ガスジェットになぜ液体がある?

ガスジェットのスラスタで液体が漏れる可能性については、少し補足が必要だろう。OMOTENASHIのガスジェット推進装置は、フロン系の推進剤を使用。これは気液平衡状態でタンク内に充填されており、液体から蒸発したガスを抽出し、それをスラスタから噴射する仕組みになっている。

  • OMOTENASHIに搭載されたガスジェット推進装置の概念図

    OMOTENASHIに搭載されたガスジェット推進装置の概念図 (C)JAXA

タンクとスラスタの間には、蒸発したガスを一時的に溜めておく空間として、プレナムが用意されている。プレナムには通常、ガスのみが溜まる設計であるが、タンク側の内部バルブの特性上、液体の微小なリークが発生。2019年9月に推進剤を充填してから打ち上げるまでの3年間にリークした液体が存在する状態になっていた。

ただ、リークがあることについては、プロジェクトチームは事前に把握していた。液体がスラスタから噴射されると、想定外の大きな推力が発生するという問題がある。しかし、パルス的に慎重に噴射することで、推力がもし10倍あっても正常にレートダンプ制御ができるよう対策。ミッションの遂行に問題は無いと判断していた。

実際に、レートダンプ制御が正常に終了していたことから、ここまでは予定通りだったはずだ。しかし、問題が発生したのはその後だった。

本来、探査機の回転が収まり、レートダンプ制御が終了したら、スラスタのバルブは全て閉じるはずなのだが、何らかの原因により、十分に閉じなかったバルブがあったのではないかとJAXAは推定した。プレナム内にまだ残っていた液体推進剤がそこから噴射され続けたことで、異常回転が引き起こされた、というわけだ。

  • JAXAが推定した故障シナリオ

    JAXAが推定した故障シナリオ。スラスタバルブが閉じなかった? (C)JAXA

探査機を綺麗に回転させるためには、2基のスラスタをペアで動かす必要があるが、2カ所のバルブで同時に問題が発生するというのはやや考えにくい。ただ、リークがスラスタ1基だけで起きた場合でも、複雑な回転にはなるものの、液体の作用によるニューテーションダンプ効果で、1軸の回転に収束する可能性がある。

スラスタバルブが閉じなかった理由としては、シール特性の劣化やコンタミ(微小な異物)の混入などが一般的に考えられるが、まだ特定はできていない。何年にも及ぶ打ち上げ延期が影響を及ぼした可能性はあるものの、ただメーカー側の説明によれば、シールの耐久年数はもっと長いとのことで、確たる証拠は無い。

このガスジェット推進装置は調達した製品であるため、内部は基本的にブラックボックス。入手可能な情報には限りがあり、これ以上の原因究明は難しく、運用異常対策チームはこれで「一定の結論を得た」と判断した。調査はこれで一区切りとなるが、今後、新たな情報を得た場合には、追加で原因究明を行う可能性もあるという。

今後の超小型機のために得られた教訓

プレナムに液体推進剤が漏れていただけでは、おそらく問題は無かった。スラスタバルブが閉じなくてガスだけ噴射されていても、回転はそんなに速くならなかったはずなので、リカバリーできていた可能性が高い。直接的な原因はスラスタバルブであるが、この2つの現象が同時に起きたことで失敗したというのは、やや不運だったかもしれない。

「たられば」に過ぎず、あくまで結果論になってしまうが、打ち上げ前にプレナムから液体推進剤を除去していれば、失敗を防ぐことができたかもしれない。それをしなかったのは、探査機に再度手を加えるとNASAの安全審査がやり直しになるからだ。NASAへの引き渡し期限に間に合わなくなる恐れもあり、難しい判断だった。

  • 打ち上げまでの経緯

    打ち上げまでの経緯。NASAには2021年7月に探査機を引き渡していた (C)JAXA

SLSの長期の延期により、スラスタバルブに異常が発生したのかどうかは不明だが、度重なる延期によってそれだけ多量の液体推進剤がプレナムに溜まったわけで、少なくとも失敗への影響はあったと言える。JAXAは今回の報告で、相乗りの場合は想定外の長期間、待機・保管する可能性があり、影響については十分な評価を行う必要があると言及した。

  • 得られた教訓としてJAXAがまとめた事項

    得られた教訓としてJAXAがまとめた事項 (C)JAXA

OMOTENASHIのような超小型機には、大型機とは全く違う開発手法が必要になる。搭載スペースの制約が非常に厳しいため、信頼性を向上するための冗長構成は採用しにくいし、機器が増えればミッションが成立しなくなる。また、そのためにコストが増え、開発期間が長くなれば、そもそも超小型機のメリットが失われてしまう。

超小型機は、挑戦的なミッションを行いやすいことが最大の強み。機器をブラックボックスとして使用することにはリスクもあるものの、低コスト・短期間の開発のためには、なるべく既存の製品を使う必要がある。JAXAは今後も超小型機を積極的に活用する方針で、製造メーカーとのコミュニケーションや調整をより強化していくとした。

  • OMOTENASHIの開発方針

    OMOTENASHIの開発方針。超小型機には超小型機なりの作り方がある (C)JAXA

OMOTENASHIは春にも復活するか?

今回、JAXAからは、今後の運用予定についてもアップデートがあった。最新の解析結果によれば、OMOTENASHIの太陽電池パネルに太陽光が当たり始めるのは2023年1月中旬以降。最大になるのは4月中旬と見られる。前回の報告では、最大になるのは7月とされていたので、OMOTENASHIの復活はそれよりも大幅に早まりそうだ。

OMOTENASHIの運用は現在、一時的に中断されているが、電源が起動する時期に再開する予定。残念ながら月面着陸のミッションはもうできないものの、それ以外の観測・実験はまだ実施できる可能性があり、プロジェクトチームは当面、OMOTENASHIの復旧を目指した準備を進める。

  • OMOTENASHIの運用が再開すれば、これらの観測・実験を行う予定だ

    OMOTENASHIの運用が再開すれば、これらの観測・実験を行う予定だ (C)JAXA

ただOMOTENASHIは今後、どんどん遠ざかっていくため、どこまで実施できるかは、復旧の時期次第になる。ミッションの1つであるUHFアマチュア無線による通信実験については、4月以降になると厳しいものの、2月~3月くらいであれば、大きなアンテナなら受信できる可能性があるとのこと。

月面着陸時に使うはずだった固体ロケットモーターの点火実験も想定されている。これは日本で初めて、レーザー着火方式を採用したもの。今から固体ロケットモーターに点火しても、もう月面着陸はできないし、ここで軌道を変えて何かができるわけではないのだが、ちゃんと点火して推力が発生したかどうかには大きな意味がある。

  • 固体ロケットモーターの本来の使い方

    固体ロケットモーターの本来の使い方。点火によって本体と分離する (C)JAXA

探査機からの電波が届く距離であれば、点火の有無だけなら確認できる見込み。点火に成功すれば、それによって探査機本体が破壊された場合には電波が途絶するし、生き残った場合には周波数が揺らぐはず。いずれにしても、点火したことの証拠になる。

さらに、もしアマチュア無線も届く距離であれば、速度変化まで分かる可能性があるという。固体ロケットモーターの上に乗っている着陸機には、アマチュア無線の送信機が搭載されていて、加速すればそれが電波の変化として表れるはずだ。まずはOMOTENASHIの復活時期に注目だろう。