手に持ちやすいコンパクトさと独自のアプリを搭載し、いくつものこだわりを持って開発されたバルミューダの5Gスマートフォン「BALMUDA Phone」だが、性能に見合わない値段の高さなどから、発表直後から多くの批判にさらされたのも事実だ。そのBALMUDA Phoneを手がけたバルミューダ 代表取締役社長の寺尾玄氏は、なぜスマートフォン事業に参入したのか、そして賛否が分かれた現状の評価をどのようにとらえ、今後どのような取り組みで信頼を高めようとしているのか、直接話を聞いた。

  • バルミューダ 代表取締役社長の寺尾玄氏

開発を決断した背景、曲面デザインだからこその苦労も

家電メーカーであるバルミューダ、寺尾社長が「スマートフォン開発をしたい」と社員に打ち出したのは2020年1月だったと振り返る。だが、バルミューダは家電製品で多くの実績は持つものの、スマートフォンに関しては素人。それから2~3カ月の間にモバイルデバイス事業部 プロダクトマネジメントチーム プロジェクトリーダーである高荷隆文氏が台湾や中国などを渡り、さまざまなメーカーと交渉して開発にかかる費用などの感覚をつかんできたという(コロナ禍がひどくなる前のギリギリのタイミングだ)。

高荷氏はそのコストから「事業化は難しい」と説明したそうだが、寺尾氏は「我々にとってかなりの背伸びだと思うが、背伸びしないと企業は成長しない。がんばればいけると思った」と、事業化を決断したとのこと。ただその実現はソフトバンクとのパートナーシップがあったからこそだと寺尾氏は語り、「SIMフリー(オープン市場向け)だけで売ろうと言ったら社員も納得しなかったし、株主からもお叱りを受けたと思う」とも話している。

とはいえバルミューダにはスマートフォンの開発ノウハウがないことから、まずは最小限の人材を集め、他社に設計や製造を委託する形で開発に取り組んだという。開発パートナーとして選定したのが京セラだったわけだが、寺尾氏はその理由として「私にとってはブランド」と回答。必ずしも国内メーカーにこだわってはいなかったとするが、安心・安全といった信頼性におけるブランドの高さが京セラを選んだ決め手となったようだ。

BALMUDA Phoneが現在の形となって製品化されるまでには、かなりの試行錯誤があった。当初から全面を曲線で構成するデザインや、コンパクトなサイズ感というコンセプトは決まっており、ディスプレイサイズもアップルの「iPhone 6」から「iPhone 8」のサイズ感で十分と考え、4.7インチ画面でデザインを進めたそうだが、最終形に至るまでのモックアップは300個に達したとのことだ。

  • 製品化まで作られたBALMUDA Phoneのモックアップ。その数は300に上るという

とりわけ苦労したのはデザインから実装までのプロセス。当初、京セラに持ち込んだモックアップをもとにCAD上で実際の部品を詰め込んでいったところ、「後ろから色々な部品が突き出して、とても入らない」(寺尾氏)状況だったという。

加えて途中から5G対応へと変更が加わった結果、一層サイズ的に厳しくなり、サイズアップを余儀なくされた。しかし寺尾氏は、BALMUDA Phoneが「大きさにコアバリューが思う」と話し、結果的にディスプレイは4.9インチまで大きくなったものの、そのぶんベゼル部分を減らして現在のような形状にすることで解決した。

また、BALMUDA Phoneの曲線を取り入れたボディを実現するためにも、かなりの苦労があったと話す。通常のスマートフォンが搭載する基板はせいぜい1~2枚といったところだが、BALMUDA Phoneはラウンド感のあるボディを実現するため、6枚の基板を多層にするという複雑な構造となっている。「京セラとすごくやりとりして、(ボディを)平らにする提案を何度も受けたが、どうしても(曲線を)押し通した」(寺尾氏)という一方で、それを実現した京セラの技術と姿勢には大きな敬意を抱いているという。

  • すべて曲線で構成されたBALMUDA Phoneのデザインを実現するため、6枚の基板を用いた複雑な構造を採用したり、ディスプレイを新たに起こしたりするなど、非常に複雑でコストのかかる構成となっている

  • BALMUDA Phoneの基板

  • BALMUDA Phoneの本体ケース。曲面の中に細かなパーツ類がきれいに収まっている

直線を排したディスプレイも、ディスプレイメーカーに独自設計してもらったものだ。製造に専用のラインを新設する必要があることから、コストは非常に高くついたとのこと。「厳しい道を選んでしまった」(寺尾氏)と話すが、それだけ寺尾氏自身がどうしても作りたいものを作るという姿勢を貫きたかったのだろう。

ちなみにBALMUDA Phoneの名称は、当初から決まっていたものではないと寺尾氏は話す。最初はデザインのもととなった京都から「KYOTO」と付けようとしたが、「地名なので商標が取れない」と断念。ほかにも1,000以上の名称を検討したものの、スマートフォンで使える名称は商標的に厳しいものが多いことから、時間切れとなり「BALMUDA Phone」に決まった。

  • 京セラに持ち込んだモックアップのコード名は、製品の名称にもしようとしていた「KYOTO」。その後、製品版に近いデザインへの変更に伴い、コードネームも「BERLIN」となった

一連の評価をどう受け止めたのか

紆余曲折を経て発売されたBALMUDA Phoneだが、スペックからすると高価格ということもあって、発表直後から批判の声が少なからず飛び交うなど、必ずしも歓迎される結果とはならなかった。これは多くの人が知るところだろう。そうした発表後の反応について、寺尾氏は「びっくりした。まったく想定していなかった。扉を開けたらすごい風が吹いて、出るに出られない状況だった」と答えている。

その要因について寺尾氏は、これまで手がけてきた家電製品とは違い、スマートフォンはユーザー数が非常に多いことを挙げる。バルミューダの家電製品はスペックよりも体験価値を重視しており、それはBALMUDA Phoneでも同じだ。しかし、それでもなおスペックと価格でネガティブな評価を下す人が少なくなかったのは「スマートフォンは全員が当事者だと感じているからこそではないか」(寺尾氏)とする。

例えば、バルミューダのロングヒット家電「BALMUDA The Toaster」(トースター)の当事者は、パンをトーストする人に限られるが、スマートフォンは日本、ひいては世界中の老若男女が日常的に利用するものだ。それらすべての人々がBALMUDA Phoneに対して当事者意識を持つことから、寺尾氏が想定していたターゲット以外のユーザー層もBALMUDA Phoneに関心を持ち、失望感を抱いたことで批判へとつながったと見ているようだ。

  • 寺尾氏は発表直後の評価について「まったく想定してなかった」と驚いた様子を見せる

そしてもう1つ、BALMUDA Phoneの評価を落とした出来事となるのが、2022年1月に「技術適合証明の認証について確認すべき項目がある」として、一時販売停止したことだ。寺尾氏によると、その経緯はまず、2022年1月7日に京セラから「技術適合証明不適合の可能性あり」との一報があったことに端を発する。

バルミューダはスマートフォンの開発経験が浅いことから、開発元の京セラや販売を担うソフトバンクなどと相談、監督官庁(総務省)の意向が重要になることから、「問題を聞いた以上は販売してはいけないと判断し、苦しい思いで販売停止措置を取った」(寺尾氏)という。その連絡があったのは1月7日金曜の夕方。翌日から3連休というタイミングだった。寺尾氏は「運が悪かったとは言いたくない」とするが、ほかに大きなニュースもなかったため多くのメディアに取り上げられ、大きな注目を集めることとなった。

一連の問題は、連休明けに京セラが実質3営業日という短期間で対応を済ませ、ソフトウェアアップデートで解決に至っている。だが先のネガティブな評価から、リカバリーを進めている最中にほぼ1週間販売が止まってしまっただけに「販売クルーのモチベーションが下がってしまった」(寺尾氏)など、受けた影響は小さくなかったようだ。

  • バルミューダが初めて手がけたプロダクトのパソコンスタンド「X-Base」は、アルミとステンレスの削り出し。ノートパソコンを効果的に空冷できるようになっている。X-Baseの手前がBALMUDA Phone。奥の左から、コーヒーメーカー「BALMUDA The Brew」(シルバー)と「BALMUDA The Brew STARBUCKS RESERVE LIMITED EDITION」(ゴールド)、炊飯器「BALMUDA The Gohan」、オーブンレンジ「BALMUDA The Range

アプリの更新による体験価値向上が今後のカギに

ただ一連の経験により寺尾氏は、ソフトウェアのアップデートで内容を更新できるスマートフォンの特性を改めて認識したとのこと。そこで寺尾氏はBALMUDA Phoneの価値を上げていくため、特徴の1つとなっているアプリのアップデートによる体験価値向上を積極化するとしている。

実際、2月には「ウォッチ」アプリを「時間と天気」にアップデートし、自分がいる場所や、世界中の都市の天気と時間をすぐチェックできるようにするとのこと。また「計算機」アプリもバージョンアップし、新たに単位換算機能を搭載するほか、通貨換算に対応する通貨も「5」から「21」へと大幅に増やす予定だという。

ほかにも寺尾氏は、独自アプリの中で評判の良い「スケジューラ」を2022年の秋口に大幅進化させることを検討中と明らかにし、新たな独自アプリの開発も進めているという。並行してOSのアップデートにも取り組んでおり、2022年の夏ごろにはAndroid 12への対応も予定しているとのことだ。

また寺尾氏はBALMUDA Phoneが「利用している姿の美しさを考えて作った商品」であるとし、アプリだけでなく美しい所作を提案するBALMUDA Phone用ケースも継続的に提供していく方針を示した。販売中の「スキニー」というケースに加えて、2月10日には第2弾して、欧州の伝統的なチェスターフィールドソファーをモチーフにしたケースが発売となった。さらに第3、第4弾のケースも検討しているそうだ。

  • 写真上が「スキニー」ケース、下が「チェスターフィールド」ケース

寺尾氏は新たなハードウェアの取り組みについても言及している。BALMUDA Phoneの次期モデルについては「後継機か、併売になるかもしれないモデルの開発は始まっている」と話したほか、「あまり詳しくは言えないが、スマホとは呼ばないサイズのディスプレイデバイスも開発の超初期段階にある」とする。スマートフォン以外へとデバイスを広げていくことも検討されているようだ。

一連の施策によって、寺尾氏はバルミューダとしてスマートフォン、ひいてはIT機器やサービスを展開する「BALMUDA Technologies」の取り組みを、BALMUDA Phoneだけで終わりにする考えはないことを示している。寺尾氏は「一度リングに立ったんで、打ち続けるしかない」と話しているが、長期的な視野に立てば、どれだけ継続的に製品やサービスを提供して改善を進め、消費者から信頼を得るかが重要になってくると言えそうだ。