレーション的な内容だったため、議題も現実的ではありませんでした。過去の全日本大会(模擬国連)を振り返ると、かなり真面目なテーマで大人が見ても参考になる深い議論を展開しています。

例えば、2021年の議題は「核軍縮・核不拡散」、2020年の議題は「宇宙利用」でした。山形東高校は、今後はグローバル・クラスルーム日本協会が主催する模擬国連の全国大会への出場を目指して、研鑽を積んでいきたいと話していました。

ROOMの企画・構築支援を行ったNTT com、運用を支援したレノボは、今後の計画について「場所・人数の制約をなくし、より多くの生徒の参加機会を創出。他社との協働を通じて社会問題の解決に向けて主体的に貢献する人材の育成と、将来の国際社会におけるリーダーの排出に寄与することを目指す」とのことです。

これからは企業の会議や打ち合わせだけでなく、国際会議もオンラインやハイブリッドが増えていくと予想できます。しかし、オンライン会議は前後の顔合わせや雑談がしづらく、根回しやフォローが難しいという声も聞かれます。ROOMのような遊び心あるメタバース空間の会議室は、オンライン会議ツールの方向性に一石を投じることになりそうです。