昨今注目を集めている電気自動車(EV)や自動運転など、クルマの進化には目を見張るものがあります。一方でクルマの中、つまり車室空間のあり方についても各社がさまざまな提案を打ち出しています。クルマに求められる価値が変わる中で、ドライバー向けの支援技術や、移動時間を快適にする仕掛けはますます重要な付加価値となっているのです。
そうした車室空間ソリューションを自社の重点領域と位置づけ、事業展開を行っている企業のひとつが、パナソニックグループで車載事業を担当しているパナソニック オートモーティブシステムズ(PAS)。2022年4月に、同グループの持ち株会社制移行に伴って発足した会社です。「カーメーカーとは違うひと・くらし視点での体験価値創造」を行い、あらかじめ決まった仕様に合わせてモノづくりをするのではなく、PASならではの視点を活かして事業に取り組むことを目指しています。
そのPASが2月14日、「ファミリー」、「シニア」、「Z世代」をターゲットにした3つのコンセプトカーを報道陣向けに公開しました。コロナ禍に見舞われた3年ほどの間に取り組み、既存のクルマをベースとしてパナソニックグループのもつさまざまな技術を組み込んでカタチにしたもの。2025〜2028年頃の実用化を目指しているそうです。それぞれのコンセプトの内容とねらいを紹介していきましょう。
家族一緒にお出かけを楽しむ、近未来コンセプトカー。衛生面にも配慮
ファミリー向けのコンセプトカーは、「家族のきずなが深まる車室空間」という切り口でつくられたもの。3列シートを備えたミニバンをベースに車室を改装し、衛生面に配慮しつつ家族で外出を楽しめるような仕掛けを多数盛り込んでいます。
目を引くのが、車室をタテに長く区切るように、左右の座席の間に置かれた木製の部材です。これはテーブルとしても肘掛けとしても機能するようになっており、はっ水加工や、モノを置いても滑りにくいようにするといった表面加工を施しているとのこと。担当者は「家族でテーブルを囲み、みんなで食事するようなイメージ」で作ったと話していました。
車室の天井部にも仕掛けが盛り沢山。一見するとフワッとした柔らかい素材におおわれた一枚板に見えますが、周囲には間接照明のような淡い光を放つLED発光部を備え、やさしい風を吹き出す空調機構、環境音などのサウンドを流すハイレゾオーディオ対応のスピーカー4基(1列目×1、2列目×2、3列目×1)もすべて天井に配置。これらを組み合わせた“車窓風景拡張”により、クルマの外の雰囲気と車室が一体化したような、ダイナミックな演出が行えるようになっています。
テーブルの上にあたる部分にはスポットライトを縦一列に備え、点灯させると食事が美味しく見えるようにライティング。落ち着いたサウンドが天井から降ってくるような、明るくリラックスできる車内で、家族一緒にご飯を楽しめるようにしています。こういった天井のしつらえには、狭い空間を広く見せるための建築手法も応用しているとのこと。
コロナ禍を経て生まれたコンセプトカーということで、衛生面への配慮も。具体的には、パナソニック独自の次亜塩素酸を用いたファインミスト除菌システムや、UVフラッシュ床面除菌といった機構を備え、手のふれるエリアや足元をクリーンな状態に保ちます。
担当者によると、このファインミスト除菌システムを5分程度噴出させ、30分ドアを閉じておくことで車内を除菌できるそうです。除菌中は車室内を青く照らし、「フィーン……」という比較的高い効果音を鳴らすなど、“衛生の見える化”も実現しました。ただ、これらはコロナ禍の初期段階の構想をカタチにしたものなので、すべて今後必要になるかどうかは精査していく必要がある、ともいいます。
ふたたび天井に目を向けると、フロントガラス手前と2列目の両サイドに3基のカメラがあることに気付きます。
このカメラは常に家族の様子をクルマが見守る、という発想で搭載されているもので、たとえば健康チェック機能では家族の脈拍と体温をカメラで計測し、そのモニタリング結果を1列目のダッシュボードに搭載した15.1型の大型モニターに表示できます。また、移動時の談笑中に家族がワッと盛り上がると自動でその様子を撮影し、手元のスマホなどに転送するといった機能も備えているとのこと。
ほかにもちょっと変わった趣向の機能として、「タッチスタンプコミュニケーション」という新しいソリューションも備えています。ドアパネルの一部に木目調のデザインがあしらわれていて、そこにハートマークなどのアイコンを複数表示。指で軽く触れるだけで、自分の今の気持ちを声を出さずに、任意のシートに座っている人に伝えられるのです。
チャットツールやSNSでスタンプを使ってコミュニケーションをとることが当たり前になった世代を意識したもので、たとえばミニバンでは1列目と3列目に座った人はなかなか会話しにくい、という課題を解決するねらいがあるそうです。
シニアドライバーを支え、“前向きな気持ち”にするコンセプトカー
シニア向けのコンセプトカーは、「シニアが前向きな気持ちになる車室空間」を目指し、約6万人のユーザー調査を経てつくられたものです。70代のシニアドライバーを想定しており、視力や聴力といった身体機能の衰えや、長年の“運転癖”(マイルール)などで安全意識が低下している部分を、クルマ側からサポートする機能を搭載しています。
ここで目を引いたのが、ダッシュボード上にフワッとせり出してくるマスコット。富士山のような山形に盛り上がったカタチで表面はファブリック地におおわれていて、丸い目とシッポを内蔵LEDで表現しています。
このマスコットがドライバーに現在の車道や周囲の状況を伝えて運転をサポートしてくれるほか、さまざまな安全運転の習慣を教えてくれたり、運転終了時には自分の運転が安全だったのかどうかを見直せる診断結果をダッシュボードに画面表示したりする仕組みも装備しました。開発過程で実際に体験した被験者からは、「運転中に夫が横から指摘してきて気になる」といったリスクが減って運転しやすくなった、という声もあったとのこと。
他にも、開発の過程で体験したシニアドライバーの間で高評価だったのがヘッドアップディスプレイ(HUD)だった、と担当者は話していました。見慣れない警告マークに気を取られて下を見ていたら、視線の上にある赤信号に気付くのが遅れた……という状況はシニアドライバーならずとも起きがちですが、HUDシステムを組み込んだ視線移動の少ないコクピット設計を導入することで、こういった課題を解決できるとしています。
車外には指向性のあるマイク4基を備え、ヘッドレストにはスピーカーを装備。車内で音楽などを聴いていても、付近を走行する救急車など外の音が聞き取りやすく、自車に対してどの方向に、どの程度の距離感で走っているのかも分かるようにする「音像定位制御」を盛り込んだサウンドシステムも開発。今回のシニア向けコンセプトカーに乗り込んでデモ体験ができました。文字で伝えるのが難しいのですが、感覚的には昨今の立体音響や3Dオーディオのような体験のイメージに近いと思います。
個人的にはこれ以外にも、ウィンカー(方向指示器)などと連動する車内のAピラー内蔵警告灯の点灯デモが興味深く、結構引き合いがありそうだと感じました。
パナソニックによるこういったシニアドライバー向けの提案は、既にカーメーカーにも行っているそうですが、自動車免許を取得したばかりの運転初心者や、米国や中国のように長距離乗るといったシチュエーションにも応用可能ではないかという話があり、シニアに限らずさまざまなニーズが見込めそうだ、と考えているとのこと。