東京大学(東大)と九州大学(九大)は11月26日、2021年3月に東京湾アクアライン海底トンネル内部に設置した「海底ミュオグラフィセンサーアレイ」(HKMSDD)の一部(「東京湾海底HKMSDD」(TS-HKMSDD))を用いて、同年6月1日から8月18日までの79日間にわたって長期観測を実施。得られたデータと天文潮位データを比較することで、2時間の時間分解能で密度の時間変化にして3‰、約1日の時間分解能では1.5‰という高い観測精度を達成したことを発表した。

同成果は、東大 国際ミュオグラフィ連携研究機構 機構長の田中宏幸教授を中心とした、東大 生産技術研究所、東大大学院 新領域創成科学研究科、東大 大気海洋研究所、九大、英・シェフィールド大学、英・ダラム大学、英国科学技術施設会議ボルビー地下実験施設、伊・原子核物理学研究所、伊・サレルノ大学、伊・カターニャ大学、ハンガリー科学アカデミー・ウィグナー物理学研究センター、チリ・アタカマ大学、フィンランド・オウル大学Kerttu Saalasti研究所の研究者も参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

ミュオグラフィは、宇宙線が大気圏の上空において窒素や酸素などの原子と衝突することで二次的に生じる高エネルギー素粒子「ミューオン」が構造物などを通過する際の減少量を調べることで、ピラミッドや原発などの巨大な建造物や火山などをレントゲンのように透視する技術として知られるが、陸域での測定においては、1%を切る密度の時間変化を追うことは困難であることが課題となっていた。

そこで、リアルタイム測定の実験として、天文潮位測定を行うため、東大(国際ミュオグラフィ連携機構、生産技術研究所、大学院新領域創成科学研究科)、九大、関西大学、シェフィールド大、英国科学技術施設会議ボルビー地下実験施設、ウィグナー物理学研究センター、NECの7者は2021年3月19日に、東京アクアライン海底トンネル内部の100mにわたってTS-HKMSDDの一部を設置したことを発表。そして、6月1日から8月18日までの79日間にわたって長期観測が実施された。

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    (上)東京湾アクアライン。(下)東京湾アクアラインの断面図。「MU」とあるのが、TS-HKMSDDの一部が位置された箇所 (c) 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix (出所:共同プレスリリースPDF)

今回の実験でミューオンは、東京湾の海水を通り抜け、さらに海底の岩盤や東京湾アクアラインを構成するコンクリートなども貫通し、TS-HKMSDDのセンサに到達する。このミューオンの到達数を時間ごとにカウントすることで、海水の厚み、つまり海水準の変動を測定できるという。

逆に、海水準の変動を活用して、海底ミュオグラフィの観測精度を検証することも可能だとするほか、ミュオグラフィ測定の時間分解能、空間分解能、測定範囲は、トンネル内にインストールするセンサモジュールの敷設範囲、敷設密度を上げることによって向上させることができるという。

また、海底下においては、測定装置の上に位置する海水の「吸い上げ効果」によってミューオンフラックスの時間変化の大部分が補償される。その結果、陸域での観測精度をオーダーで改善した2時間の時間分解能で3‰/、約1日の時間分解能では1.5‰の観測精度が達成されたとする(前者の3‰は天文潮位を正解とした値からのずれの標準偏差、後者の1.5‰はLunar day(月の1日)単位では海水準が変動しないと仮定した時のゆらぎの標準偏差が示されている)。

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    TS-HKMSDDによる測定結果。(A・赤線)TS-HKMSDDにより測定されたミュオンカウント数。(B・青線)天文潮位 (c) 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix(出所:東大Webサイト)

研究研究チームでは今後、HKMSDDをさまざまな海洋・海底下環境に活用することにより、国内外に散在する海底トンネルを活用した台風や、地震による津波、海底砂丘の移動による海底地形変化などの高精度イメージング測定などの応用展開が期待できるとするほか、海洋ダイナミクスによる海水密度変化などの測定や、東京湾海底における南関東ガス田に関する評価、HKMSDDを耐圧容器に入れ、より深い海底に適用することにより、海底火山や火山島などを含む海洋地殻の内部構造や、海底下環境における二酸化炭素貯留隔離(CCS)などの環境モニタリング技術としての応用展開など、幅広い活用が期待されるとしている。

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    (A)TS-HKMSDDによる潮位の時間変動。(B)天文潮位との差分 (C)2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix (出所:東大Webサイト)