後継機「アリアン6」は2022年中に打ち上げ
こうした事態を受け、ESAやアリアンスペースなどは対応に追われている。
直近で、ソユーズによる打ち上げが計画されていたのは、2回の測位衛星ガリレオ、天文観測衛星「ユークリッド」、雲エアロゾル放射ミッション「EarthCARE」など計5つ。これらについて、ESAは3月17日、「別のロケットに載せ替えての代替打ち上げの可能性についての評価を開始した」と発表している。
ここで大きな鍵となるのが、欧州が2022年中の初打ち上げを目指して開発中の新型ロケット「アリアン6」である。アリアン6は、中型ロケット構成の「アリアン62」と大型ロケット構成「アリアン64」があり、このうちアリアン62はソユーズの後継機に位置づけられているのである。
この背景には、かねてより欧州の政治、産業界から、「欧州の安全保障・防衛にかかわる衛星をロシアのロケットで打ち上げるのはいかがなものか」という懸念があったという事情がある。今回、まさにその懸念が的中したことになるが、すでにアリアン6の開発が進んでいたことは不幸中の幸いといえよう。
アリアンスペースは3月5日の時点で、「アリアン6について、2022年中の初打ち上げを目指す」としている。開発に遅れがなければ、欧州から自立的な中型ロケットが失われるという事態は、1年未満で解消されることになろう。
またESAは、前述の17日の声明の中で、「代替打ち上げの可能性についての評価には、アリアン6の打ち上げ計画の見直しも含まれる」としており、たとえばソユーズで打ち上げを予定していた衛星のうち、打ち上げ時期などの要求がとくにシビアなものを、アリアン6の初期に打ち上げる予定の衛星と入れ替えて打ち上げるなどといった対応もありうるかもしれない。ただ、ソユーズの代替としてギャップ解消に役立つ一方、アリアン6を使う予定だった衛星の打ち上げが遅れるといった弊害ももたらすことになり、痛し痒しかもしれない。
また、別の代替案として、同時にアリアン6の開発が遅れた場合の備えとして、たとえば一時的に米国のロケットを使うなどの対応も検討しているものとみられる。
ウクライナ製エンジンを積むヴェガにも影響
さらに、小型ロケットのヴェガにも、ウクライナ情勢の影響が及ぼうとしている。
ヴェガはイタリアの航空宇宙メーカーの「アヴィオ(Avio)」が製造し、アリアンスペースが運用しているロケットで、2012年に1号機が打ち上げられ、これまでに19機が衛星打ち上げに使われた。フランスやイタリアの偵察衛星や、民間の地球観測衛星など、官需から民需まで幅広く打ち上げている。
19機の衛星打ち上げ中、成功は17機で、成功率は約89.4%とあまり高くないが、アリアンスペースそのものの信頼性の高さ、そして1号機から14号機までは連続成功していたこともあり、衛星打ち上げ市場からの支持は高い。
ヴェガはアヴィオが主契約者となり、欧州の各社で製造された部品を統合して組み立て、試験を行っている。また各機体のうち、第4段にあたる「AVUM」は、全体の統合や試験はアヴィオが、機体や電子機器の製造はエアバスなど欧州メーカーが担当しているが、ロケットエンジンだけは、ウクライナにある「ユージュノエ」が設計し、「ユージュマシュ」が製造を担当している。
ユージュノエとユージュマシュは、ウクライナ中央から東にかけて広がるドニプロペトロウシク州のドニプロという場所にある。ドニプロもまた戦場となっており、一時は両社の工場が破壊されたという情報も流れた(のちに公式が否定している)。
アリアンスペース、およびアヴィオによると、2022年中に予定しているヴェガの打ち上げ(地球観測衛星「PLATiNO 1」)については、「準備は予定どおり順調に進んでいる」とし、現時点では影響はないと見方を示している。
また、現在アヴィオでは、ヴェガの改良型となる「ヴェガC」の開発を進めている。第4段には引き続きウクライナ製のロケットエンジンを使う。初打ち上げは2022年中に予定されているが、こちらも現時点で影響はないとしている。
詳細は不明だが、戦争前に欧州側に送られたエンジンがあるためだとみられる。ただ、戦争が長引いたり、ウクライナの工場が被害を受けたりすれば、いずれはエンジンの在庫がなくなり、打ち上げができなくなる事態も考えられる。
なお、アヴィオは現在、ヴェガCのさらに後継機となる「ヴェガE」の開発も進めている。ヴェガEでは、第3段と、ウクライナ製エンジンを使う第4段を、メタン・エンジンを使う新型上段に置き換えるため、今回の影響は受けないことになる。
このメタン・エンジンは、もともとアヴィオとロシアのKBKhAが共同で開発していたが、このプロジェクトは2014年に終了し、それ以降ロシアはエンジン開発プロジェクトに関わっていない。そのため、完全に欧州製であり、ロシアとの関わりは一切なく、したがって今回の事態が開発に及ぼす影響もない。
しかし、ヴェガEの初打ち上げは、早くとも2026年になる予定である。それまでヴェガCの打ち上げが続けられなければ、ソユーズと同様、欧州から一時的に自立的な小型ロケットが失われる可能性もありうる。
突如として起こった、欧州のロケットの危機。その影響は欧州だけでなく、ロケットを利用しようとしていた、日本を含む世界各国の衛星事業者にも、打ち上げ延期や計画見直しなどが影響が及ぶことになろう。一方、競合するロケットを運用している企業にとっては、そうした衛星事業者から新たな打ち上げ受注を獲得できるチャンスでもある(きっかけを考えれば決して喜べる話ではないが)。
欧州の、そして世界のロケット産業がどうなるか、今後の行方を注意深く見守る必要がある。
参考文献
・Suspension of Soyuz launches operated by Arianespace & Starsem - Arianespace
・Vega operations not affected by recent events in Ukraine | Avio
・ESA - ESA statement regarding cooperation with Russia following a meeting with Member States on 28 February 2022
・ESA - ExoMars suspended
・ESA - Soyuz