東京工業大学(東工大)、名古屋大学(名大)、神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)、大阪府立大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)、量子科学技術研究開発機構(量研)の6者は9月29日、「層状ルテニウム酸化物」において、巨大な負熱膨張の起源となっている結晶構造変化を解明したと発表した。

同成果は、東工大 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所のレイ・フ研究員、同・東正樹教授、名大の竹中康司教授、KISTECの西久保匠常勤研究員、同・酒井雄樹常勤研究員、東工大のユゥエン・ファン研究員、同・ザオ・パン研究員、同・ヘナ・ダス特任准教授、同・福田真幸大学院生、中国北京航空航天大学のインサイ・シュ研究員、JASRIの河口彰吾主幹研究員、量研の町田晃彦上席研究員、量研 放射光科学研究センターの綿貫徹センター長、大阪府立大学の森茂生教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米化学会誌「Chemistry of Materials」にオンライン掲載された。

多くの物質は、温度が上昇すると熱膨張により長さや体積が増大するため、ミリやミクロンといった精度が求められる精密な位置決めや部材の寸法管理などでは、温度が上昇すると逆に収縮するという「負の熱膨張」を持つ物質を加えることで、構造材の熱膨張をキャンセルする研究が進められている。

しかし負の熱膨張を持つ材料は種類が少なく、市販品の負熱膨張材料では、昇温による体積収縮の割合が1.7%程度と小さいことが課題となっていた。そうした中、2017年に研究チームの一員である名大の竹中教授らが、還元処理が施された層状ルテニウム酸化物「Ca2RuO4」の焼結体が、絶対温度345K(約72℃)以下の200Kにわたる昇温によって、6.7%という体積収縮を示すことを発見したと報告していた。

この巨大な負熱膨張は空隙の多い材料組織に由来すると考えられているが、そのメカニズムはこれまでのところ詳しくはわかっていなかったほか、還元処理が負熱膨張に果たす役割も不明だったという。

そこで今回の研究では、昇温に伴うCa2RuO4の結晶構造変化について、電子線回折、放射光X線回折実験、放射光X線全散乱データPDF解析、X線吸収微細構造、そして第一原理計算が用いられ、詳細な分析を行うことで、その機構解明に挑んだという。

その結果、低温では、4価のルテニウムが持つd電子が、横方向に張り出したdxy電子軌道を優先的に占有するために、ルテニウムを囲む酸素8面体が縦に収縮しており、さらにそれらが互いに傾斜して、縦方向(c軸方向)の収縮と横方向(b軸方向)の伸長が生じていることが判明した。また、昇温すると、この結晶構造の歪みが徐々に解消するため、c軸方向に伸長し、b軸方向に収縮する異方的な熱膨張が起こるが、材料組織を形成する針状の結晶粒は、長手方向がb軸に対応しているため、昇温に伴って太鼓型に変形することから、結晶粒間の空隙が減少し、全体として体積が大きく収縮することも判明したという。

  • 負熱膨張

    Ca2RuO4の低温(左)と高温(右)の結晶構造。低温ではdxy軌道のみが2つの電子を持つため酸素8面体が横に伸びている。8面体が傾斜することでもc軸(縦)方向に収縮している。昇温すると、これらの歪みが解消することで、c軸(縦)方向に膨張、b軸(横)方向に収縮する (出所:KISTECプレスリリースPDF)

さらに、合成直後の材料は格子間位置に過剰な酸素を取り込んでおり、これが低温での選択的な電子軌道の占有と酸素8面体の傾斜を阻害していることも確認された。これは、この過剰な酸素を還元処理で取り除いてはじめて負熱膨張が生じるということであり、還元処理が負熱膨張に果たす役割を確かめることができたとしている。

  • 負熱膨張

    結晶粒の異方的な熱膨張による材料組織の変化と負熱膨張の模式図 (出所:KISTECプレスリリースPDF)

なお、研究チームによると、Ca2RuO4の実用化に向けては、高価なルテニウムを含むという課題があるとするが、今回の研究成果より、巨大負熱膨張の起源が明らかになったことから、今後はこれをもとに、ルテニウムの代わりに安価な金属元素を用いた、同様の特性を持つ新たな負熱膨張材料が設計されることが期待されるとしている。