具体的な仕組みとしては、まず送信者がミューオンを検出し、その時刻を暗号鍵として文書をエンコードする。一方、受信者は同一のミューオンを別の場所で検出することで、その検出時刻を保存する。受信者は送受信者間の距離からミューオンの飛行時間を正確に計算することができるので、暗号鍵の物理的なやり取りをすることなく、文書をデコードすることが可能となるとする。

さらに、ミューオンが地表へ到着するタイミングには極めて高い任意性があり、到着時刻をピコ秒精度で記録することで、到着時刻そのものを10桁以上の真性乱数から成る暗号鍵として取り扱うことが可能だという。ミューオンの速度は屋内、屋外、地上、地下問わず同じ速度が担保されていることから、地球上いかなるところでも、今回開発されたCOMOCATを利用することが可能だとしている。

  • COSMOCATの原理

    COSMOCATの原理 (c) 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix (出所:東大 地震研究所プレスリリースPDF)

COSMOCATの応用例としては、現在、近未来技術として普及しつつあるスマートビルディングや空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムがある。このようなシステムで用いられる次世代近距離通信においては、実はセキュリティがほとんど考慮されていないことが問題視されているという。そのため、ビル内のインフラのハッキングや、ワイヤレス電力伝送システムからの電気窃盗などが起きやすい状況になっているという。COSMOCATによる暗号化通信を活用すれば、こうした近距離通信において高いセキュリティを担保できるようになると研究チームでは説明する。

  • COSMOCATの応用例

    COSMOCATの応用例。(A)スマートビルディングへの活用。(B)空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムへの活用 (c) 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix (出所:東大 地震研究所プレスリリースPDF)

なお、COSMOCATの課題としては、ミューオンの到来が必要なため、逆をいえば到来頻度が暗号化通信速度のボトルネックになるという点だが、その点について研究チームでは、パケットあたりのデータ量を増やすことで通信速度を向上させることが可能だとしているほか、総当たり攻撃で暗号を解読するためにかかる時間は、パケットごとに暗号化されているため、データ量が増えるほど暗号解読に時間がかかるようになり、例えば1GBのデータであれば、仮に最新のコンピュータを用いたとしても、デコードにはおよそ5万年ほどかかるという。

  • COSMOCATのパフォーマンス

    COSMOCATのパフォーマンス。(A)COSMOCATの暗号化通信速度。(B)総当たり攻撃で暗号を解読するためにかかる時間。(c) 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix (出所:東大 地震研究所プレスリリースPDF)

またこの暗号解読に関しては、現在、将来的に実現されるであろう大規模な量子コンピュータの悪用が危惧されているが、COSMOCATの場合は、用いられる暗号鍵が真性乱数であるため、量子コンピュータを用いても現実的な時間で暗号を解読することができないとするほか、送受信者間で暗号鍵の物理的なやり取りがないので、暗号鍵が盗まれることも考えにくいとのことで、次世代近距離通信におけるまったく新しいワイヤレスセキュリティ技術としての普及が期待されるとしている。