パナソニックの炊飯器といえば、「おどり炊き」シリーズが有名です。薪をくべて高火力で炊く「かまど炊き」のように、激しい対流でお米をおどらせながら炊飯できる……というイメージで人気があります。
今回、兵庫県神戸市にあるパナソニック くらしアプライアンス社 キッチン空間事業部の開発拠点に伺って、「おどり炊き」技術について取材してきました。実際にかまどで炊いたごはんと、2021年に発売された最新モデルの炊飯器「SR-VSX1」シリーズの比較実験では、意外な事実が明らかに!?
炊飯器は炎と同等の温度は出せないから、炊飯器独自の機構で対流を生む
各メーカーが美味しいごはんを追求する背景には、常に昔ながらの「かまど炊き」の存在がありました。薪をくべてかまどで炊くごはんは、高火力で一気に炊き上げるため、粒立ちやツヤがよく、うまみを引き出すことができます。
かまどで炊いたごはんを指標にしてきたパナソニックは、日々科学的なアプローチで炊飯プログラムの研究などを行っています。調理機器や食に精通する専門性を有するメンバーを集め、ライスレディとして1979年から活動を始め、2021年8月には名称をPanasonic Cooking@Labと改めました。Panasonic Cooking@Labのメンバーである塚原さんは「初代炊飯器を発売してから66年。美味しいごはんを最高の炊き上がりでお届けしたいという思いから、かまどを超える炊き技を目指し、日々開発をしています」と語ります。
かまどで炊くごはんの美味しさは、炎による高い温度がポイント。薪は赤熱している状態で炎の温度が約1,000℃を超える大火力となり、かまど底面の温度は約300~400℃にも達し、鍋底から上層へ激しい対流が生まれます。
そして沸騰で発生する泡「沸騰泡」が釜底から上がってお米の間を通るので、炊き上がったごはんを上から見るとポツポツと穴ができるています。これが「カニ穴」です。吹きこぼれるほどの沸騰で生まれたカニ穴は、お米の一粒一粒に熱が伝わっている証拠。α化(デンプンが糊状になること)が促進されてお米の粒がふくらみ、粒が立ち、ツヤが出てうまみにつながっているとのことです。
「火」ではなく「電気」で炊く炊飯器では、同じような火力で炊飯することは不可能です。しかし、パナソニックはさまざまな工夫をして「かまど炊き」を再現しています。
「炊飯器は炎と同等の温度を出すことは不可能です。かまどと違って吹きこぼすこともできません。でも、私たちはかまど炊きの立ち上がりを超えたいと考えました」(塚原さん)
沸騰泡で米と米の間にすき間を作る「おどり炊き」
「かまどを超える炊き技」にするためパナソニックが考えたのは、2013年から炊飯器に搭載している「大火力IH」と「可変圧力」。現在の「おどり炊き」(可変圧力・大火力IH)を支えているのは、全方位に細かく配置された6段のIHです。釜内の温度を一気に上げ、部分ごとに火加減を調整できます。
さらに、圧力を1.2気圧まで高めて沸点を105℃まで上げ、一気に1.0気圧まで下げて100℃にすることで、底から爆発的な沸騰、突沸現象を生み出すことに成功しました。
この急減圧をしているのはパナソニックのみ。圧力炊飯器において急減圧を繰り返す可変圧力の機構は特許を取得しており、これが「おどり炊き」と言われています。米をおどらせなかった場合と比較すると、おどり炊きの効果で一粒が約10%も大きく、ふっくらと仕上がるとのことです。
今回、実際に炊飯中の「おどり炊き」を見ることができました。最新モデル「SR-VSX1」シリーズのカットモデルで中の様子がよく見えます。
炊飯中の釜内を1.2気圧まで高め、一気に1.0気圧まで下げると激しい泡が上昇して、下から米がブワッと持ち上がり、米と米との間にすき間を作っていることがわかります。一般的には、鍋肌に近いところは熱が早めに通って層になってしまい、米が対流せず、加熱ムラが起きてしまいますが、確かにこれなら上から下までまんべんなく加熱されています。ただ、想像したような、ごはんが対流して「おどっている」といった感じではありません。
「米がおどる」ということについて、設計担当のパナソニック キッチン空間事業部 炊飯器設計部門 龍田修さんは、「かまど炊きのように沸騰によって釜底から激しい泡が上昇し、米と米の間にすき間ができます。すばやく均一に加熱するということがキモになっていまして、グルグル回る必要はないと考えています」と説明してくれました。
炊飯器の機能は年々ブラッシュアップされており、2015年にはソレノイドからモーター式に変更され、減圧穴が約2倍となり、爆発力な沸騰力がアップ。2018年には圧力制御センサーの搭載によって、多段階の圧力調整が可能となりました。
最新モデル「SR-VSX11」シリーズでは制御も進化。かまど炊きの「はじめちょろちょろ中ぱっぱ ブツブツいうころ火をひいて 一握りのワラもやし 赤子泣くともフタとるな」と言い伝えがある炊き方についても研究し、センサーや圧力を駆使してきめ細やかな温度制御を行えるようになっています。
かまど炊きも実際のところは、米はおどっていない?
かまどで炊いたごはんを目指して炊飯器の開発を進めてきたパナソニックの神戸工場には、ごはんを炊く昔ながらのかまどがあります。そこで、設計部門の皆さんがかまどでごはんを炊いてくれました。
これまで何度も炊いてきたという皆さん。暑い中、かまどの火に息を吹きかけ、うちわであおいで火力を高めていく作業は、とても大変そう。
釜はカットモデルで、中の様子を見ることができました。一気に加熱するステップでは、高火力のためアッという間に釜内の水が沸騰します。ずっと中を見ていましたが、やはりかまどで炊いた場合もごはんが「おどっている」というよりも、下から沸騰泡が出ていて、米が持ち上がるようにお米が揺れています。
火力が強すぎたのか、かまどで炊いたごはんは、まわりが少し焦げていました。かまど炊きは、かまどで炊いたから美味しくなるわけではなく、炊く人の技量によって仕上がりが左右されます。今回は、少し火加減の調整がうまくいかなかったようですが、見ただけでも粒立ちのよさがわかります。
では、パナソニックの最新モデル「SR-VSX1」シリーズで炊いたごはんとの食べ比べです。残念ながら、かまどで炊いたごはんは少々焦げ臭く、香りの比較は難しい状態でしたが、食感については違いがハッキリわかりました。
かまどで炊いたごはんは弾力が強く、もちもちしています。パナソニックの炊飯器で炊いたごはんはみずみずしさが印象的。噛んだときの弾力についてはかまどで炊いたごはんのほうが強く、しっかりした噛み応えを感じました。
かまどで炊いていた時代は、こんなに手間をかけていたのですね……。電源を入れるだけで、これだけ安定した美味しさをキープできる電気炊飯器の便利さを改めて実感したのでした。
2022年は新製品を発売しないものの、IoTでアップグレード
最新モデル「SR-VSX1」シリーズは、米の品種を選ぶだけで最適な炊き上がりを実現する「銘柄炊き分け」を搭載し、センサーにも力を入れています。お米は精米後に鮮度が下がり続け、常温保存だと約2週間後にはお米の含水率が12%以下に落ちてしまいます。「SR-VSX1」シリーズの「鮮度炊き分け」は、釜の中の圧力をリアルタイムで検知し、お米の鮮度に合わせて圧力や高温スチームを調節する機能。乾燥気味のお米でも新米のように美味しく炊き上げることができます。このように、ハードだけでなくソフトも充実しています。
「パナソニックは1988年に世界で初めてIH炊飯器を開発したパイオニア。当初からかまど炊きの技術を研究し、かまど炊きを超える美味しさを目指して商品開発を進めてきました。かまどの高火力をコンパクトに再現する機構設計、お米の持ち味を最大限まで引き出す調理ソフトウェア技術、これらが融合して生まれた商品です。その中でもユニークな機能が、お米にこだわる調理ソフトウェアです」(パナソニック くらしアプライアンス社 キッチン空間事業部 調理機器BU ビジネスユニット長 捧雅之さん)
炊飯器ではめずらしくIoT対応しており、ソフトウェアのアップデートによって機能を追加できます。最新のアップデートでは、現在搭載している玄米コースに加えて「金芽ロウカット玄米コース」と「金芽米コース」が加わりました(アップデートは炊飯器本体と専用アプリの両方に必要)。
専用アプリと連携することで、本体はそのままでも炊飯機能がグレードアップ。炊飯コースの選択肢が増えたり、より美味しく炊き上げる制御が進化したりと、年々機能が改善されるそうです。
「おどり炊き」に加え、炊き上がりを細かく調整できる最新モデルは、こだわりのあるごはん派も満足できる炊飯器といえるでしょう。小麦が高騰しているいま、炊きたての美味しいごはんに改めて目を向けてみてはいかがでしょうか。