NATOの合同任務のお約束「STANAG」

こんな具合に、ハードウェアでも、信号みたいな通信規約でも、はたまた洋上補給の際の手順でも、事前にちゃんと標準化して、皆がそれに則るようにしておかないと、合同任務の邪魔になる。だから、多国籍で合同任務を実施することが前提のNATOでは、兵站をはじめとするさまざまな分野について、STANAG(Standardization Agreement)という規約を取り決めてある。

STANAGはハードウェアに限った話ではなくて、例えば、装甲戦闘車両の耐弾性能についての規定なんてものも入っている。どういう種類の弾で撃たれた時に、どこまで耐えられるか、それをどうやって試験・検証するか。標準化された規約がなければ、耐えられるつもりでいたものが耐えられなかった、なんてことになりかねないから、こういう規約は重要である。標準化された規約があるからこそ、メーカーも「うちの車両はSTANAG 4569のレベル○に対応しています」といえる。

情報通信の分野では、さまざまなところで「標準化仕様」の話が出てくるから、仕様標準化の重要性は広く理解されているだろう。軍事作戦を円滑に実施する際も同様に、STANAGみたいな標準化規約が重要になる。それがあるからこそ、任務遂行や補給が円滑に進む(ここでいう円滑とは物理的な話であって、政治レベルの話はまた別の問題)。

以前、海上自衛隊が補給艦をインド洋に出して他国の艦に燃料を補給する任務を実施していたが、これができたのも、手順や仕掛けの標準化が行われているからだ。

実地にやって、初めて身につく

とはいえ、規約書を読んで頭に入れるだけでは済まないのは、どんな業界でも同じこと。実際、ある国の軍艦が別の国の軍艦と共同訓練をやる場面になるとしばしば、信号のやり取りを訓練したとか、陣形運動の訓練をしたとかいう話が伝えられている。やはり、実際にやってみないと身につかないもののようだ。

航海科が関わる部分では、PASSEX(Passage Exercise)という言葉もある。日本語に訳すと「通航演習」となるだろうか。慣れない海域に出張り、そこで地元海軍のフネと一緒に航海してみるのも訓練のうちというわけだ。潮汐や潮流の加減はどこでも同じというわけではないし、トラフィックの状況も違う。

また、航空機を搭載している艦同士で搭載機の相互訪問を行う、いわゆるクロスデッキという訓練もある。艦が変われば、発着艦の要領や、艦上での機体の取り回しが違ってくる。艦側の整備員にしても、よその国の機体が来れば勝手が違う。それを平時に知っておくのが目的だ。

実際、「クイーン・エリザベス」は日本に来る前に、米海軍の強襲揚陸艦「アメリカ」とクロスデッキ訓練をやっていた。どちらも搭載しているのは同じF-35Bだが、艦のサイズも飛行甲板の規模も違うから、操縦士から見れば、勝手が同じとはいかない。

おわりに

なにも軍事作戦に限らず、異なる組織に属する人が一緒に何かをしようとすれば、単に「ひとつところに放り込めば終わり」とは行かない。

例えば、異なる2つの会社が合併した時のことを考えてみてほしい。会社によってそれぞれ、書類の作り方も仕事の進め方も組織文化も違う。だから、組織だけひとつにしても、それで円滑に仕事が進むとは限らない。同じ “言語” (これは字義通りの意味ではなくて、比喩的な意味)でやりとりするための基盤を作らなければならない。

同じ国でもそれだから、ましてや、異なる国の組織が組んで一緒に動くとなれば、事前のすりあわせをキッチリやっておかなければならない。NATOはそれをずっと続けてきているわけだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。