いま、教育現場は悲鳴をあげています。
日本の教育現場は「過労死ラインの残業時間」「給特法(※1)」などの旧態依然の問題に加え、「次世代人材・デジタル人材の育成」といった、新たな課題の対応に追われている状況です。
※1:給特法とは「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」のことであり、原則として、残業代と休日勤務の手当が一切出ず、代わりに給料の4%に相当する額が「教職調整額」として支給される。
教育現場に大きな変革が求められているなか、NASEF JAPAN(国際教育eスポーツ連盟ネットワーク日本本部)によって、eスポーツの教育的活用が試行錯誤されています。今回は、2024年6月1日に開催された「第5回NASEF JAPAN eスポーツ国際教育サミット」を取材しました。
果たしてeスポーツは、ゲームの持つ「負のイメージ」を払拭して、日本の教育現場を救い、次世代人材の育成に寄与するのでしょうか。
「NASEF JAPAN eスポーツ国際教育サミット」とは
「NASEF JAPAN eスポーツ国際教育サミット」は、NASEF JAPAN主催の「eスポーツの教育的活用」について理解を深める勉強会。今回で5回目の実施です。
NASEF JAPANとは、eスポーツを通じて中高生の育成を促進し、デジタル人材の育成に資することを活動方向性とするNPO法人。「次世代人材の育成」を活動方針としており、2022年に実施された第3回の同サミットでは「日本の国別GDP前年成長率はOECD加盟国191か国中の157位であること」「デジタル競争力が低く、デジタル人材の不足していること」が活動の背景にあると示されました。
NASEF JAPAN 理事長、松原昭博氏によると、本サミットの目的は「eスポーツを広めるのではなく、eスポーツを入り口にして教育にいざなう」「eスポーツを活用して子どもたちの可能性や興味の幅を広げる」とのことです。
そんな背景のもとで開かれた第5回のサミット。テーマは「PBL(Project Based Learning)」です。PBLを日本語にすると「問題解決型学習」「課題解決型学習」と訳されます。生徒が自ら問題を見つけ、さらにその問題を自ら解決する能力を身に付ける学習方法です。
子どもたちに馴染み深いコンテンツである「eスポーツ」をPBL教育に活用して、“学び”の主体性と積極性を担保するのがNASEF JAPANの狙い。NASEF コミュニティ・リーダー、坪山義明氏は「NASEF JAPANにおけるPBLは、従来の受動的な教育手法とは異なる」「生徒たちは自分の好きなことや興味をきっかけにして、能動的に学習できる」と説明しました。
筆者が感じた「3つの課題」とは
今後、NASEF JAPANがeスポーツ教育を進める上で、どのようなことが課題となり得るのでしょうか。筆者の視点から3つを挙げます。
課題1:eスポーツは「過労死寸前」の現場に歩み寄れるか
NASEF JAPANは、eスポーツ教育が現状の教育の「何と代替できるのか」を明示すべきでしょう。
当日の議論の中で「90%の講師はeスポーツの教育的活用にネガティブだった」という話があり、その場では「eスポーツの認知度が高くなることが必要」と結論が示されましたが、どんなにeスポーツの認知が広まろうと、現場の教職員たちの余剰リソースがないのであれば絵に描いた餅です。
NASEF JAPANがどこまで教育現場の実態を把握しているのかは不明ですが、少なくとも「(eスポーツを教育に活用すると)今よりも負担が増えそう」のイメージが払拭できない限り、教師たちの賛同は得られないでしょう。
いずれにしても教職員の負荷を上げるような教育施策は現実的ではありません。「次世代人材の育成」という中長期的な目線に加えて、まずは目下の「いかに疲れ果てている教師たちを『eスポーツ』で救うか」に焦点を当てるべきではないでしょうか。
課題2:大人にできることは「子どもの邪魔をしないこと」
NASEF JAPANは「(大人の関与の有無に関わらず)いまの子どもたちは勝手に好きなものと出会い、主体的に学び始めている」実態と向き合う必要があるでしょう。(課題解決型の学習を受けてこなかった)大人たちが子どもたちにしてあげられることは「子どもたちの自主的な学びを邪魔しない」ことなのかもしれません。
YouTubeに教材があり、ネットでチームメイトを募集できる時代において、教職員の管理下での限定的なeスポーツ活動に、子どもたちが価値を見出すとは考えづらいです。
すでに「eスポーツに魅了されて」主体的に学び始めている子どもたちの活動に、NASEF JAPANが介在したいのであれば、同団体は子どもたちに「大人がどのような介在価値を示せるのか」を明示しなければならないでしょう。
課題3:教育的にプレイすることでゲーム体験も向上
将来的にeスポーツ教育を発展させるためには、ある程度の段階からゲームパブリッシャー、ゲームデベロッパー側のサポートも必要になってきます。
NASEF JAPANは、ゲームパブリッシャーに「自分たちの活動の有用性をアピール」して、働きかける必要があるでしょう。アピールできる要素としては「ゲームを教育としてプレイすることで、ゲーム体験そのものが豊かになる」などの可能性を示すことです。
例えば、複数人でeスポーツの対戦をしていると、味方の酷いプレイで負けてしまい、ストレスを感じることもありますが、PBLの考え方を踏まえて「メンバーをマネジメントしてプロジェクトを進めている」といった学習要素を加えることで、ストレスは軽減され「マネジメント」「モチベーション管理」などの“学び”の機会として活用できます。
また、ゲームの「飽き」対策にも、教育的なプレイが寄与する可能性があります。プロゲーマー梅原大吾氏も「(『ゲームに飽きた』と話す人たちは)ゲームに飽きたんじゃない、成長しないことに飽きている」「やってることが一緒だからゲームがつまらないというが、問題なのは成長していない自分のほう」と飽きる原因がプレイヤー側にあると話しています。
この「成長や課題の欠如」に対して、課題解決型の学習であるPBLは有効なアプローチになり得るでしょう。
前述したとおり、ゲームを教育的にプレイすることは、(勝ち負け以外の部分に注目して)ゲームを多角的に楽しむことに繋がるので、これはゲームデベロッパーやゲームパブリッシャーにとって、決して悪い話ではないはずです。
「一方的にゲームを教育に利用している」イメージを払拭し、「ゲーム業界全体の発展に寄与している」イメージに転換できれば、いま以上に、ゲーム業界からの理解や協力が得られるのではないでしょうか。
取材・文 / 合同会社KijiLife(小川翔太)