生理学研究所(生理研)ならびに日本医療研究開発機構は10月26日、サルの「上側頭溝中間部」に、他者の行動に反応するニューロンや、他者が予想外の行動をしたときに応答するニューロンが多く存在すること、またこれらのニューロンはモニターで映像として表示されている他者よりも、実際に目の前にいる他者の行動により強く応答することを明らかにしたと発表した。
同成果は、生理研の二宮太平助教、同・則武厚助教、同・磯田昌岐教授らの研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。
ヒトは日常的に他者の行動を観察し、そこから、直接観察することはできない他者の信念、意図、欲求などの推測を行う能力を有するとされている。この社会的認知機能は「メンタライジング」と呼ばれ、複雑な集団を形成・維持する社会性動物のヒトにとって、他者とコミュニケーションを図るための基盤となる能力とされる。
こうした他者行動のモニタリングに関連した、ヒトの重要な脳領域の1つが「側頭頭頂接合部」であり、その機能は近年の研究から徐々に明らかになりつつあるという。しかし、ヒトの側頭頭頂接合部に存在する個々のニューロンが、他者の行動情報をどのように表現しているかについては、まだよくわかっていないという。
ヒトとサルでは脳の容量や機能が異なるが、ヒトの側頭頭頂接合部に関しては、近年の研究から、サルにおいては上側頭溝中間部が機能的に相当するという示唆がなされている。上側頭溝中間部とは、大脳の側頭葉に位置する上側頭溝と呼ばれる脳溝に沿った脳領域のうち、特に中間部を指す。
そこで研究チームは今回、サルを対象として、時間・空間解像度に優れた電気生理学的手法を適用することで、上側頭溝中間部において他者の行動情報がどのように処理されているのかを詳細に解析することにしたという。
まず「社会的行動選択課題」と呼ばれる、互いに相手の行動を参考にして、それを利用することで自分の行動を適切に導けるようなタスクを考案。実際の実験では、課題を行う相手として、本物のサル(実在他者)だけでなく、録画再生されたディスプレイ上のサル(映像他者)、そしてディスプレイ上の棒状の物体(映像物体)という3種類の条件を設定し、本物の他者が目の前にいることが、どのように課題遂行や神経活動に影響を及ぼすのかについても検討がなされたという。
課題を行っている際の上側頭溝中間部において、単一神経細胞活動記録法を用いて、ニューロン活動の計測・解析が行われたところ、自他の行動に関する3種類のニューロンが存在することが明らかになったという。自分が行動選択しているときに活動する自己ニューロン、相手が行動選択しているのを観察しているときに活動する他者ニューロン、そのどちらでも活動する「ミラーニューロン」で、これらの中で、他者ニューロンが最も多く、全体の半分を占めていることが確認されたとする。
また他者ニューロンの中には、他者が予想と異なる行動を取った際に、特に活動を上昇させるものも存在することが判明。しかしこれらの他者ニューロンは、予想外の報酬が提示された場合には、まったく応答しないことも判明したとする。この結果は、予想外の出来事すべてに反応しているわけではなく、他者の行動に特異的な予測誤差が表現されている可能性があると研究チームでは説明する。
さらに、他者ニューロンは、ディスプレイ内の他者ではなく、実在の他者と直接対面してタスクを行う際に、最も強く応答することも判明。ディスプレイ内の他者に対する反応は、映像物体と同等の比較的弱い反応だったという。
今回の研究成果について研究チームでは、近年関心が高まっている、他者の意図を推定するメンタライジング機能の計算論的モデルに関する電気生理学的基盤の提供、ひいては自閉スペクトラム症などの神経発達障害の病態解明へとつながっていくことが期待されるとしている。