二度目の正直

この史上初の火星サンプルの採取を行うため、パーサヴィアランスにはドリル付きのロボット・アームを装備している。このドリルの内側には試料管が内蔵されており、削った岩石のサンプルがそのまま試料管の中に入るようになっている。この試料管は丈夫なチタン製で、さらに完全に密閉され、余計なものが入り込まないような仕組みにもなっている。

採取後、試料管はロボット・アームによって探査車の本体側へと運ばれ、そこでリボルバーの回転式弾倉のような装置に入れられる。そして、この装置が回転することで、試料管は探査車の下部へと移動。そこで別のロボット・アームで捕まえられ、最終的に試料管を保管するコンテナ部分に入れられる。

システム全体の部品数は3000以上にもおよび、「宇宙に打ち上げられた史上最も複雑な機構」の異名を取る。準備から採取完了までには約11日かかるという。

パーサヴィアランスは、7月末からイェゼロ・クレーターの底にあたる、「クレーターの底の割れた荒地(Cratered floor fractured rough)」と名付けられた場所で、めぼしいターゲットを探索。そして数日にわたる入念な準備を経て、2021年8月6日、いよいよサンプル採取のための作業を行った。

ドリルや刃先は正常に機能し、そして試料管の密閉などの処理も正常に進んだ。しかし、サンプルの体積を測定する装置で試料管を調べたところ、中にサンプルが入っていないことが判明した。

  • パーサヴィアランス

    パーサヴィアランスによる最初のサンプル採取作業後に撮影された画像。地面に埋まった岩石に穴が開いているのがわかる。しかし、採取自体には失敗した (C) NASA/JPL-Caltech

その後の分析で、岩石が想定以上に脆く、粉や小さな欠片になってしまった結果、探査車に収容する前にこぼれ落ちてしまったと推定。一方で、システムが正常に稼働したことは間違いなく、運用チームはすぐに次のサンプル採取の準備に動いた。

2回目に採取地として選ばれたのは、最初の場所から455m離れた、「シタデール(Citadelle)」と名付けられた尾根のような地形の場所だった。この尾根には、風食(風による侵食)を受けていない硬そうな岩の層があり、ドリルの掘削に耐えられる可能性が高いことを示していた。

運用チームは、その中から「ロシェット(Rochette)」と名付けた、ブリーフケースほどの大きさの平らな岩石を目標にすることを決定。そして9月1日、採取に挑んだ。

今回もシステムは完璧に動作し、そして採取直後には、探査車に搭載してある「マストカムZ(Mastcam-Z)」というカメラを使い、まだ封がされていない試料管の中を撮影。地球へ送信した。地球の運用チームは、その写真を見て、試料管の中にたしかに岩石のサンプルが入っていることを確認。サンプル採取処理を完了するコマンドを送信した。

そして日本時間9月7日2時34分(米東部夏時間6日12時34分)、試料管はパーサヴィアランスの内部へと移送。体積などの測定や撮影などを行ったのち、試料管を密閉。保管まで無事に完了した。

パーサヴィアランスのプロジェクト・サイエンティストを務める、カリフォルニア工科大学のケン・ファーレイ(Ken Farley)氏は「最初のサンプルを手に入れたことは、大きなマイルストーンとなりました。このサンプルが地球に戻ってくれば、火星の進化の初期段階について多くのことを教えてくれることでしょう」と語る。

「しかし、今回採取できたサンプルがいかに地質学的に興味をそそるものであっても、それだけではこの場所のすべてを語ることはできません。イェゼロ・クレーターにはまだ多くの探検が待っており、私たちはこれから数か月、あるいは数年かけて、旅を続けていきます」(ファーレイ氏)。

  • パーサヴィアランス

    2回目の採取後、パーサヴィアランスのカメラで撮影された試料管の内部。しっかりサンプルが入っていることがわかる (C) NASA/JPL-Caltech/ASU/MSSS

2031年、人類は火星のサンプルを手にする

パーサヴィアランスには全部で43本の試料管が搭載されており、8月と今回の9月に1本ずつ使ったため、残りは41本となる。今後も、さまざまな場所、岩石からのサンプル採取を目指すとしている。

なお、8月の採取で使った試料管には、岩石のサンプルは入っていないものの、火星の大気のサンプルが入っていることから、決して無駄にはならないどころか、十分に大きな意義があるという。

現在行われている、パーサヴィアランスの最初の科学探査キャンペーンは、数百ソル(火星での日数)をかけて行ったのち、最終的にオクティヴィア・E・バトラー着陸点に戻り、完了が予定されている。その時点で、パーサヴィアランスの走行距離は約2.5~5kmにもなり、その間に8回のサンプル採取を行う予定だという。

その後、2回目の科学探査キャンペーンがスタート。パーサヴィアランスは北へ、そして西へと移動し、イェゼロ・クレーターのデルタ地帯の部分を目指す。この地域には、粘土鉱物という粘土を構成する鉱物が豊富に含まれている可能性があると考えられている。地球上における粘土鉱物は、太古の微生物の痕跡を化石として残しており、さらに生命の起源に何らかの役割を果たしたのではないかとも考えられていることから、火星における生命の謎を解く、大きな鍵が得られるかもしれない。

  • パーサヴィアランス

    サンプル採取後の試料管を火星地表に置くパーサヴィアランスの想像図 (C) NASA/JPL-Caltech

パーサヴィアランスが火星でサンプル集めに奔走している一方、地球では、それを回収し、地球へ持ち帰るための計画が進んでいる。

NASAとESAが検討を進めているマーズ・サンプル・リターン(MSR)ミッションでは、NASAは「サンプル回収着陸機(Sample Retrieval Lander)」を、ESAは「地球帰還周回機(Earth Return Orbiter)」という、2機の探査機をそれぞれ開発することが計画されている。

まず2026年には、NASAがサンプル回収着陸機を火星へ向けて発射。2028年に火星に着陸したのち、探査車「サンプル回収車(Sample Fetch Rover)」を送り出し、パーサヴィアランスが火星の地表に残した試料管を回収。そして着陸機に搭載した小型ロケットに載せ替え、火星から打ち上げ、火星の周回軌道に乗せる。

一方のESAは、2026年に地球帰還周回機を火星へ向けて発射。2027年に火星の周回軌道に入り、サンプル回収着陸機から発射される小型ロケットを待ち構える。そして両者は火星軌道上でランデヴー、ドッキングし、地球帰還周回機が試料管を受け取り、火星の軌道を出発。2031年に地球に送り届ける――という壮大なシナリオである。

その封が切られる瞬間には、現役の惑星科学者だけでなく、いままさに惑星科学者を夢見ている子どもたちも大人になり、その場に立ち会っているだろう。そしてその中身は、35億年の時間を超えて、当時の火星の姿を、太陽系の成り立ちを、そして人類を含む生命の起源をも明らかにするものかもしれない。この試料管はまさに、究極のタイムカプセルなのである。

  • パーサヴィアランス

    パーサヴィアランスが集めたサンプルを載せて、火星から飛び立つ小型ロケットの想像図 (C) NASA/JPL-Caltech

参考文献

NASA’s Perseverance Rover Collects First Mars Rock Sample
NASA’s Perseverance Plans Next Sample Attempt | NASA
NASA Perseverance Mars Rover to Acquire First Sample - NASA’s Mars Exploration Program
A Martian Roundtrip: NASA's Perseverance Rover Sample Tubes | NASA
Mars Sample Return - Mars Missions - NASA Jet Propulsion Laboratory